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第31話
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「何処から話せばいいかしら……そうね。シド、貴方は家族に会いたくない?」
「俺の家族は後にも先にもハイファだけだ」
「若宮瑛志と紫苑、志尾と志都、アキラが生きている、そう言ったら?」
「それはねぇよ。俺の家族は交易宙艦の事故で全員死んだ。破壊された宙艦もテラ連邦宙軍が発見して確認済みだ」
「でもそこから麝香蔓蘭は発見されなかった筈よ」
「ジャコウツルラン?」
「蛇口蔓蘭ともいう……シド、貴方はあの植物を見ていないの?」
奇形植物をシドは思い出す、妹の小さな躰を締め上げた蔓と真っ赤に開いた巨大な花弁を。幾千もの牙は家族の血を吸って、花弁よりも赤かった――。
「……見たさ、俺自身も食われかけたんだからな。だがそいつがどうした?」
「そう。なら取り敢えず話はここまでよ。一緒にきて頂戴、見せたいものがあるの」
立ち上がってアマンダはセキュリティと並ぶ。シドとハイファはパイプ椅子から上着を取って身に着けた。ハイファはショルダーバッグを担ぐ。
「俺たちの銃を返して欲しいんだがな」
「今はだめよ。身分証を作ってからでないと撃たれるし、また撃ち返されても困るもの。そうね、そちらを先にしましょうか」
オートドアを出るとそこは病院のように感じた廊下だった。ペールグリーンの床にペールブルーの壁である。アマンダを先頭にシドとハイファは肩を並べ、サブマシンガンを提げたセキュリティに背後を固められて歩いた。
ナースステーションを通り過ぎエレベーターに五人で乗り込む。内部のリモータチェッカにアマンダが左手首を翳して五階のボタンを押した。
五階で降りると廊下を暫く歩き、一枚のオートドアの前で立ち止まった。
リモータチェッカをアマンダがクリアして二人を中へと促す。室内は幾つもの端末付きデスクが地平を作っていた。そこにいるのは制服を着た事務員に白衣やセキュリティと様々で、忙しいオフィスといった雰囲気だ。
アマンダは一ヶ所だけ離れた多機能デスクに近づくと、そこに腰掛けていたセキュリティの人間と話をし、シドとハイファを手招いた。デスクの上の機器を指す。
「これに虹彩と左手の静脈を認証させて。あとは端末にリモータIDと生体IDコードを入力して、立ち上がっているソフトをリモータにインストールして」
二人は素直に登録すると、リモータリンクでパスコードと身分証たる外来者証を改めて受け取った。第六研究所と呼ばれるこの建物の地図もダウンロードさせて貰う。
「パスコードは第三階層までのものだから、全てのドアが開く訳じゃないわ。開かなければ入れないと思って。身分証は常にバラージ発振させておくこと。IFF代わりだから」
IFFとは敵味方識別装置のことだ。これがなければ撃たれるということだろう。
「でもあの距離で俺たちは問答無用で撃たれたぜ?」
「出会い頭に銃を向けられたくなければ白衣を着ておく方がいいかも知れないわね」
事務員にアマンダが指示し、調達された白衣を二人は羽織った。
「で、銃は返してくれるのか?」
「まだよ。次はこっち、きて」
事務室を出て廊下を辿りエレベーターに乗る。二階まで降りると、通ったことのない廊下を延々と歩いた。大きな会社にありがちなスライドロードも併設されていないので、結構な運動量になりそうである。
すたすたとアマンダは歩を進め、一枚のオートドアの入り口でリモータチェッカをクリアした。二人も倣ってリモータを翳す。認識された上にX‐RAYサーチを受けてやっとグリーンランプが灯った。アマンダがセンサ感知して分厚いオートドアを開ける。
やけに厳重なそこは、またも渡り廊下のようだった。だが壁や天井までが銀色で窓もない。ここにはスライドロードが設置されていた。三人は乗っかって運ばれる。
「何だか銀行の貸金庫の中みたいだね」
「何処もここも金属製か」
「そう、貸金庫にも使われるN9特殊鋼よ。通常手段で破ることはまず不可能ね」
