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第31話〈画像解説付属〉
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荷物もないのでポーターまでは付いてこず、エレベーターを降りた途端に薫は恭介と二人きりになって急に右隣の男を意識し始めてしまう。
思い切り笑わせてやりたいという想いは、つまり自分より六年も先に生まれたこの男に対し、『人生を愉しんで欲しい』とまで思い始めてしまった訳だ。薫はそこに思い至って溜息をつく。
煙草とウィスキー代を稼ぐ以外の全てがどうでも良く、ロクな感情すら何処かに投げ捨ててきてしまったような時宮恭介は、それでも石動薫を助けるべく動いてくれたのだ。まだ親しくなった他人を思いやる心は残っている証拠である。
だからといって恭介が人生の愉しみに開眼し、周囲の人々と手と手を取り合ってニコニコしつつオクラホマミキサーを踊り始める画を想像して薫は軽い目眩を感じ、続けて空から驟雨の如く核ミサイルが降ってくるのまで見た気がして妄想をやめる。
「に、似合わねぇ……」
「ああ? 何がだ?」
「恭介が大笑い。世界の終わりだよ」
「本気でお前は死にたいのか?」
吐き捨てながら恭介は足を止め、カードキィで傍のドアロックを解いた。開けると薫を入れてやるでもなく、さっさと入ってしまう。薫も閉まりかけたドアを開けて部屋に入ったが、もしドアが閉まっていたらオートロックで締め出されていたのだと気付いて『時宮恭介を笑わせる計画』を白紙にした。
「うーわー、すんごい豪華……と思ったら案外普通じゃん」
「ベッドは天蓋付きで執事が控えているとでも思ったか?」
「そうは思わないけどさ、もっとゴテゴテしてるかと思ってた」
「レヴェルダウンしていて良かったな。落ち着くだろう」
「まあね。誰かの嫌味さえなけりゃ、もっと落ち着くんだけど」
言いつつ部屋がダブルやセミダブルではなくツインだったことに薫は少々落胆を覚えている。そうそう血を吸われて貧血も情けないが、恭介が我慢しているくらいなら吸わせてやっても構わないし、思い返せば初心は『受けた仁義を返す』つもりだったのだ。それが血で済むなら幾らだって……と、薫は吸血時の強烈な快感を身に蘇らせてゾクリと肩を震わせる。
一方の恭介は自分の部屋にでも帰ってきたかのように何にも構うことなく、ジャケットの内ポケットからスペアマガジンを抜くと脱いだジャケットは窓際のベッドに放り投げ、ベルトの背に挟んだグロック17を引き抜いてスペアマガジンと一緒に作り付けのデスク上に置いた。更にベルトの腹からもう一丁の銃を抜き並べて置く。
「ちょ、恭介、何その銃!?」
「お前の背中に突き付けられていたヤツだが?」
「あのチンピラの……いつの間に拾ってきたのさ?」
「いちいち宣言したらバレるだろう、黙って拝借だ」
「へー、『元組対の刑事が拳銃所持で逮捕!』なあんてね」
「発射罪まで加わるお前も道連れだがな」
つまらなそうに言い、恭介はさっさと服を脱ぐとバスルームらしき洗面所の奥へと消えた。その隙に薫は恭介がチョロまかしてきた拳銃を興味津々で眺める。
グロックとはかなり形が違い、そっと持ち上げてみると随分と重たかった。それもその筈で、ネットで調べたグロックはポリマー樹脂なるプラスチック多用で軽いのが売りの銃だが、恭介が拾った方は殆どが鋼のようである。きっと一キロ近くはあるだろう。
おっかなびっくりグロックと同じような処にあったマガジンリリースボタンを押して、落ちてきたマガジンを左手で受けた。銃本体は置いてマガジンから一発一発弾薬を抜き出し数えてみる。満タンに入っていたのは十五発で弾薬そのものはグロックのものとそっくり同じの、やや先端が尖り気味の弾薬だ。つまり九ミリパラベラム弾だと思われる。
マガジンに元通り九ミリパラを詰め込み直すとそれは置いて、今度は銃そのものを手にした。自分のグロック17より重たく、鋼色とごつごつした形状が武骨で、いかにも拳銃らしかった。平たく云えば男の子らしく「格好いい」と思ったのだ。
