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第43話
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京哉が立っていた空間を銀光が縦に薙ぐ。次には横ざまに大ぶりの刃物が振られ、霧島は長身を沈ませて躱した。タキシードの男が手にしているのは、何処から取り出したのか刃渡り六十センチ前後もある青竜刀、それを無表情で二人に向け、振り回している。
「京哉、気を付けろ!」
「分かってます!」
タキシードの男だけではない、残りの家族もそれぞれに肉切り包丁や刃の厚い剃刀を手にしていた。子供までがナイフやハサミを握って二人に迫ろうとする。
青竜刀が霧島を狙って振りかぶられた。斬撃が襲う。二歩後退しスウェーバックで避ける。鼻先を銀光が通過し、前髪が数本持って行かれる感覚。京哉に残りの家族が押し寄せようとしているのを見取って霧島はシグを抜き撃った。
狙いたがわず二発が着弾。青竜刀を握ったまま男の右腕がちぎれて落ちる。だが断裂面から噴き上がる筈の血飛沫はない。それを眺めているヒマはない、掴みかかってきた男の腹にダブルタップ。男はふらふらと後退して草の上に尻餅をついた。
同時に京哉も発砲している。こちらは霧島ほど甘くなく、肉切り包丁を突き出してきたドレスの女にヘッドショット。続けて老夫婦の頭にも九ミリパラを食らわした。
「忍さん、危ないっ!」
男の子二人が霧島の脚に縋ろうとしている。一人が抱き付くように霧島の脚を押さえつけ、振り離そうとしている間にもう一人がナイフで斬りつけた。悪夢のようなシチュエーションながら痛みは現実となって霧島を襲った。
「くっ……!」
蹴り倒した男の子に霧島もヘッドショット。もう一人の頭を京哉が砕く。起き上がって左手で青竜刀を振り回してきたタキシードの男に二人同時にヘッドショットを浴びせた。男は棒きれのように草の上に斃れた。全員を倒して霧島は喚く。
「何なんだ、こいつらは!?」
割れた頭は血を流してはいない。それどころか明らかに彼らからは腐臭がした。湖のゼリーの異臭と混じり、様々な死体に慣れた霧島ですら顔をしかめるほどだった。
「もしかしてゾンビって奴でしょうか?」
「そんなものアリなのか?」
「忍さん、それより怪我は大丈夫ですか?」
斬りつけられたのは左大腿部でスラックスが切り裂かれ血が滲んでいる。
「大丈夫だ、問題ない。それより京哉、あれを見ろ!」
巨大な金色の月が映って美しく見える湖水の表面が泡立っていた。見る間に泡立ちは広範囲になり、ポコリと丸いものが浮かび上がる。三つ、四つと浮かんだ丸いものは人の頭で、彼らは固まりかけのゼリーのような湖から生み出されようとしていた。
禍々しくも気配を発しない彼らが岸に這い上がろうとする。
「まさか、全部ゾンビかっ!?」
「二十……ううん、三十人はいますよ!」
「逃げるぞ、京哉!」
二人はパリパリの草地を踏んで一目散にスロープを駆け上った。湖の周囲の小径を横切り、灌木の生えた草地を全力で走り抜ける。泣きたい気分を堪えて叫んだ。
「くそう、何て星なんだーっ!」
「もうやだ、帰りたいよーっ!」
とにかく叫んででもいないと精神的に持ちそうになかった。息を切らせながら京哉と並んで駆け続け、足がアスファルトの感触を捉えたと思ったら、霧島はビルの谷間の大通りに立っていた。背後を振り向いたが何処にも湖や針葉樹林はない。
見上げれば相変わらずの夜空だが、四角い高層建築があちこち切り取ったそこには、金色の大きな満月もなかった。代わりに小さく黄色い三日月がある。
「どうして……ここって日本の白藤市、それも県警本部の近くじゃ――」
「いや、騙されるな、京哉」
驚愕の京哉の呟きに返しながら霧島は違和感を拭えない。作り物のようなそこに毎日のように目にしている光景との相違点を幾つも見出している。
慣れ親しんだ県警本部庁舎があったが前庭の駐車場の広さが違った。振り向くと大通りを挟んだ向かいのビルの形が妙に曖昧だ。
