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第27話(エピローグ)

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「何も大袈裟じゃないよね。実際半死体が幾つも生産されてるんだし」
「まあ、生産したのは俺たちだがな」
「細かいことはいいよ。星系ひとつの政治方針、今後の命運が掛かってるんだから」

「そうだな。……で、お前が行けよな」
「ええーっ、何でまた僕が行かなきゃならないのサ?」
「仕方ねぇだろ。早く別室にこいつを届けてメディアで大々的に報道して貰わねぇと、署にも部屋にも戻れねぇんだぞ」

「それはそうだけど、今度は一緒にきてよ」
「やなこった、俺は疲れてる。それにこれも結局は別室任務だろ」
「……むう」
「分かったら諦めて、とっととハイジャックしてこい」

◇◇◇◇

 定期BELは迷走した挙げ句、セントラルエリア郊外にある広大な軍施設の敷地内にランディングし、二人のハイジャッカーをぺぺっと吐き出すと再び空に駆け立って行った。
 吐き出されたシドとハイファは中央情報局ビルの地下六階にある第二部別室へと直行して、しかるべき人物にメディアケースを預けると、早々に軍の敷地内から出る。

 しかるべき人物である別室長は決して付き合って愉しい御仁ではなかったのと、何より疲れ果てたシドの風邪がぶり返してしまったからだ。
 コイルで密かに移動し七分署管内にあるホテルの一室を取った。

「ヴィンティス課長にアレを叩きつけられなかったのだけは、心残りだぜ」
「そんなこと言って、本当に署にカチコミ食らったって話じゃない」

 ヴィンティス課長からの発振がシドのリモータに立て続けに入り、七分署機捜課のデカ部屋に腹に爆弾を抱いた三名が、ワカミヤ巡査部長とファサルート巡査長を名指しで指定して立て篭もり中という報がもたらされていた。

「課長の野郎は酷いよな、俺たちを爆弾魔の前に引きずり出そうってんだからさ」
「さっきの発振も『スグカエレ』だったんでしょ、大丈夫かなあ?」
「下請け仕事で追い出しといて『カエレ』もねぇよな、放っとけ放っとけ」

「まあ、何もかも僕らに振られても限度があるよね」
「あっちはあっちで何とかするだろ。ふあーあ」

 押し込まれたベッドの中でシドは暢気に大欠伸し、また入った発振を見ずに切る。指名された二人の身柄を要求する爆弾魔三名は機捜課の在署番プラス、ヴィンティス課長と睨み合って膠着状態らしい。

「それでも僕らの身の方が危ないんだからね、やっぱり軍病院の方が良かったんじゃない? あそこならミサイルぶち込まれても大丈夫だし」
「今日、明日中にはメディアに公開するって言ってたろ。そしたら帰れるし、早くタマを迎えに行かねぇとマルチェロ先生の晩飯にされちまう」

「タマは、そりゃあ心配だけど、ったく、貴方の病院嫌いには呆れるよ」
「別に病院が嫌いなんじゃねぇ、入院が嫌なんだ。ヒマで仕方ないだろ、あれは」
「それでもこんなに熱出して。僕がしてあげられることなんて殆どないんだからね、こんな所じゃ。栄養のあるご飯も作ってあげられないし」

 こんな所といっても結構高級なホテルのジュニアスイートである。病人に便宜を図って貰えるよう心置きなくコンシェルジュに頼れる選択をしたのだ。

 シドをベッドに押し込むとハイファは体温計の試験紙と保冷プレート、解熱剤やスポーツドリンク等を早速手に入れてきた。計ってみればシドの熱は三十九℃を超えており、慌てて解熱剤を通常の倍量飲ませたばかりだった。

「まだ寒気、してる?」
「……少し」
「じゃあ、熱、もっと上がりそうだね。どうしよっかな」
「どうもしなくていい。あ、TVだけ点けとこうぜ」

 報道でリスピア星系の内紛情報が流れねば、いつまでも自分たちが爆弾MBを抱えていると思われ、つけ狙われる。諦めて頂くにはメディアに情報を大々的に流して貰い、更に敵にそれを知って貰わなければならないのだ。

「まあ、どうせ一日、二日のことだしね。休暇だと思ってTVでも視て」
「ああ。……でも、やっぱり『どうもしなくていい』っつったの、パス」
「何それ?」
「ここ、来いよ」

 と、シドは被っていた毛布を剥いで見せた。

「な。四十℃近い熱でナニをフラチなことを考えてるんですか、あーたは」
「お前だって宇宙戦までやらかしてメチャメチャ疲れただろ。昨日はアレだったしさ。ちょっと昼寝に付き合うくらい、いいじゃねぇか。何もしねぇから」
「うーん。そういうことなら」

