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第40話・やっと会えたが難儀な相手
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「ロレーナ、大丈夫か、ロレーナ! そこの二人、手を貸してくれ!」
指名されてシドとハイファはドレスの女をコイルの後部座席に運び入れる。
「あんたらも早く乗ってくれ」
前部のステアリングが付いた運転席に男が飛び乗り、振り返って言った。
その視線を辿ってシドが振り向くと、自分たちのやってきた細い道は荒れた海に侵食され、既に歩いてローダ島側に戻ることは困難となっていた。ベースキャンプからBELを出せば……などと余計なことは口にしない。これはジュリアン=ベジャール公に拝謁を賜る千載一遇のチャンスだ。迷わず二人はコイルに乗り込む。蹴飛ばされたようにコイルは発進した。
誰も何も語らないままコイルは右に左に揺れつつも爆走し、三十分ほどで停止し接地した。傍には城壁がそそり立ち、小さな木材製の扉がある。城の御用口といった風だ。
前部座席から飛び降りた男がその御用口のような扉から中に入り、数分と経たぬうちに自走ストレッチャを伴って出てくる。シドが女を担ぎ上げてストレッチャに乗せると都合三人で囲み、城の中へと足を踏み入れた。そのまま石造りの冷え冷えとした廊下を数十メートル走る。
辿り着いたのは狭いながらも再生槽までが完備された医務室だった。
男はこの医務室の主らしく、いつの間にか白衣を羽織っている。てきぱきとシドとハイファにも手伝わせて女の濡れた衣服を脱がせ、ベッドに移して毛布を被せると、その腕に浸透圧利用で無針タイプの点滴をセットした。バイタルサインを表示する機器も女に接続する。
それでも女はピクリとも動かず、シドが医師らしき男に訊いた。
「どうなんだ?」
「そう心配は要らない。冷えた上に歩き過ぎた過労だろう」
「ここから歩いたなら十キロ以上だもんな」
その頃にはシドもドレスの女が女ではなく、女装した男であることに気付いている。それもドレスを着たその男はポラで見たジュリアン=ベジャール公爵その人だった。
訊きたいことは山積していたが、シドはまず医師に名乗ってみる。
「俺はシド、そっちがユーリーだ。あんたは?」
「エドガーだ。ロレーナを見つけてくれて感謝するよ」
「ロレーナって、三年前に亡くなった公爵の妹姫じゃなかったっけ?」
リモータ操作しつつ訊いたハイファに、エドガーは濡れた茶髪を撫でながら苦い顔をした。
「知っているとは思わなかった。悪いクジを引いたようだ、参ったな」
「その人って、公爵だよね?」
テラ標準歴で三十代半ばと思しきエドガーは茶色の目を泳がせて暫し逡巡したのち、溜息混じりにハイファに頷く。眠り続ける公爵に毛布を被せ直すと、シドとハイファを促してパーテーションで仕切られた診察室側に移動した。
室内隅のキャビネット上に鎮座したコーヒーメーカから陶器のカップ三つに液体を注ぐと、シドとハイファに配給してからエドガーは診察椅子に腰掛ける。
「何処でもいい、座ってくれ」
シドはパイプ椅子に前後逆に腰を下ろし、ハイファは回転する丸い椅子に着席した。
コーヒーをひとくち飲んで、煮詰まり具合にやや顔をしかめながらハイファが更に訊く。
「で、何で公爵サマがこんな風になっちゃったのかな?」
「これでもマシになったんだが……そうだな、妹のロレーナが死んだのは――」
「二十二歳でBELの事故だったんだよね?」
「その事故は事故じゃない、自殺だったんだ」
「自殺? 公式には事故の筈だけど」
「僕からは詳しく話せないが、ジュリアンが溺愛していた妹のロレーナは、ジュリアンとともに乗っていたBELから飛び降り自殺をしたんだ――」
だが公的に王女が自殺などとは報じられず、事故ということで全ては処理されたらしい。
「――それからだ、ジュリアンが精神に異常をきたしたのは」
「妹姫を自分で再現してるってことか?」
シドに頷き、エドガーは公爵の眠るベッドの方に目を向けた。
「あれでもまともになったんだ。ロレーナが出るのは荒れた夜だけだからね」
気圧の下がった夜にだけ公爵はロレーナとなって城内を彷徨うのが常だったが、今夜に限っては外にまで遠征し、森で迷ってしまったらしかった。
「ふうん、それでこんな城に隠遁させられてるってことか」
「それだけではないんだが……まあ、いい。それでキミたちはどうする?」
「どうするって、世話になってもいいのかよ?」
「構わないよ。どうせこれだけ荒れればBELも飛ばないだろう。もう連絡はしたのかい?」