そこだけでなく細部が何処もかしこもはっきりとしていない。網膜には映っているのに視界のドットが踊るようにクリアに認識できないのだ。半ば壊れた大昔のブラウン管TVのように時折ノイズまで入る。
それだけではない。深夜といえどもここまで人の気配が絶えることなどない筈なのに、何処にも人影がない。自動車はあちこちに駐められているが全て無人、歩行者も皆無。ビルの窓明かりがついているが、あそこの中に生きた人間がいるかどうか……。
そして大通りを高速道の高架方向に眺め渡せば、遙か向こうには尖塔を持った鐘のある建物のシルエットがあった。あれは間違いなくタブリズの尖塔だ。
「――京哉、催眠術だ」
「えっ、どういうことですか?」
「私たちは、まばたき入力のデバイスとパソコンを利用した催眠術に嵌ったんだ」
「じゃあ睡眠薬じゃないってこと?」
「いや、もしかしたら催眠誘導するためにある程度の薬物は使用したのかも知れん。だがおそらくコンピュータの扱いに長けた催眠術師に嵌められた……電脳世界にな」
「あのデバイスを使ってある種のソフトウェアの世界に取り込まれちゃった?」
頷いて霧島は京哉に煙草を要求し一本咥え火を点ける。盛大に紫煙を吐き出した。
「たぶん、それだろうな。催眠術とコンピュータ・ウィザードの織り成す新しいタイプの脳内世界という訳だ。端的に言えば夢を見せられている。強制的にな。ならば上手くここを抜ければ十中八九、私たちの躰はまだホテルで眠っているぞ」
「じゃあ何とかして抜けなくちゃなりませんね」
「どうやってだ?」
暫し京哉は思案する。霧島と共に遠くシルエットになった尖塔を眺めた。
「ウィザードの予想を上回るシチュエーションを作り出して負荷を掛けたらどうでしょう? 例えばウィザードに構築不能な状況をぶつけて電脳世界を維持不可能にするとか」
「ふむ。要はこの電脳世界をぶっ壊せばいいんだな?」
「ぶっ壊すのはいいですけど、その世界にこうして僕らの精神も存在するんですからね。精神的に死ねば元の世界に帰っても無事でいられるか疑問だと思いますよ」
だがまずは動かなければ話にならない。煙草を放り捨てた霧島は傍の大通りに停まったタクシーのドアを無造作に開けようとしたが叶わない。ロックされているというよりも、開くように作られていない、芝居の大道具のようだった。
何台かを試すも同じ事で仕方なく霧島は歩き始めた。
「京哉、気を付けろ!」
「分かってます!」
タキシードの男だけではない、残りの家族もそれぞれに肉切り包丁や刃の厚い剃刀を手にしていた。子供までがナイフやハサミを握って二人に迫ろうとする。
青竜刀が霧島を狙って振りかぶられた。斬撃が襲う。二歩後退しスウェーバックで避ける。鼻先を銀光が通過し、前髪が数本持って行かれる感覚。京哉に残りの家族が押し寄せようとしているのを見取って霧島はシグを抜き撃った。
狙いたがわず二発が着弾。青竜刀を握ったまま男の右腕がちぎれて落ちる。だが断裂面から噴き上がる筈の血飛沫はない。それを眺めているヒマはない、掴みかかってきた男の腹にダブルタップ。男はふらふらと後退して草の上に尻餅をついた。
同時に京哉も発砲している。こちらは霧島ほど甘くなく、肉切り包丁を突き出してきたドレスの女にヘッドショット。続けて老夫婦の頭にも九ミリパラを食らわした。
「忍さん、危ないっ!」
男の子二人が霧島の脚に縋ろうとしている。一人が抱き付くように霧島の脚を押さえつけ、振り離そうとしている間にもう一人がナイフで斬りつけた。悪夢のようなシチュエーションながら痛みは現実となって霧島を襲った。
「くっ……!」
蹴り倒した男の子に霧島もヘッドショット。もう一人の頭を京哉が砕く。起き上がって左手で青竜刀を振り回してきたタキシードの男に二人同時にヘッドショットを浴びせた。男は棒きれのように草の上に斃れた。全員を倒して霧島は喚く。
「何なんだ、こいつらは!?」
割れた頭は血を流してはいない。それどころか明らかに彼らからは腐臭がした。湖のゼリーの異臭と混じり、様々な死体に慣れた霧島ですら顔をしかめるほどだった。
「もしかしてゾンビって奴でしょうか?」
「そんなものアリなのか?」
「忍さん、それより怪我は大丈夫ですか?」