誰も見ていないのをいいことに薫は名も知らぬ銃を構えてみる。色々とポーズを取り、銃の動く箇所をカチカチと指で押し、自然な流れでトリガを引いた。
途端に屋内射撃の「ガオンッ!!」と響く撃発音と同時に天井からパラパラと建材が降ってきた。
「アー」と口を開けて薫は火災原因にならないか天井を眺め続けた。
暫くして、それこそしっかり風呂を堪能したであろう時間が経ってからバスローブを着た恭介がおもむろに出てきて薫を見、手にした銃を見、薫の視線を辿って天井を見てから溜息をつき頭を振った。
「ネットでお勉強したんじゃなかったのか?」
「したよ。でもマガジン抜いたのに」
「マガジン及び薬室に一発残っているのを抜いて、初めてアンロードしたと言えるんだ。お前が撃ったグロックの二発と合わせてこれで貴重な三発が失われた。防音性の高いホテルで良かったな、え、暴力団員さんよ?」
恭介がどれだけ暴力団員を忌み嫌っているかも知っているし、サバイバルゲームをする子供でもおそらくやらかさないミスを自分は冒したのだと、薫は自分の無知だけでなく現在の立場に至った過程まで呪った。
「……ごめ、ん、なさい」
「イタリアのピエトロ・ベレッタ社製でベレッタ92F。米軍だとM9なる名称で呼ばれる。フルロードならチャンバ一発マガジン十五発の計十六発を発射可能なセミオートマチック・ピストルだ。グロックと違いマニュアルセイフティがある。こいつをかけておいたから安全だと思った俺が甘かった。ダブルアクションだしな」
「ダブルアクション?」
「一度トリガを引くだけで撃鉄が起きて倒れ撃針が弾薬の雷管を叩く、つまり一動作で銃が二挙動して弾丸を発射するシステムだ。一動作で一挙動しかしないと初弾を撃つのに自分でハンマーを起こしてからトリガを引かねばならん。これがシングルアクションだ。セミオートは初弾さえ撃てば装薬燃焼時のガス圧でスライドが前後し、次弾以降は自動装填されスライドの動きと同時にハンマーも起きるから連射の二発目からはシングルアクションでもトリガを引くだけで済む。だがリボルバだとそうはいかない……おい、薫、目がイッてるが大丈夫か?」
「う、うん……たぶんね」
応えながらも薫は今になって樫原組にカチコミしたタツとアサを尊敬する。あいつらはそんなこともたぶん知らないまま勢いだけで突進していったのだ。
銃なんか弾さえ出ればいいと思っていたし、実際に今里を掠めるところまでは出来た。暴力団員のカチコミならそれでいい。だけど巻き込みたくない人間と行動を共にしていながら薫自身が誰よりも馬鹿げた迷惑行動を取ってしまっている。
ズブズブと鬱に沈んだ薫はデスク付属のチェアに腰掛けてグロックとベレッタの基本的取り扱いと絶対的注意点を説明する恭介の傍で直立不動で話を聞き、言われるがままに実銃で二丁の違いも体得し、そして二人してベレッタからすっ飛んで行った空薬莢の捜索に従事した。幸いそれはベッドの下で発見された。
それだけ経っても何処からも騒音等の苦情は来なかったので、薫も鬱に沈んだままバスルームを使うことにする。
のそのそと服を脱いで入ったバスルームはさすがに超高級ホテルだけあってユニットではなく、薫の知識で評すればラブホテルの風呂並みに広く、それよりも上品だった。備え付けのアメニティも大変に香りが良い。
だが良い香りも使い心地も薫の沈んだ気分を浮上させられなかった。
しかし恭介が溜めたのかバスタブのぬるめの湯に浸かっている時にふと思いつく。思いついたことを忘れぬよう思考に留め置きバスルームを出た。ふかふかのバスタオルで適当に拭って白いバスローブを着る。
部屋に出て行くとお揃いの恰好をした恭介に開口一番訊いてみた。
「あのさ、防音だし風呂場じゃ僕が撃った音って聞こえなかったのかな?」
「それくらい聞こえたさ」
「じゃあ何ですぐにあんたは出て来なかったんだよ? もしかしたら僕が樫原組の奴らにカチ込まれてたかも知れないだろ? 殺されるか拉致られるかの瀬戸際だよ?」
「だから出て行かなかったんだ。この歳でブラブラさせたまま死ねるか」
「え、もしかしてそれだけの理由で僕を見捨てたの!?」
「当たり前だ。それ以上の理由が必要か?」
「こ、このクソオヤジ! 鬼、悪魔、肺ガンと肝硬変になって激痛で悶え死ね!」
