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第15話
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「単なる常連さんにしては丁重すぎますよね?」
「ここは霧島カンパニーのグループ傘下が経営する店だ」
「ああ、それで」
だが自社から何の利益も得ていないらしい霧島がこのような店に出入りするのは、却って意外である。けれど今はそれには触れず、違う疑問を解消すべく訊いた。
「ボルドヌイってどういう意味ですか?」
「夜間飛行。確か有名な香水の名前にもなっていたな」
「ふうん、香水ですか」
頷きながら振り向いて店内を見回した。
海に面して広い窓が取られている。明かりは凝った間接照明だが暗すぎず霧島好みと思われた。
だが控えめに語り合いつつ料理を楽しむ人々を見る限りでは、やはり男性はスーツにタイを締め、女性もそれなりにドレスアップしていて、本来ならジーンズで入るべき店ではないのが窺える。
しかし生来の暢気さで京哉は背後よりも右隣の男と目前に出される料理に集中することに決めた。お絞りで手を拭くと早速フォークを手にする。
「じゃあ、本当にごちそうになりますからね。頂きます」
「遠慮せず食ってくれ、お前専用メニューだ。あまり怪我人には勧められんが、少し飲むか?」
「いえ。強くないですし、あまり好きじゃないのでお酒は遠慮します」
運転する霧島のことも考えてそう言い、海鮮のたっぷり入ったサラダと彩りも美しいテリーヌに、海老の旨味が詰まったスープを味わった。
ただ、この流れだとコース料理で片手じゃ難儀しそうだなあと思う。
けれど出されたのはフリッターにフォアグラなのか柔らかい煮込み、切り分けられたピザにグラタンといった家庭料理に近いものばかりだった。
勿論、家庭料理というのは形態だけで材料は相当高級だと勘づいてはいたが、とにかく全てスプーンかフォーク一本で食べられる内容だったのが有難かった。
どうやら霧島のオーダーが叶えられただけでなく片手でも食べやすいよう工夫されたようで、細やかな気遣いを敢えて主張しない辺りに本物の高級店らしさを感じる。
日頃から外食かコンビニ弁当の食生活を営んでいるのと、刑事なる職業柄から京哉は食事に時間をかけないタイプだ。
だが霧島と様々な雑談しながらの食事は愉しく、時間が経つのも忘れる。デザートのザッハトルテ・赤いプディング添えまで食し終えた京哉が腕時計を見ると既に二十三時近かった。
喫煙に関して訊くのは遠慮し、コーヒーを味わいながら霧島に礼を言う。
「ごちそうさまでした。本気で美味しかったです」
「だろう? ここに一度京哉、きみをつれてきたかったんだ」
「嬉しいことを言ってくれますね。霧島警視のデートの黄金パターンなんですか?」
何の他意もなく軽く揶揄してみただけだった。だがふいに霧島は表情を硬くする。
「他の誰もここにつれてきたことはない。帰るぞ」
言うなり霧島は立ち上がり背を向けてしまった。
京哉は慌てて席を立ち霧島を追いかける。
霧島がカードでチェックを済ませ、京哉はコートを受け取ってボルドヌイを出た。コートは羽織らず手にしたままで海際の冷たい風に晒されたが、飲んでもいないのに火照った頬には気持ちいいくらいだった。
白いセダンに乗り込むと霧島がエンジンを掛ける。すぐに駐車場を出て海岸通りを走り始めたが、またも真城市に帰る道とは逆方向だった。不思議な思いで京哉はシャープな横顔を見つめる。霧島はまだ微妙に不機嫌で行き先を訊けない。
何が拙かったのか考えてみたが、『デートの黄金パターン』と揶揄したこと以外は思いつかない。けれど事実と相違があったにしろ、その程度で機嫌を損ねるなどとは案外大人げない人なのかと思う。
思ったが悪意は抱けずに、むしろデカい図体をして中身が子供なんて面白いな、などと思考を転がした。
考えていたお蔭で京哉も黙りこくったまま五分ほど経った。
何も言わず霧島が乗り入れたのは灯台の傍にある駐車場だった。
高台になっていて灯台までは階段を降りて行かなければならない。しかし駐車場に停まった何台もの車はどれもエンジンが掛かったままで、つまりここはそれこそカップルのデートコースらしかった。
また霧島の顔を見上げると硬い表情をしたまま何事か考え込んでいるようだ。
「灯台でも見に行くんですか?」
「いや、月が丸いから大潮だ。多分あの辺りは荒れて近づけん」
返事があっただけで京哉は大きな安堵を得る。
そこで更に話しかけてみた。
「詳しいですね。でもそれならどうしてこんな場所に……何だか照れませんか?」
「ん、ああ、そうだな」
応えを寄越しても、それがまるで上の空だと分かる。心ここにあらずといった風情の男を窺うと、じっと前方を見つめて血の気が引いたような顔をしていた。
急に心配になって京哉は身を乗り出し、そっと声を掛ける。
「霧島警視、顔色が悪いように見えますけど何処か具合でも悪いんじゃ……?」
「大丈夫だ、問題ない」
「それ、単に口癖じゃないんですか? 大丈夫って顔じゃないですよ」
「本当に心配要らん。きみは煙草を吸っても構わんぞ。だが……その前に――」
ふいに身を傾がせた霧島に抱き締められて唇を奪われた。相変わらずのテクニックで歯列をこじ開け、柔らかな舌が忍び込んでくる。
今日は熱く感じるその舌に京哉は思い切って自らの舌を絡ませてみた。
