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第10話

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 たった三時間ほどの睡眠だったが、これで音を上げるようでは刑事もスパイも務まらない。
 二人はいつも通りに起きだしハイファお手製のフレンチトーストとベーコンソテーにグリーンサラダを食してから出勤した。

 その際に昨夜の爆破跡を見てみたが、既に地面のファイバブロックも交換されて、そこだけが新しく浮いて見えるのみだった。さすがは軍中央情報局、仕事が早い。

 珍しく何にもストライクせず署に出ると爆破騒ぎはデカ部屋のあちこちで噂されていたものの、軍が一切合切を引き取ってくれて有難いという感想が殆どだった。
 連続テロを案ずる説も流れないではなかったが、全ての情報を軍に持って行かれている状態ではどうしようもないのが現実だ。

 昨夜の深夜番には目で問われたが、二人は首を捻ってみせて終わりだった。

 さて、今日は晴れ、どの方面を歩こうか……などと、危機感を孕んだヴィンティス課長の視線を尻目にシドがデスクで電子回覧板を眺めつつ考えているとリモータが発振した。だが寝不足は意外に効いていたらしい。その発振パターンを忘れかけていたのだから。

 数度目の発振でシドは署名していた電子回覧板をデスクに取り落とす。そして隣のハイファと顔を見合わせると二人はダッシュで地下のシドの巣に駆け下りた。

 どんなに汚部屋になっていても土足厳禁にしている留置場の一室、そこは今日はまだ床が部分的に見えていたのでマシだった。ちょっと臭うのはご愛敬だ。それでもハイファは我慢がならなかったが、今はそれどころではないので硬い寝台にシドと並んで座る。

「室長がアレなのに任務って、いったい何かなあ?」
「まさか『爆弾魔を捕まえろ』なんてお茶目な命令じゃねぇだろうな?」
「あーたが言うと本当になりそう……いつもみたいにゴネないで見ようよ。ね?」
「ああ、今回ばかりはな」

 二人はスリーカウントでリモータを操作した。

【中央情報局発:全中央情報局第二部別室員へ至急。全ての現任務を停止し、最優先で自己の安全を計りつつ、別命あるまで待機せよ】

「何これ、どういうこと?」
「知るか、別室員が訊くな。つーか、細目野郎がアレになったのと関係あるのか?」
「室長がアレになっただけでこんなモノは来ないと思う」
「じゃあ室長だけじゃねぇんだろ、アレになったのは」
「単純……だけど、そっか。それならコレも解るよね」
「別室員が皆ゾロ狙われてるってか?」
「貴方が言ったんじゃない。エアハート一佐にも『終わりじゃないかも』みたいな」
「まあそうだが……文面を平たく言えば、単に『逃げろ!』ってことだろ?」
「そういう風に僕にも読めるよ。じゃあやっぱりもう複数殺られてるんだよ、多分」

 床の菓子の空き袋や紙コップ、何かの部品を除けて小さな灰皿を掘り起こすとシドは煙草を咥えて火を点けた。紫煙を吐きながらシドは首を傾げる。

「俺としては任務じゃなくて清々してるんだがな、別室員のお前はどうなるんだ?」
「どうもこうも、別に」
「出向刑事は別室任務じゃねぇのかよ?」
「刑事任務を停止して待機しないと僕が狙われるって? それこそありえないよ。普通こういうのは誰かか何かに対して効果的だから殺すんでしょ? 今の僕は貴方のイヴェントストライクこそ危ないけど、別室としてはものの数じゃない。わざわざ殺す意味がないもん」
「なるほど。……お前、何だか可哀相だな」

 ハイファは唇を尖らせながらもシドの腕に抱きついて見せた。

「幸せの形は人それぞれだからいいの。それよりこれってかなりの緊急事態だよ。任務上何ヶ月も、時には何年もかけて浸透した組織から突然退けっていうんだから」
「対外的に別室は事実上、敵に対して敗北宣言を出したようなもんだな」

 口にしてみてシドは今朝方の自身の考えを思い出す。トップを殺られて崩れるならそこまでの組織、だがそれにしても瓦解の予兆が早すぎる気がした。

 敵は余程上手いシナリオライターのようである。

「巨大テラ連邦の陰の部分を背負う別室が任務放棄……実際、あってはならないことが起こっちゃったんだよね」

 そう、別室の任務放棄・敗北宣言などあってはならないことなのだ。日なただろうが陰だろうが関係ない。それはイコール、テラ連邦が負けたのと同義なのだから。

「なあ、これって別室長本人が出したんだと思うか?」
「ううん。あんな状態で発令できたかどうかは置いといて、室長が知ったら激怒するんじゃないかなあ」
「俺もそう思う。あれは絶対、敵に膝を折るタイプじゃねぇよ」
「だよねえ……どうする?」
「どうするもこうするも、お前が狙われないなら俺はそれで構わねぇし」
「わあ、シドってば冷たい」

 二本目の煙草を咥えながらシドは覗き込んできた若草色の瞳を見返す。

「薄愛主義者のお前に言われたくねぇよ。それに別室がどうにも出来ねぇことを俺たち二人でどうこう出来ると思うのか?」
「貴方も何度か面識はあるんだし、第一発見者だし、お見舞いくらいは行ってもいいんじゃないかなあ? 助けて貰って室長もお礼くらい言いたいかもよ」
「気持ち悪ぃ! それこそあの細目野郎は見舞いで喜ぶガラじゃねぇだろ。それより昨日のエアハート一佐とやらの言葉には含みがあっただろうが」
「もしかして『今のような緊急時』ってヤツ?」
「ああ。お前の予想通りならアレになったのは別室長だけじゃねぇ、他にも複数の別室員が殺られてる訳だ。それが『緊急時』ってことじゃねぇのか?」
「かも知れない。じゃあ行ってみようよ別室」

 自分の古巣だ、ハイファも心配で不安もあるのだろう。シドも特に反対する材料は思い浮かばない。一緒に行ってやろうと決める。
 決めたら即実行だ。自分たちが今座っている寝台の上、丸めて枕にしていた制服をシドは取り上げた。

「毎度毎度こうしてプレスで焦るんだから、枕にするの止めればいいのに」
「これが一番具合がいいんだ。着替えるのも面倒だが、ヴィンティス課長がまた惑星警察の威信がどうとか言い出して五月蠅いからな」
「まあ、それが普通の大人だから」
「ともかく昨日の爆破の件を聞きに行く。課長への口実はそれでいいな?」
「じゃあ僕も軍の制服じゃなくて惑星警察の方がいいのかな?」
「別室員が狙われてるなら、一応ブラフ掛けようぜ」
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