二人が出会って以来、これ以上なく危機的非常事態と云えた。何せ二人の傍のデスクには二丁の実銃が弾薬を込められたまま発射オッケー状態で置いてあるのだから。
思い切り笑わせてやりたいという想いは、つまり自分より六年も先に生まれたこの男に対し、『人生を愉しんで欲しい』とまで思い始めてしまった訳だ。薫はそこに思い至って溜息をつく。
煙草とウィスキー代を稼ぐ以外の全てがどうでも良く、ロクな感情すら何処かに投げ捨ててきてしまったような時宮恭介は、それでも石動薫を助けるべく動いてくれたのだ。まだ親しくなった他人を思いやる心は残っている証拠である。
だからといって恭介が人生の愉しみに開眼し、周囲の人々と手と手を取り合ってニコニコしつつオクラホマミキサーを踊り始める画を想像して薫は軽い目眩を感じ、続けて空から驟雨の如く核ミサイルが降ってくるのまで見た気がして妄想をやめる。
「に、似合わねぇ……」
「ああ? 何がだ?」
「恭介が大笑い。世界の終わりだよ」
「本気でお前は死にたいのか?」
吐き捨てながら恭介は足を止め、カードキィで傍のドアロックを解いた。開けると薫を入れてやるでもなく、さっさと入ってしまう。薫も閉まりかけたドアを開けて部屋に入ったが、もしドアが閉まっていたらオートロックで締め出されていたのだと気付いて『時宮恭介を笑わせる計画』を白紙にした。
「うーわー、すんごい豪華……と思ったら案外普通じゃん」
「ベッドは天蓋付きで執事が控えているとでも思ったか?」
「そうは思わないけどさ、もっとゴテゴテしてるかと思ってた」
「レヴェルダウンしていて良かったな。落ち着くだろう」
「まあね。誰かの嫌味さえなけりゃ、もっと落ち着くんだけど」
言いつつ部屋がダブルやセミダブルではなくツインだったことに薫は少々落胆を覚えている。そうそう血を吸われて貧血も情けないが、恭介が我慢しているくらいなら吸わせてやっても構わないし、思い返せば初心は『受けた仁義を返す』つもりだったのだ。それが血で済むなら幾らだって……と、薫は吸血時の強烈な快感を身に蘇らせてゾクリと肩を震わせる。
一方の恭介は自分の部屋にでも帰ってきたかのように何にも構うことなく、ジャケットの内ポケットからスペアマガジンを抜くと脱いだジャケットは窓際のベッドに放り投げ、ベルトの背に挟んだグロック17を引き抜いてスペアマガジンと一緒に作り付けのデスク上に置いた。更にベルトの腹からもう一丁の銃を抜き並べて置く。
「ちょ、恭介、何その銃!?」
「お前の背中に突き付けられていたヤツだが?」
「あのチンピラの……いつの間に拾ってきたのさ?」
「いちいち宣言したらバレるだろう、黙って拝借だ」
「へー、『元組対の刑事が拳銃所持で逮捕!』なあんてね」
「発射罪まで加わるお前も道連れだがな」
つまらなそうに言い、恭介はさっさと服を脱ぐとバスルームらしき洗面所の奥へと消えた。その隙に薫は恭介がチョロまかしてきた拳銃を興味津々で眺める。
グロックとはかなり形が違い、そっと持ち上げてみると随分と重たかった。それもその筈で、ネットで調べたグロックはポリマー樹脂なるプラスチック多用で軽いのが売りの銃だが、恭介が拾った方は殆どが鋼のようである。きっと一キロ近くはあるだろう。
おっかなびっくりグロックと同じような処にあったマガジンリリースボタンを押して、落ちてきたマガジンを左手で受けた。銃本体は置いてマガジンから一発一発弾薬を抜き出し数えてみる。満タンに入っていたのは十五発で弾薬そのものはグロックのものとそっくり同じの、やや先端が尖り気味の弾薬だ。つまり九ミリパラベラム弾だと思われる。
マガジンに元通り九ミリパラを詰め込み直すとそれは置いて、今度は銃そのものを手にした。自分のグロック17より重たく、鋼色とごつごつした形状が武骨で、いかにも拳銃らしかった。平たく云えば男の子らしく「格好いい」と思ったのだ。
誰も見ていないのをいいことに薫は名も知らぬ銃を構えてみる。色々とポーズを取り、銃の動く箇所をカチカチと指で押し、自然な流れでトリガを引いた。
途端に屋内射撃の「ガオンッ!!」と響く撃発音と同時に天井からパラパラと建材が降ってきた。
「アー」と口を開けて薫は火災原因にならないか天井を眺め続けた。
