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第3話
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体調を万全にするため大人しく眠った翌朝、休日出勤した霧島と京哉に機捜の皆は怪訝な顔をした。そこで嘘偽りなく海外旅行に出掛ける旨を隊長から皆に告げる。
「いやいや、とうとうハネムーンですか」
「古城のホテルでナニとは渋いですな」
皆から揶揄されても気にならないくらい京哉は愉しみで堪らず、快く送り出してくれる彼らに一番高い茶葉で茶を淹れて配給した。
その間に霧島は県警本部長の一ノ瀬警視監に警電で連絡をしている。警察官は旅行をするにも許可が必要だからだ。
「ということで私と鳴海はエレガ王国に行ってきます」
《そうか。では餞別を渡したいので鳴海くんと一緒に来てくれたまえ》
本部長を経由し日本政府から下された、という体裁を取った国連安全保障理事会の意向による特別任務で、前回二人は国連事務総長から謝辞を貰ったほどである。
ここまで秘密を握った以上、プライヴェート旅行如きを止められはしないだろうと二人は気軽に本部長室に向かった。
秘書室で入室許可を取ってから本部長室にしずしずと入室する。霧島に続いた京哉がドアを後ろ手に閉めた途端、テノールで朗らかな声が掛かった。
「やあ、呼び出してすまないねえ。まあ、座ってくれたまえ」
三人掛けソファに霧島と並んで腰掛けた京哉は愛想のいい本部長を眺めた。身長は自分と同じくらい、だが体重は霧島二人分で足りるかどうか。特注の制服は前ボタンが弾け飛ぶ寸前で、黒々した髪をぺったり撫でつけた様子は幕下力士のようだ。
だがこれでも元は暗殺肯定派に反した派閥の急先鋒で、現在に至ってはメディアを利用した世論操作が大得意の、なかなかの切れ者なのである。
その一ノ瀬本部長はスティックシュガーを三本も入れた紅茶を飲みつつ、二人の前にも制服婦警が紅茶を出すのを待ってから、おもむろに傍に置いていたファイルケースを手にした。そして中からA4サイズの封筒を出しロウテーブルの上に置く。
「エレガ王国、いいねえ。是非とも行って薔薇と古城を堪能してきたまえ」
「はい。ですがこの封筒は何ですか?」
「単刀直入に言おう。ついでにこれをエレガ王国の国家警察省に届けて欲しいのだ」
二人は顔を見合わせ、嫌な予感を胸に膨らませながら霧島が再び訊いた。
「……中身は何なのでしょうか?」
「我が警察庁が解読した戦中のエレガ王国の機密文書だ。エレガ王国は先の大戦において連合国側として存在していた。だがそれは表面的なもので、内情は我が国と非常に近しい関係にあったのだ。その証拠たる文書がこれだ。当然ながら契約原本とも云える文書は我が国の政府とエレガ王国の両国側にある筈だった。しかし戦中の混乱故か向こうの分まで我が国で発見されてね。向こうは両方を欲しがっている」
暫しの沈黙を破って霧島が怒りを溜めた低い声で訊く。
「両方入っているのですか?」
「まさか。霧島くん、きみだったら渡すのかね?」
「面倒ですから渡しますが」
「誰より政治家向きのきみが、そうかね? ほう」
「何故か『根性が曲がって腹黒い』と聞こえた気がしましたが」
「素晴らしい能力だねえ。いや、褒めているとも。とにかくこれは向こうの分だ」
「喩え片方であっても、もしそれが世界的に公表されたら――」
「――エレガ王国は戦争責任を問われる事態になりかねないね」
思わず霧島と京哉は遠い目になった。霧島は黙って消えてやれば良かったとすら思う。何だってこんな爆弾を括りつけられ欧州まで旅しなければならないのか。
「きみたちの休暇に水を差したい訳ではないが、偶然が作用したのも何かの縁だ。やはりきみたちには尋常でなく物事にぶち当たる『現場運』があるのだよ」
「我々にそんなものがあるのではなく、我々に本部長が取り憑いているだけでは?」
警視監を妖怪か厄病神扱いした霧島を京哉は肘で突いた。しかし階級的に拙いと思っただけで京哉も気分としては霧島と同じである。