辿り着いたオートドアを再び手順を踏んで開け、中に入るとそこは半球形のドームのような建物だった。高い天井が見えているので形が分かる。各建物を細菌洩れから護るための防護壁とは違って底も抜けていない。
半球を伏せた内側にはキャットウォークのような通路がへばりついていた。ライトパネルで内部は明るい。アマンダは通路に踏み出し歩いてゆく。
「少し暑くない?」
「暑い、かも知れん」
「あそこは温室になってるの。だからあんまりエアコンを利かせられないのよ」
アマンダが指差したのは階下で、そこにはまた半球があった。直径十メートルはありそうな金属製の銀色をした半球だ。
キャットウォークのような通路から金属の半球を見下ろしアマンダは足を止めた。傍らの腰の高さに設置されたコンソールを無造作に操作すると金属の半球の一部がシャッターのように三メートルほど捲れ上がり、内側が透明樹脂の壁で覆われているのが見えた。
透明樹脂は相当分厚いらしく凸レンズのように内部が歪んで見える。
「温室ってことは植物? 動物?」
「植物よ。これが麝香蔓蘭、コードネーム・蛇妃ノ花よ」
植物を育てるにしては厳重すぎる施設に不審な思いを抱きながら、ハイファは歪んだ透明樹脂の窓を覗き込んだ。そしてそこに異様な光景が展開されているのを知る。
それは確かに植物らしかったが、意思あるものの如く蠢いていた。
濃い緑の太い茎は最大直径二十センチもあるだろうか。葉っぱは見当たらないが、直径一メートルはありそうな大きな赤い花が幾つも咲いている。それはテラ本星のメディアライブラリで視たラフレシアという花に似ていた。
だがその花弁にはノコギリの刃のような鋭い歯が無数に生えだし、赤黒く穴が開いた中央には人間の喉のような粘膜があった。消化液なのか液体が糸を引いている。
と、まるでこちらの明るさに気付いたように、花が一斉に透明樹脂板へと押し寄せた。音が聞こえるような造りではないにも関わらず、ハイファはその花が唸りを上げたように感じた。蔓性の太い茎がねじくれながら、透明な壁を押し破ろうとひしめき暴れている。
その禍々しさにハイファは息すら止めて見入った。
巨大で真っ赤な花がガチガチと牙を鳴らすたびに通路まで揺れているような錯覚に陥って、ハイファは思わずコンソールに手をつき身を支えている。
「俺の家族は後にも先にもハイファだけだ」
「若宮瑛志と紫苑、志尾と志都、アキラが生きている、そう言ったら?」
「それはねぇよ。俺の家族は交易宙艦の事故で全員死んだ。破壊された宙艦もテラ連邦宙軍が発見して確認済みだ」
「でもそこから麝香蔓蘭は発見されなかった筈よ」
「ジャコウツルラン?」
「蛇口蔓蘭ともいう……シド、貴方はあの植物を見ていないの?」
奇形植物をシドは思い出す、妹の小さな躰を締め上げた蔓と真っ赤に開いた巨大な花弁を。幾千もの牙は家族の血を吸って、花弁よりも赤かった――。
「……見たさ、俺自身も食われかけたんだからな。だがそいつがどうした?」
「そう。なら取り敢えず話はここまでよ。一緒にきて頂戴、見せたいものがあるの」
立ち上がってアマンダはセキュリティと並ぶ。シドとハイファはパイプ椅子から上着を取って身に着けた。ハイファはショルダーバッグを担ぐ。
「俺たちの銃を返して欲しいんだがな」
「今はだめよ。身分証を作ってからでないと撃たれるし、また撃ち返されても困るもの。そうね、そちらを先にしましょうか」
オートドアを出るとそこは病院のように感じた廊下だった。ペールグリーンの床にペールブルーの壁である。アマンダを先頭にシドとハイファは肩を並べ、サブマシンガンを提げたセキュリティに背後を固められて歩いた。
ナースステーションを通り過ぎエレベーターに五人で乗り込む。内部のリモータチェッカにアマンダが左手首を翳して五階のボタンを押した。
五階で降りると廊下を暫く歩き、一枚のオートドアの前で立ち止まった。
リモータチェッカをアマンダがクリアして二人を中へと促す。室内は幾つもの端末付きデスクが地平を作っていた。そこにいるのは制服を着た事務員に白衣やセキュリティと様々で、忙しいオフィスといった雰囲気だ。