斬りつけられたのは左大腿部でスラックスが切り裂かれ血が滲んでいる。
「大丈夫だ、問題ない。それより京哉、あれを見ろ!」
巨大な金色の月が映って美しく見える湖水の表面が泡立っていた。見る間に泡立ちは広範囲になり、ポコリと丸いものが浮かび上がる。三つ、四つと浮かんだ丸いものは人の頭で、彼らは固まりかけのゼリーのような湖から生み出されようとしていた。
禍々しくも気配を発しない彼らが岸に這い上がろうとする。
「まさか、全部ゾンビかっ!?」
「二十……ううん、三十人はいますよ!」
「逃げるぞ、京哉!」
二人はパリパリの草地を踏んで一目散にスロープを駆け上った。湖の周囲の小径を横切り、灌木の生えた草地を全力で走り抜ける。泣きたい気分を堪えて叫んだ。
「くそう、何て星なんだーっ!」
「もうやだ、帰りたいよーっ!」
とにかく叫んででもいないと精神的に持ちそうになかった。息を切らせながら京哉と並んで駆け続け、足がアスファルトの感触を捉えたと思ったら、霧島はビルの谷間の大通りに立っていた。背後を振り向いたが何処にも湖や針葉樹林はない。
見上げれば相変わらずの夜空だが、四角い高層建築があちこち切り取ったそこには、金色の大きな満月もなかった。代わりに小さく黄色い三日月がある。
「どうして……ここって日本の白藤市、それも県警本部の近くじゃ――」
「いや、騙されるな、京哉」
驚愕の京哉の呟きに返しながら霧島は違和感を拭えない。作り物のようなそこに毎日のように目にしている光景との相違点を幾つも見出している。
慣れ親しんだ県警本部庁舎があったが前庭の駐車場の広さが違った。振り向くと大通りを挟んだ向かいのビルの形が妙に曖昧だ。
そこだけでなく細部が何処もかしこもはっきりとしていない。網膜には映っているのに視界のドットが踊るようにクリアに認識できないのだ。半ば壊れた大昔のブラウン管TVのように時折ノイズまで入る。
それだけではない。深夜といえどもここまで人の気配が絶えることなどない筈なのに、何処にも人影がない。自動車はあちこちに駐められているが全て無人、歩行者も皆無。ビルの窓明かりがついているが、あそこの中に生きた人間がいるかどうか……。
そして大通りを高速道の高架方向に眺め渡せば、遙か向こうには尖塔を持った鐘のある建物のシルエットがあった。あれは間違いなくタブリズの尖塔だ。
「――京哉、催眠術だ」
「えっ、どういうことですか?」
「私たちは、まばたき入力のデバイスとパソコンを利用した催眠術に嵌ったんだ」
「じゃあ睡眠薬じゃないってこと?」
「いや、もしかしたら催眠誘導するためにある程度の薬物は使用したのかも知れん。だがおそらくコンピュータの扱いに長けた催眠術師に嵌められた……電脳世界にな」
「あのデバイスを使ってある種のソフトウェアの世界に取り込まれちゃった?」
頷いて霧島は京哉に煙草を要求し一本咥え火を点ける。盛大に紫煙を吐き出した。
「たぶん、それだろうな。催眠術とコンピュータ・ウィザードの織り成す新しいタイプの脳内世界という訳だ。端的に言えば夢を見せられている。強制的にな。ならば上手くここを抜ければ十中八九、私たちの躰はまだホテルで眠っているぞ」
「じゃあ何とかして抜けなくちゃなりませんね」
「どうやってだ?」
暫し京哉は思案する。霧島と共に遠くシルエットになった尖塔を眺めた。
「ウィザードの予想を上回るシチュエーションを作り出して負荷を掛けたらどうでしょう? 例えばウィザードに構築不能な状況をぶつけて電脳世界を維持不可能にするとか」
「ふむ。要はこの電脳世界をぶっ壊せばいいんだな?」
「ぶっ壊すのはいいですけど、その世界にこうして僕らの精神も存在するんですからね。精神的に死ねば元の世界に帰っても無事でいられるか疑問だと思いますよ」
だがまずは動かなければ話にならない。煙草を放り捨てた霧島は傍の大通りに停まったタクシーのドアを無造作に開けようとしたが叶わない。ロックされているというよりも、開くように作られていない、芝居の大道具のようだった。
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