「いいじゃないか、旅行のついでだよ。散歩の途中にちょっと寄り道して先方に渡すだけでいいのだ。ここはひとつ、特別任務として受けて貰えないだろうか?」
「一番いいのは、その封筒に切手を貼って郵便で送りつけてやることだと思うがな」
またも警視監相手に以下略な霧島を京哉は再び肘で突いた。だがやはり京哉も本当は席を立って出て行きたいくらい頭にきている。
「確実に手渡すよう向こうのオーダーなのだ。では申し訳ないが霧島警視と鳴海巡査部長に特別任務を下す。機密文書を秘密裏にエレガ王国の国家警察省へと運搬せよ」
命令なら仕方がない。霧島の鋭い号令で京哉も立ち上がった。
「気を付け、敬礼! 霧島警視以下二名は特別任務を拝命します。敬礼!」
「うむ。銃はそのまま持ち出していい。あとはこれらを持って行ってくれたまえ」
色々渡された。日本政府とエレガ王国及びトランジットで通過する国の政府が発行した武器所持許可証にエレガ王国の国家警察省への出入りを容易にする身分証、経費代わりのクレジットカードにユーロ紙幣などである。
それらの中から航空機のチケットだけ抜いて一ノ瀬本部長はファイルケースに戻した。
京哉たちのクジ引き当選チケットとダブってしまったこれはキャンセルして、僅かなりとも払い戻しをするつもりなのだろう。何処も官品は世知辛い。
「でも霧島警視、既に事は県警の問題でもなくなっていませんか?」
「前回の国外任務で次々と任務を追加してくれた政府に味を占められたのだろう」
「その前は自衛隊でしたもんね、依頼主。だけど銃を持ち出せてラッキィ……なんでしょうかね、喩え九十二発でも」
「余計なものを持ち歩いていると、それこそ余計な厄介事に出遭いそうだがな」
あとは一ノ瀬本部長から個人的に京哉が百ユーロのお小遣いを貰って退室した。
二人は機捜の詰め所に戻ると残っていた幕の内で昼食にする。そうして予防線的に霧島が帰国予定が未定になったと皆に告げた。
すると隊員たちもまた自分たちの『知る必要のないこと』と悟ったらしく何も訊かずに気合いの入った敬礼をしてくれる。
二人で答礼し、京哉がショルダーバッグを担ぐと出発した。
「いやいや、とうとうハネムーンですか」
「古城のホテルでナニとは渋いですな」
皆から揶揄されても気にならないくらい京哉は愉しみで堪らず、快く送り出してくれる彼らに一番高い茶葉で茶を淹れて配給した。
その間に霧島は県警本部長の一ノ瀬警視監に警電で連絡をしている。警察官は旅行をするにも許可が必要だからだ。
「ということで私と鳴海はエレガ王国に行ってきます」
《そうか。では餞別を渡したいので鳴海くんと一緒に来てくれたまえ》
本部長を経由し日本政府から下された、という体裁を取った国連安全保障理事会の意向による特別任務で、前回二人は国連事務総長から謝辞を貰ったほどである。
ここまで秘密を握った以上、プライヴェート旅行如きを止められはしないだろうと二人は気軽に本部長室に向かった。
秘書室で入室許可を取ってから本部長室にしずしずと入室する。霧島に続いた京哉がドアを後ろ手に閉めた途端、テノールで朗らかな声が掛かった。
「やあ、呼び出してすまないねえ。まあ、座ってくれたまえ」
三人掛けソファに霧島と並んで腰掛けた京哉は愛想のいい本部長を眺めた。身長は自分と同じくらい、だが体重は霧島二人分で足りるかどうか。特注の制服は前ボタンが弾け飛ぶ寸前で、黒々した髪をぺったり撫でつけた様子は幕下力士のようだ。
だがこれでも元は暗殺肯定派に反した派閥の急先鋒で、現在に至ってはメディアを利用した世論操作が大得意の、なかなかの切れ者なのである。
その一ノ瀬本部長はスティックシュガーを三本も入れた紅茶を飲みつつ、二人の前にも制服婦警が紅茶を出すのを待ってから、おもむろに傍に置いていたファイルケースを手にした。そして中からA4サイズの封筒を出しロウテーブルの上に置く。
「エレガ王国、いいねえ。是非とも行って薔薇と古城を堪能してきたまえ」
「はい。ですがこの封筒は何ですか?」
