交換条件~Barter.1~

志賀雅基

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第29話

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 訝しい思いで数日を過ごす間に状況が見えてくる。

 鳴海京哉というスナイパーの存在は警察の総力を以て隠す方向で処理されたのだ。本来は秘密裏にでも逮捕されてしかるべきところ、だがメディアに露見したら一悶着では済まない。お蔭で幾ら待っても何の音沙汰もなく依願退職勧告さえなかった。

 尤も『知りすぎた男』を手放すほど危険なことはない。身上の変化で何処からメディアに洩れるとも知れず、それを避けての放置状態らしかった。

 だが京哉は外で背後に人の気配を感じる場面が多くなり、行動確認されているのを悟っていた。これもおそらく隠密行動に長けた公安だろう。県警本部長やサッチョウ上層部の秘密まで握ったのだ、行確が就いたのは仕方なかった。
 それこそ綺麗に消されないだけ幸いだとでも思うしかない。

 一方で京哉の予想通り、機捜を勝手に動かした霧島警視は退院した日に停職一ヶ月及び減給三ヶ月なる、異例のダブル懲戒処分を下された。真城署内でも情報が伝わるなり誰もが息を呑んだほどである。
 厳しいというより常軌を逸していた。そこまでされなくても普通は懲戒処分、イコール本人から依願退職を申し出るのが流れだ。

 しかし更に皆が驚いたのは霧島警視が処分を受け入れ辞めなかったことである。

 やがて京哉の耳にも霧島が辛うじて機動捜査隊長の任を解かれずに済んだと情報が入り、一連の騒動に巻き込んだ張本人として僅かな安堵を得た。本人が強く願って手にしたものを、これ以上奪われては京哉もいたたまれない。

 あとは機動捜査隊員に一人も処分者が出なかったのにもホッとする。全ての責任を霧島が隊長として背負った結果だろうが、彼らは霧島を支えて京哉を助けてくれた命の恩人たちだ。

 その恩人の中にはフレームチャージを調達した者もいる訳で、本部内でフレームチャージが装備されているのは誘拐や人質事件を専門に扱うSIT・特殊事件捜査班のみである。頼んだらくれる物でもないので入手するにはかっぱらうしかない。

 つらつらと考えながらデカ部屋の情報収集用に置いてあるTVを眺めた。

 TVでは躍起になって火を消そうと、繰り返し記者会見を行う霧島カンパニー役員らの狂騒が映っていた。万が一の場合を想定して暗殺実行本部を支社の持ちビル地下に置いたとはいえ、事は想定を上回っていた。警察に踏み込まれ、発砲までされた事実がメディアに洩れたのだ。お蔭で株価まで暴落し大打撃を食らっていた。

 更には一人で損するのも馬鹿らしいと思ったのか逮捕・勾留されている桜木の口が非常に滑らかだったらしい。そのため一部週刊誌では【霧島カンパニーが産業スパイを暗殺か?】なる見出しまで躍っていた。
 ただ、のちに桜木も一転して黙秘し始めたという。

 警察発表に依ると同時に逮捕された『霧島カンパニー白藤支社の情報セキュリティ部門に元傭兵という経歴を告げず雇用された』と主張する三名も、自分たちが犯した銃刀法違反の加重所持及び発砲罪について、口を揃えてM360Jサクラを『ヤクザから買った』という失笑ものの証言で押し通しているらしい。大方、弁護士を介して暗殺肯定派と彼らの間で密かにバーターでも成立したのだろうと思われた。

 カネを積み早く出られるよう計らってシャバでいい目を見せてやる、くらいは桜木も三名も弁護士に告げられただろうが、警察側も『現職警察官』が『警察のサクラ』で『人殺し』し損ないました、とは言うに言えない。警視一人の懲戒どころか警察庁長官の首がとぶ。警察官僚出身の暗殺肯定派に属する政治家も危ない。

 つまりは猿芝居を信じたふりをしないと現政権までが危ういのである。

 その暗殺肯定派の政府与党重鎮や警察庁上層部は尻に火のついた霧島カンパニーに全てをなすりつけて手を引いたようで、今のところメディアに一切登場しない。

 流れとしては霧島のキャリア人生を懸けてまで取った行動が全て無に帰してしまいそうで京哉は不満だ。ここで命の恩義から自分が挙手し、過去の『起こっていない連続狙撃事件』の実行犯だとメディアに喚いても面白おかしいネタにはなれど、被害者側が名乗り出る筈もない。
 他人任せで無力感を覚えるが、この機に乗じて暗殺反対派がもっとアクティヴに攻めてくれたらいいのにと思う。

 ただ実行本部を失った暗殺肯定派が今更霧島を狙う可能性は随分と低くなり、そこは安堵していた。霧島カンパニーは全て背負わされ既に矢面に立たされているのだ。幻のタカ派はさておき今回の件で霧島の握った秘密は命を狙われるに値する。
 
 けれどもはや暗殺肯定派に属する誰もが『凶弾に斃れた御曹司』なる悲劇を演出しても、危ない橋を渡るだけの益がなく潜った方が得策だからである。

 ともかく霧島カンパニーは企業体としての存続も危ういほど追い詰められつつあったが、お蔭で会長御曹司とミラード化学薬品の次女とのお見合い結婚はお流れになった。それだけは霧島もホッとしているに違いない。

 それらの事実を京哉は誰に聞くことなく、こうしたTVニュースや購入した週刊誌などで知った。もう少しTVを見ていたかったが周囲の同僚が沈黙しているだけでなく、チラチラと京哉の方を窺っているのに気付いて腰を上げる。

「さてと、出勤しようかな」

 わざとらしく宣言してデカ部屋を出ると皆からの視線がなくなって溜息が出た。向かったのは資料室で、独り昨日の続きのファイル整理を始める。


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