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第6話・敵はホシじゃなく部下

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 女房役もさっさと書き始めたのを見て、仕方なくシドは咥え煙草のまま、酷い右下がりの文字で書類を埋め始める。その頃になってやっと元気が出たのか、課長の愚痴が始まった。

「カチコミ部隊までがキミを指名する現状を鑑みて、どうして出勤時だけでもスカイチューブを使って事件発生数を抑える努力をしてくれんのか――」

 超高層ビル同士の腹を串刺しにして繋ぐスカイチューブは単身者用官舎ビルと署も直通で繋いでいて、内部がスライドロードになったこれを使っても通勤できる。いや、そちらの方がなんぼも楽だ。ビル内に職籍を持つか住所があるかしないと利用は不可となっているこれを使えば、不用意なストライクも避けられるという訳である。故に課長は『使え』と日々口を酸っぱくしていた。

 だがシドは自分の足を使うことにこだわって、滅多に使うことはない。

 それはともかく課長席の真ん前がハイファのデスク、その左隣がシドのデスクだ。聞きたくなくても愚痴は聞こえる。だが殆ど無視し、BGM状態でシドは書類を埋め続けた。そのうちに先程のカチコミの現場検証が始まり、するすると終わると、また書類が三枚増える。

「どうにかなんねぇかな、これ。いい加減に腱鞘炎になっちまうぞ」
「どうにかって……署が爆撃食らうとか?」
「そんなんじゃなくってさ……大体、あいつらは何だったんだよ?」

「最近流行りの惑星警察への報復テロ、アレの一環なんじゃないの?」
「けっ、またロニアマフィアかよ――」

 テラ本星にマフィアは存在しない。だが近所にいるのは確かである。
 テラ連邦に加盟しつつもテラの意向に添わない星系があるのが実情で、その一方の雄が四六時中内戦を繰り返しテロリスト育成の温床になっているヴィクトル星系であり、もう一方の雄が全星を林立するマフィアファミリーが仕切るロニア星系第四惑星ロニアⅣだ。

 その後者がシドたちにとっては問題で、太陽系のハブ宙港である土星の衛星タイタンからワープたった一回という近さにありながら、『人口よりも銃の数が多い』というのがキャッチフレーズになっているくらいなのである。

 それでも平和に倦み飽きた人々がスリルを求めて流入し、マフィアが饗する甘い毒のような娯楽、具体的にはテラが認可しない作用の強い違法ドラッグや、これも違法とされるカジノに売春宿、交戦規定違反品の銃を撃たせるツアーなどに群がった挙げ句、外貨を落とすという悪循環に陥っているのだ。

 管内で違法ドラッグや武器弾薬が見つかり、偽造IDを使っての不法入星などが発覚すれば、まずロニアを疑うのがセオリーと云えるほど、シドたちの職務上でも悩みの種となっている。
 そんなことをぼそぼそと喋りながらも、始めてしまえば熱中するたちなので、都合十枚にも及ぶ書類を二時間ちょっとでシドは書き上げた。

「景気の悪い話ばっかりだぜ。ふあーあ、書けた書けたっと」

 FAX形式の捜査戦術コンに書類を流してしまうとやはりヒマだ。タダの張り込みを大イヴェントにされたくないので他課もシドには滅多に下請けを回してこない。おまけに真夜中の大ストライクを皆が恐れるので深夜番も免れている。故にカードゲームに混ざる必要もない。

 ということでチェーンスモークしていた煙草を消し、対衝撃ジャケットを手に取った。これを着れば外出、だがヴィンティス課長から声が掛かった。

「シド。いいから同報を待って大人しく座っていたまえ。全く、キミのお蔭で管内の事件発生率はウナギ登りだ。下手をすればホシより先に現着しているとは、どうかしている」
「俺が何をしたって言うんですか、チンピラマフィアに蜂の巣にされたかったなら……」

「そうは言っとらん。ただイヴェントストライカとしての自覚が足らんと言っているんだ。それに今日はこれ以上の発砲を許す訳にはいかんのだよ。午後からのセントラルエリア統括本部長への報告会で、わたしはもう身が縮む思いを――」
「あー、はいはい、分かりましたよっと」

 被せるように言うと、シドはゴーダ警部らがカードをしているへたったソファの傍まで歩いてゆく。ハイファが泥水の紙コップふたつを手にして追った。

「ゴーダ主任は深夜番下番で帰らないんですか?」

 紙コップひとつをシドに手渡したハイファが訊く。

「こいつは明後日の深夜番を賭けた大勝負だからな」

 愉しそうで結構なことだと眺めていると、ケヴィン警部とヨシノ警部がニヤリとした。

「おおっ、イヴェントストライカが珍しく待機か?」
「だからってまたここをイヴェント会場にするんじゃねぇぞ」

 口々に言って笑われ、シドは眉間にシワを寄せたが幹部相手に噛みつく訳にも行かない。ムッとしてTVに目をやるとテラ連邦でも大手のRTVがニュースをやっていて、ネタはハイファも言っていた最近流行りの惑星警察への連続報復テロ事件である。
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