「単刀直入に言おう。ついでにこれをエレガ王国の国家警察省に届けて欲しいのだ」
二人は顔を見合わせ、嫌な予感を胸に膨らませながら霧島が再び訊いた。
「……中身は何なのでしょうか?」
「我が警察庁が解読した戦中のエレガ王国の機密文書だ。エレガ王国は先の大戦において連合国側として存在していた。だがそれは表面的なもので、内情は我が国と非常に近しい関係にあったのだ。その証拠たる文書がこれだ。当然ながら契約原本とも云える文書は我が国の政府とエレガ王国の両国側にある筈だった。しかし戦中の混乱故か向こうの分まで我が国で発見されてね。向こうは両方を欲しがっている」
暫しの沈黙を破って霧島が怒りを溜めた低い声で訊く。
「両方入っているのですか?」
「まさか。霧島くん、きみだったら渡すのかね?」
「面倒ですから渡しますが」
「誰より政治家向きのきみが、そうかね? ほう」
「何故か『根性が曲がって腹黒い』と聞こえた気がしましたが」
「素晴らしい能力だねえ。いや、褒めているとも。とにかくこれは向こうの分だ」
「喩え片方であっても、もしそれが世界的に公表されたら――」
「――エレガ王国は戦争責任を問われる事態になりかねないね」
思わず霧島と京哉は遠い目になった。霧島は黙って消えてやれば良かったとすら思う。何だってこんな爆弾を括りつけられ欧州まで旅しなければならないのか。
「きみたちの休暇に水を差したい訳ではないが、偶然が作用したのも何かの縁だ。やはりきみたちには尋常でなく物事にぶち当たる『現場運』があるのだよ」
「我々にそんなものがあるのではなく、我々に本部長が取り憑いているだけでは?」
警視監を妖怪か厄病神扱いした霧島を京哉は肘で突いた。しかし階級的に拙いと思っただけで京哉も気分としては霧島と同じである。
「いいじゃないか、旅行のついでだよ。散歩の途中にちょっと寄り道して先方に渡すだけでいいのだ。ここはひとつ、特別任務として受けて貰えないだろうか?」
「一番いいのは、その封筒に切手を貼って郵便で送りつけてやることだと思うがな」
またも警視監相手に以下略な霧島を京哉は再び肘で突いた。だがやはり京哉も本当は席を立って出て行きたいくらい頭にきている。
「確実に手渡すよう向こうのオーダーなのだ。では申し訳ないが霧島警視と鳴海巡査部長に特別任務を下す。機密文書を秘密裏にエレガ王国の国家警察省へと運搬せよ」
命令なら仕方がない。霧島の鋭い号令で京哉も立ち上がった。
「気を付け、敬礼! 霧島警視以下二名は特別任務を拝命します。敬礼!」
「うむ。銃はそのまま持ち出していい。あとはこれらを持って行ってくれたまえ」
色々渡された。日本政府とエレガ王国及びトランジットで通過する国の政府が発行した武器所持許可証にエレガ王国の国家警察省への出入りを容易にする身分証、経費代わりのクレジットカードにユーロ紙幣などである。
それらの中から航空機のチケットだけ抜いて一ノ瀬本部長はファイルケースに戻した。
京哉たちのクジ引き当選チケットとダブってしまったこれはキャンセルして、僅かなりとも払い戻しをするつもりなのだろう。何処も官品は世知辛い。
「でも霧島警視、既に事は県警の問題でもなくなっていませんか?」
「前回の国外任務で次々と任務を追加してくれた政府に味を占められたのだろう」
「その前は自衛隊でしたもんね、依頼主。だけど銃を持ち出せてラッキィ……なんでしょうかね、喩え九十二発でも」
「余計なものを持ち歩いていると、それこそ余計な厄介事に出遭いそうだがな」
あとは一ノ瀬本部長から個人的に京哉が百ユーロのお小遣いを貰って退室した。
二人は機捜の詰め所に戻ると残っていた幕の内で昼食にする。そうして予防線的に霧島が帰国予定が未定になったと皆に告げた。
すると隊員たちもまた自分たちの『知る必要のないこと』と悟ったらしく何も訊かずに気合いの入った敬礼をしてくれる。
二人で答礼し、京哉がショルダーバッグを担ぐと出発した。
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