forget me not~Barter.19~

志賀雅基

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第17話

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 気を失いかけていた京哉が目を覚ますと同時に、溜息をついた霧島が肩で息をしながらそのまま上に身をずらして訊いてくる。

「大丈夫か、何処か痛いなら言ってくれ。何か飲みたくないか?」
「ん、痛く、ありま、せん。少し、水が飲みたいです」

 絞り出した京哉の声は喘ぎ疲れて嗄れていた。霧島は慌ててキッチンに走りミネラルウォーターのボトルを調達してくる口移しで京哉に飲ませてやる。
 それからも京哉の躰を湯で絞ったバスタオルで拭いたり、風邪を引かせないようパジャマを着せ付けたり、シーツを替えたりと、なかなかに忙しい。

 だがいつも行為のあとは非常に機嫌がいいので、京哉も好きにさせているのだ。
 ようやく落ち着いて天井のLEDライトを常夜灯にすると、霧島は京哉の隣に横になってブルーの毛布を引っ張り上げる。
 左腕で京哉に腕枕し、京哉を抱き枕にして足まで絡めると、三十秒後には二人とも穏やかな寝息を立てていた。

◇◇◇◇

 翌朝は霧島謹製のバゲットのフレンチトーストに冷凍ほうれん草と京哉の好きな赤いウインナー炒め、カップスープとインスタントコーヒーの朝食をしっかりと摂り、二人はショルダーバッグに簡単な着替えと京哉の煙草を詰め込んでスーツのポケットにパスポートを入れ、コートを羽織るとマンションの部屋を出た。

 勿論スーツの下にはシグ・ザウエルP226を吊り、ベルトには十五発満タンのスペアマガジンが二本入ったパウチを着けている。

 ジャンケンして負けた霧島が白いセダンの運転担当で、通勤ラッシュど真ん中ながら裏道や普通は選ばない一方通行路を駆使し、定時である八時半の五分前に県警本部庁舎の裏にある関係者専用駐車場に滑り込んでいた。

 降車した二人は古めかしくも重々しいレンガ張り十六階建て本部庁舎の裏口から入り、階段を二階まで上って左側一枚目のドアを開ける。
 そこは機捜の詰め所で二十四時間勤務を終えて下番する一班と、本日上番の二班の隊員が揃っていて、かなりの騒がしさだった。

 彼らは隊長の姿を見て身を折る敬礼をし、霧島はラフな挙手敬礼で答礼をして隊長のデスクに就く。隣の副隊長席には既に小田切も就いていた。

「先日はSAT案件、ご苦労」
「京哉くんも、隊長殿の出張スポッタもご苦労さん」

 そんな挨拶を上司が交わしている間に、京哉の足にはミケが絡みついている。
 野生でもあり得ないような獰猛なケダモノだが今日は機嫌がいい。大人しく京哉に撫でられた。だがいつまでも猫と遊んでいられない。

 給湯室に走るとトレイに湯呑みを並べて茶を淹れ、在庁者に配って歩く。お茶汲みも秘書たる京哉の大事な仕事だ。三往復して配り終え、自分の席に就くと咥え煙草でノートパソコンを起動した。

 メーラーを立ち上げてみて、書けども減らない書類の督促メールを数え上げる。今日はまだ七通と一桁台で安堵した。本来なら隊長と副隊長の仕事である報告書類の大半を何故か京哉が代書するハメになっている。
 その隊長と副隊長はオンライン麻雀や空戦ゲームで遊んでいたり、一週間のメニューレシピを検索していたり、居眠りしていたりだ。

 そのため代書しながらも見張りは欠かせない。監視しつつ時折鋭い怒号を飛ばして上司二人を叩き起こさねばならないのだ。全国の警察官約二十六万人の一パーセントにも満たないスーパーエリートのキャリアが二人も揃っていて、その気になれば超速で終わる書類が滞るのは何故なんだろうと京哉は眉間にシワを寄せながら煙草を一本吸い終える。

 だが週の初めからぷりぷりするのも宜しくないので怒りを抑え、十時に県警本部長室へと出頭せねばならない霧島と自分に一通ずつ、残り五通を小田切に送り付けた。すぐに気付いた小田切が不満そうな顔をして京哉を見たが、そんな小田切に霧島が鼻を鳴らす。

「ふん。日本にいられるだけ有難いと思え」
「って、まさかまた特別任務なのかい?」
「書類が嫌なら交代してやるか? 目的地は南の島だぞ」
「南の島のリゾート、それも京哉くんと一緒か。いいなあ、それ」
「貴様は暢気だな。とはいえ鳥一羽を探しに行く任務もどうかと思うが」

 そこでメールを見せられた小田切は笑い死んで暫く使い物にならなくなった。
 その間に京哉と霧島はそれぞれ一通の報告書を仕上げて関係各所に送り、九時五十分に席を立つ。
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