暫くして、それこそしっかり風呂を堪能したであろう時間が経ってからバスローブを着た恭介がおもむろに出てきて薫を見、手にした銃を見、薫の視線を辿って天井を見てから溜息をつき頭を振った。
「ネットでお勉強したんじゃなかったのか?」
「したよ。でもマガジン抜いたのに」
「マガジン及び薬室に一発残っているのを抜いて、初めてアンロードしたと言えるんだ。お前が撃ったグロックの二発と合わせてこれで貴重な三発が失われた。防音性の高いホテルで良かったな、え、暴力団員さんよ?」
恭介がどれだけ暴力団員を忌み嫌っているかも知っているし、サバイバルゲームをする子供でもおそらくやらかさないミスを自分は冒したのだと、薫は自分の無知だけでなく現在の立場に至った過程まで呪った。
「……ごめ、ん、なさい」
「イタリアのピエトロ・ベレッタ社製でベレッタ92F。米軍だとM9なる名称で呼ばれる。フルロードならチャンバ一発マガジン十五発の計十六発を発射可能なセミオートマチック・ピストルだ。グロックと違いマニュアルセイフティがある。こいつをかけておいたから安全だと思った俺が甘かった。ダブルアクションだしな」
「ダブルアクション?」
「一度トリガを引くだけで撃鉄が起きて倒れ撃針が弾薬の雷管を叩く、つまり一動作で銃が二挙動して弾丸を発射するシステムだ。一動作で一挙動しかしないと初弾を撃つのに自分でハンマーを起こしてからトリガを引かねばならん。これがシングルアクションだ。セミオートは初弾さえ撃てば装薬燃焼時のガス圧でスライドが前後し、次弾以降は自動装填されスライドの動きと同時にハンマーも起きるから連射の二発目からはシングルアクションでもトリガを引くだけで済む。だがリボルバだとそうはいかない……おい、薫、目がイッてるが大丈夫か?」
「う、うん……たぶんね」
応えながらも薫は今になって樫原組にカチコミしたタツとアサを尊敬する。あいつらはそんなこともたぶん知らないまま勢いだけで突進していったのだ。
銃なんか弾さえ出ればいいと思っていたし、実際に今里を掠めるところまでは出来た。暴力団員のカチコミならそれでいい。だけど巻き込みたくない人間と行動を共にしていながら薫自身が誰よりも馬鹿げた迷惑行動を取ってしまっている。
ズブズブと鬱に沈んだ薫はデスク付属のチェアに腰掛けてグロックとベレッタの基本的取り扱いと絶対的注意点を説明する恭介の傍で直立不動で話を聞き、言われるがままに実銃で二丁の違いも体得し、そして二人してベレッタからすっ飛んで行った空薬莢の捜索に従事した。幸いそれはベッドの下で発見された。
それだけ経っても何処からも騒音等の苦情は来なかったので、薫も鬱に沈んだままバスルームを使うことにする。
のそのそと服を脱いで入ったバスルームはさすがに超高級ホテルだけあってユニットではなく、薫の知識で評すればラブホテルの風呂並みに広く、それよりも上品だった。備え付けのアメニティも大変に香りが良い。
だが良い香りも使い心地も薫の沈んだ気分を浮上させられなかった。
しかし恭介が溜めたのかバスタブのぬるめの湯に浸かっている時にふと思いつく。思いついたことを忘れぬよう思考に留め置きバスルームを出た。ふかふかのバスタオルで適当に拭って白いバスローブを着る。
部屋に出て行くとお揃いの恰好をした恭介に開口一番訊いてみた。
「あのさ、防音だし風呂場じゃ僕が撃った音って聞こえなかったのかな?」
「それくらい聞こえたさ」
「じゃあ何ですぐにあんたは出て来なかったんだよ? もしかしたら僕が樫原組の奴らにカチ込まれてたかも知れないだろ? 殺されるか拉致られるかの瀬戸際だよ?」
「だから出て行かなかったんだ。この歳でブラブラさせたまま死ねるか」
「え、もしかしてそれだけの理由で僕を見捨てたの!?」
「当たり前だ。それ以上の理由が必要か?」
「こ、このクソオヤジ! 鬼、悪魔、肺ガンと肝硬変になって激痛で悶え死ね!」
二人が出会って以来、これ以上なく危機的非常事態と云えた。何せ二人の傍のデスクには二丁の実銃が弾薬を込められたまま発射オッケー状態で置いてあるのだから。
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