リモータを振りながらハイファが頷いてみせる。
「では、人を呼んで部屋に案内させよう」
指名されてシドとハイファはドレスの女をコイルの後部座席に運び入れる。
「あんたらも早く乗ってくれ」
前部のステアリングが付いた運転席に男が飛び乗り、振り返って言った。
その視線を辿ってシドが振り向くと、自分たちのやってきた細い道は荒れた海に侵食され、既に歩いてローダ島側に戻ることは困難となっていた。ベースキャンプからBELを出せば……などと余計なことは口にしない。これはジュリアン=ベジャール公に拝謁を賜る千載一遇のチャンスだ。迷わず二人はコイルに乗り込む。蹴飛ばされたようにコイルは発進した。
誰も何も語らないままコイルは右に左に揺れつつも爆走し、三十分ほどで停止し接地した。傍には城壁がそそり立ち、小さな木材製の扉がある。城の御用口といった風だ。
前部座席から飛び降りた男がその御用口のような扉から中に入り、数分と経たぬうちに自走ストレッチャを伴って出てくる。シドが女を担ぎ上げてストレッチャに乗せると都合三人で囲み、城の中へと足を踏み入れた。そのまま石造りの冷え冷えとした廊下を数十メートル走る。
辿り着いたのは狭いながらも再生槽までが完備された医務室だった。
男はこの医務室の主らしく、いつの間にか白衣を羽織っている。てきぱきとシドとハイファにも手伝わせて女の濡れた衣服を脱がせ、ベッドに移して毛布を被せると、その腕に浸透圧利用で無針タイプの点滴をセットした。バイタルサインを表示する機器も女に接続する。
それでも女はピクリとも動かず、シドが医師らしき男に訊いた。
「どうなんだ?」
「そう心配は要らない。冷えた上に歩き過ぎた過労だろう」
「ここから歩いたなら十キロ以上だもんな」
その頃にはシドもドレスの女が女ではなく、女装した男であることに気付いている。それもドレスを着たその男はポラで見たジュリアン=ベジャール公爵その人だった。
訊きたいことは山積していたが、シドはまず医師に名乗ってみる。
「俺はシド、そっちがユーリーだ。あんたは?」
「エドガーだ。ロレーナを見つけてくれて感謝するよ」
「ロレーナって、三年前に亡くなった公爵の妹姫じゃなかったっけ?」
リモータ操作しつつ訊いたハイファに、エドガーは濡れた茶髪を撫でながら苦い顔をした。
「知っているとは思わなかった。悪いクジを引いたようだ、参ったな」
「その人って、公爵だよね?」
テラ標準歴で三十代半ばと思しきエドガーは茶色の目を泳がせて暫し逡巡したのち、溜息混じりにハイファに頷く。眠り続ける公爵に毛布を被せ直すと、シドとハイファを促してパーテーションで仕切られた診察室側に移動した。
室内隅のキャビネット上に鎮座したコーヒーメーカから陶器のカップ三つに液体を注ぐと、シドとハイファに配給してからエドガーは診察椅子に腰掛ける。
「何処でもいい、座ってくれ」
シドはパイプ椅子に前後逆に腰を下ろし、ハイファは回転する丸い椅子に着席した。
コーヒーをひとくち飲んで、煮詰まり具合にやや顔をしかめながらハイファが更に訊く。
「で、何で公爵サマがこんな風になっちゃったのかな?」
「これでもマシになったんだが……そうだな、妹のロレーナが死んだのは――」
「二十二歳でBELの事故だったんだよね?」
「その事故は事故じゃない、自殺だったんだ」
「自殺? 公式には事故の筈だけど」
「僕からは詳しく話せないが、ジュリアンが溺愛していた妹のロレーナは、ジュリアンとともに乗っていたBELから飛び降り自殺をしたんだ――」
だが公的に王女が自殺などとは報じられず、事故ということで全ては処理されたらしい。
「――それからだ、ジュリアンが精神に異常をきたしたのは」
「妹姫を自分で再現してるってことか?」
シドに頷き、エドガーは公爵の眠るベッドの方に目を向けた。
「あれでもまともになったんだ。ロレーナが出るのは荒れた夜だけだからね」
気圧の下がった夜にだけ公爵はロレーナとなって城内を彷徨うのが常だったが、今夜に限っては外にまで遠征し、森で迷ってしまったらしかった。
「ふうん、それでこんな城に隠遁させられてるってことか」
「それだけではないんだが……まあ、いい。それでキミたちはどうする?」
「どうするって、世話になってもいいのかよ?」
「構わないよ。どうせこれだけ荒れればBELも飛ばないだろう。もう連絡はしたのかい?」
リモータを振りながらハイファが頷いてみせる。
「では、人を呼んで部屋に案内させよう」
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