すると甘く痛むほど吸い上げられ、唾液を要求される。喉の奥で喘ぎつつ欲しがるだけ与えた。霧島は喉を鳴らして嚥下する。
「ここは霧島カンパニーのグループ傘下が経営する店だ」
「ああ、それで」
だが自社から何の利益も得ていないらしい霧島がこのような店に出入りするのは、却って意外である。けれど今はそれには触れず、違う疑問を解消すべく訊いた。
「ボルドヌイってどういう意味ですか?」
「夜間飛行。確か有名な香水の名前にもなっていたな」
「ふうん、香水ですか」
頷きながら振り向いて店内を見回した。
海に面して広い窓が取られている。明かりは凝った間接照明だが暗すぎず霧島好みと思われた。
だが控えめに語り合いつつ料理を楽しむ人々を見る限りでは、やはり男性はスーツにタイを締め、女性もそれなりにドレスアップしていて、本来ならジーンズで入るべき店ではないのが窺える。
しかし生来の暢気さで京哉は背後よりも右隣の男と目前に出される料理に集中することに決めた。お絞りで手を拭くと早速フォークを手にする。
「じゃあ、本当にごちそうになりますからね。頂きます」
「遠慮せず食ってくれ、お前専用メニューだ。あまり怪我人には勧められんが、少し飲むか?」
「いえ。強くないですし、あまり好きじゃないのでお酒は遠慮します」
運転する霧島のことも考えてそう言い、海鮮のたっぷり入ったサラダと彩りも美しいテリーヌに、海老の旨味が詰まったスープを味わった。
ただ、この流れだとコース料理で片手じゃ難儀しそうだなあと思う。
けれど出されたのはフリッターにフォアグラなのか柔らかい煮込み、切り分けられたピザにグラタンといった家庭料理に近いものばかりだった。
勿論、家庭料理というのは形態だけで材料は相当高級だと勘づいてはいたが、とにかく全てスプーンかフォーク一本で食べられる内容だったのが有難かった。
どうやら霧島のオーダーが叶えられただけでなく片手でも食べやすいよう工夫されたようで、細やかな気遣いを敢えて主張しない辺りに本物の高級店らしさを感じる。
日頃から外食かコンビニ弁当の食生活を営んでいるのと、刑事なる職業柄から京哉は食事に時間をかけないタイプだ。
だが霧島と様々な雑談しながらの食事は愉しく、時間が経つのも忘れる。デザートのザッハトルテ・赤いプディング添えまで食し終えた京哉が腕時計を見ると既に二十三時近かった。
喫煙に関して訊くのは遠慮し、コーヒーを味わいながら霧島に礼を言う。
「ごちそうさまでした。本気で美味しかったです」
「だろう? ここに一度京哉、きみをつれてきたかったんだ」
「嬉しいことを言ってくれますね。霧島警視のデートの黄金パターンなんですか?」
何の他意もなく軽く揶揄してみただけだった。だがふいに霧島は表情を硬くする。
「他の誰もここにつれてきたことはない。帰るぞ」
言うなり霧島は立ち上がり背を向けてしまった。
京哉は慌てて席を立ち霧島を追いかける。
霧島がカードでチェックを済ませ、京哉はコートを受け取ってボルドヌイを出た。コートは羽織らず手にしたままで海際の冷たい風に晒されたが、飲んでもいないのに火照った頬には気持ちいいくらいだった。
白いセダンに乗り込むと霧島がエンジンを掛ける。すぐに駐車場を出て海岸通りを走り始めたが、またも真城市に帰る道とは逆方向だった。不思議な思いで京哉はシャープな横顔を見つめる。霧島はまだ微妙に不機嫌で行き先を訊けない。
何が拙かったのか考えてみたが、『デートの黄金パターン』と揶揄したこと以外は思いつかない。けれど事実と相違があったにしろ、その程度で機嫌を損ねるなどとは案外大人げない人なのかと思う。
思ったが悪意は抱けずに、むしろデカい図体をして中身が子供なんて面白いな、などと思考を転がした。
考えていたお蔭で京哉も黙りこくったまま五分ほど経った。
何も言わず霧島が乗り入れたのは灯台の傍にある駐車場だった。
高台になっていて灯台までは階段を降りて行かなければならない。しかし駐車場に停まった何台もの車はどれもエンジンが掛かったままで、つまりここはそれこそカップルのデートコースらしかった。
また霧島の顔を見上げると硬い表情をしたまま何事か考え込んでいるようだ。
「灯台でも見に行くんですか?」
「いや、月が丸いから大潮だ。多分あの辺りは荒れて近づけん」
返事があっただけで京哉は大きな安堵を得る。
そこで更に話しかけてみた。
「詳しいですね。でもそれならどうしてこんな場所に……何だか照れませんか?」
「ん、ああ、そうだな」
応えを寄越しても、それがまるで上の空だと分かる。心ここにあらずといった風情の男を窺うと、じっと前方を見つめて血の気が引いたような顔をしていた。
急に心配になって京哉は身を乗り出し、そっと声を掛ける。
「霧島警視、顔色が悪いように見えますけど何処か具合でも悪いんじゃ……?」
「大丈夫だ、問題ない」
「それ、単に口癖じゃないんですか? 大丈夫って顔じゃないですよ」
「本当に心配要らん。きみは煙草を吸っても構わんぞ。だが……その前に――」
ふいに身を傾がせた霧島に抱き締められて唇を奪われた。相変わらずのテクニックで歯列をこじ開け、柔らかな舌が忍び込んでくる。
今日は熱く感じるその舌に京哉は思い切って自らの舌を絡ませてみた。
すると甘く痛むほど吸い上げられ、唾液を要求される。喉の奥で喘ぎつつ欲しがるだけ与えた。霧島は喉を鳴らして嚥下する。
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