アマンダは一ヶ所だけ離れた多機能デスクに近づくと、そこに腰掛けていたセキュリティの人間と話をし、シドとハイファを手招いた。デスクの上の機器を指す。
「これに虹彩と左手の静脈を認証させて。あとは端末にリモータIDと生体IDコードを入力して、立ち上がっているソフトをリモータにインストールして」
二人は素直に登録すると、リモータリンクでパスコードと身分証たる外来者証を改めて受け取った。第六研究所と呼ばれるこの建物の地図もダウンロードさせて貰う。
「パスコードは第三階層までのものだから、全てのドアが開く訳じゃないわ。開かなければ入れないと思って。身分証は常にバラージ発振させておくこと。IFF代わりだから」
IFFとは敵味方識別装置のことだ。これがなければ撃たれるということだろう。
「でもあの距離で俺たちは問答無用で撃たれたぜ?」
「出会い頭に銃を向けられたくなければ白衣を着ておく方がいいかも知れないわね」
事務員にアマンダが指示し、調達された白衣を二人は羽織った。
「で、銃は返してくれるのか?」
「まだよ。次はこっち、きて」
事務室を出て廊下を辿りエレベーターに乗る。二階まで降りると、通ったことのない廊下を延々と歩いた。大きな会社にありがちなスライドロードも併設されていないので、結構な運動量になりそうである。
すたすたとアマンダは歩を進め、一枚のオートドアの入り口でリモータチェッカをクリアした。二人も倣ってリモータを翳す。認識された上にX‐RAYサーチを受けてやっとグリーンランプが灯った。アマンダがセンサ感知して分厚いオートドアを開ける。
やけに厳重なそこは、またも渡り廊下のようだった。だが壁や天井までが銀色で窓もない。ここにはスライドロードが設置されていた。三人は乗っかって運ばれる。
「何だか銀行の貸金庫の中みたいだね」
「何処もここも金属製か」
「そう、貸金庫にも使われるN9特殊鋼よ。通常手段で破ることはまず不可能ね」
辿り着いたオートドアを再び手順を踏んで開け、中に入るとそこは半球形のドームのような建物だった。高い天井が見えているので形が分かる。各建物を細菌洩れから護るための防護壁とは違って底も抜けていない。
半球を伏せた内側にはキャットウォークのような通路がへばりついていた。ライトパネルで内部は明るい。アマンダは通路に踏み出し歩いてゆく。
「少し暑くない?」
「暑い、かも知れん」
「あそこは温室になってるの。だからあんまりエアコンを利かせられないのよ」
アマンダが指差したのは階下で、そこにはまた半球があった。直径十メートルはありそうな金属製の銀色をした半球だ。
キャットウォークのような通路から金属の半球を見下ろしアマンダは足を止めた。傍らの腰の高さに設置されたコンソールを無造作に操作すると金属の半球の一部がシャッターのように三メートルほど捲れ上がり、内側が透明樹脂の壁で覆われているのが見えた。
透明樹脂は相当分厚いらしく凸レンズのように内部が歪んで見える。
「温室ってことは植物? 動物?」
「植物よ。これが麝香蔓蘭、コードネーム・蛇妃ノ花よ」
植物を育てるにしては厳重すぎる施設に不審な思いを抱きながら、ハイファは歪んだ透明樹脂の窓を覗き込んだ。そしてそこに異様な光景が展開されているのを知る。
それは確かに植物らしかったが、意思あるものの如く蠢いていた。
濃い緑の太い茎は最大直径二十センチもあるだろうか。葉っぱは見当たらないが、直径一メートルはありそうな大きな赤い花が幾つも咲いている。それはテラ本星のメディアライブラリで視たラフレシアという花に似ていた。
だがその花弁にはノコギリの刃のような鋭い歯が無数に生えだし、赤黒く穴が開いた中央には人間の喉のような粘膜があった。消化液なのか液体が糸を引いている。
と、まるでこちらの明るさに気付いたように、花が一斉に透明樹脂板へと押し寄せた。音が聞こえるような造りではないにも関わらず、ハイファはその花が唸りを上げたように感じた。蔓性の太い茎がねじくれながら、透明な壁を押し破ろうとひしめき暴れている。
その禍々しさにハイファは息すら止めて見入った。
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