 ソフトスーツがシワになるのを嫌って、ショルダーバッグから薄い部屋着のドレスシャツとズボンを出すと着替え、ハイファはシドの横に潜り込んだ。体温の上昇を続けるシドの体を抱き締める。が、抱き締め返されて、もう互いに我慢できないのを知った。

「昨日の今日でお前は大丈夫なのか? その、出血までさせちまって……」
「優しくしてくれるならって条件付きで大丈夫」
「とびきり優しくしてやる」

 二人は横になったままでキスを交わす。
 お互いの体温が同じに感じられ、とろとろと微睡んで目覚めた頃には、ホロTVがユストゥス=グラフの遺産を公開していた。

「……ん、シド。また発振?」
「しつこいったらねぇな、ヴィンティス課長の野郎。どれどれ、『ゆっくり休め』だと?」
「本当だ。デカ部屋の爆弾魔三名様も片付いたんだね、良かった」
「良くねぇよ、暗に俺たちに『出てくるな』っつーことだぞ!」

 いきなりシドは毛布を蹴って起き上がる。

「なあに、どうしたのサ?」
「出勤するんだ」
「えっ、今すぐ?」

 頷くシドの額にハイファが白い手を伸ばす。長めの前髪をかき分けて当てた手には、もう高熱は感じられなかった。だが問題はシドでなくハイファ自身にあった。

「シド、僕、ちょっと起きられそうにないんだけど」
「う……すまん」

◇◇◇◇

 翌日になってホテルをチェックアウトし、車寄せで無人コイルタクシーの後部座席に二人並んで乗り込むと、シドが単身者用官舎ビルを座標指定し発進させた。

「なあ、帰ったらシチュー食わせてくれよ、白いヤツ」
「一昨日、軌道ステーションでも食べてたじゃない」
「お前の作ったのが食いたいんだ」
「ふふん。珍しく甘えちゃって」

「作ってくれるって言ってたろ、ジュネーでさ」
「分かったよ。特製のを作ってあげるから、早く治して一緒に買い物行こうね」
「熱、下がったの見たろ? もう治ったから、このまま行こうぜ」
「えっ、もうイヴェントストライカが日常に戻っちゃうの?」

「……ハイファお前、いい度胸してるじゃねぇか!」
「ぎゃ~っ、当たる、この距離は当たるって!」

 そうして二人の部屋がある官舎ビルの地下ショッピングモールでの買い物が、街金に押し入った強盗タタキの捕り物となったのは僅か十五分後のことだった。


                          了
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みんなの感想(2件)

2022.07.30 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

志賀雅基
2022.07.30 志賀雅基

ハルイチさん、志賀です。

多忙な中で貴重なお時間を拙作に割いて下さり感謝致します。

宇宙レースの宙艦戦! やはり、やはり解っていらっしゃる!! あそこは自分が最高に愉しんで書いた所なのです。そう、あのシーンが書きたくて一作書いたようなもの。Oh、友よ!!

エチエチのシーンまで……照れますなあ。アレを1ページ書くと、その日はもう書きたくなくなるくらい通常脳に戻すのが大変なので、本音で言えば「読んで下さると浮かばれる」のです、一時的に召喚したピンクの霧が。ありがたや。

そういやあのメモリには何が入っていたんでせうね? まあ、それこそいわゆるマクガフィンの醍醐味という事にしておいて下さい。

お読み頂いてご感想まで頂戴し、この上なく幸せです。
ありがとうございます!!!

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2022.06.21 ユーザー名の登録がありません

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志賀雅基
2022.06.21 志賀雅基

ハルイチさん、志賀です。こんばんは!

ご感想ありがとうございます(^^ゞ
いやあ、お知らせの「赤いピコーン」が逐電しやがりましてね、何もお知らせが来ねぇんスよ。と、思えば忘れた頃に気紛れに点いてみたり。アレ、餌でもやらなきゃダメなんでしょうかねぇ? 

新作と言ってもこの拙作は初期作なので何だか嬉し恥ずかし気分な作者です。原作からはかなり遠ざかりましたが、その原作は書いたの10年以上前じゃなかろうか。殆ど原形を留めていませんけれど(原形を留めていたら、それこそ晒せない;)。リライトは繰り返してもオイラが元気だったシルル紀くらいのブツなので、いつもの二人もこの後、元気に走り回る予定。ドタバタというよりせわしない話です。

大きく刻んだのですぐに終わります。ハルイチさんならあっという間だと思いますので、何卒お付き合いの程を宜しくお願い致します!!

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