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第42話
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マンションの部屋に戻ると二人は交代でシャワーを浴びて頭から被った埃を落とし、さすがに無傷とはいかなかったので互いの傷を救急箱の乏しい物資で治療した。それでも弾傷はひとつもなく、主に自分たちの爆破による飛来物での擦過傷である。
あちこち消毒して抗生物質入りの軟膏を塗ってしまうと治療も終わり、救急箱の後片付けもそこそこに二人は言葉も交わさず寝室のベッドで抱き合った。
不完全燃焼だった何かを思い切りぶつけ合ってしまうと賢者タイム、もとい互いに平静な思考力も戻ってくる。約一名は貧血気味だったが、その程度で丁度良かったに違いない。幾ら血を吸って満足した恭介でも「オヤジ扱い」に「頭髪量への言及」ではムードも何もあったものではなかっただろう。
「ねえ、恭介」
「何だ?」
「本気でさ、僕を探偵助手にする気、ない?」
「俺はヤクザとはつるまない。助手になりたければ足を洗ってから戻ってくるんだな」
「足を洗う、か。てゆうか、僕らって捕まらないの?」
「県警捜一と組対に話は通しておいた」
「何それ――」
薫が転がり込んで以来、たびたび古巣の組対と連絡を取っていた恭介は自分と薫の最低限の身の安全を確保するために、最悪の場合は留置場にでも入るつもりでいた。
だが色々と打診していた中でも恭介が組対の刑事を辞めるに至った経緯を知る当時の上司、つまり元・組対暴力団排除対策室長で現在の組対薬物銃器対策課長が条件を提示してきたのだ。
『樫原組を潰し今里組長の身柄を無傷で取る。それが可能なら協力してもいい』と。
ずっと相棒の仇を討つことだけを考え、あとはただ息をしていただけに過ぎない恭介だ。勿論迷わずにはいられなかった。
だが傍で飯だのケーキだのを作って食わせ、目を輝かせて恭介の服を選ぶ薫が時折見せる、あの相棒と似すぎた仕草と表情――。
それは『死へ向かうだけ』の恭介に強烈な『生』を見せつけ刻み付けた。死んだ相棒がもし生きていたら。初めはそう考えていたが、薫の甘く香しい血が、違った。
『生きる喜び』や『生への執着』に『生きている輝き』そのものが啜り呑み込んだ血を介して恭介に訴えかけてきたのだ。
それでも最後まで迷っていなかったといえば嘘になる。だからこそまともに使えばマンション一棟くらい崩壊させられるような得物を持ってカチ込んだのだし、人を殺せる道具を薫にも持たせた。
しかし薫が樫原組のチンピラたちを味方につけた時に、何だか馬鹿馬鹿しくなってしまったのである。マイバッハのトランクに刺さったツリーもマヌケだった。
どうせ今里と相対する頃には丁度、県警の連中も到着しているだろうと踏んでいたし、今里の身柄さえ無事なら多少のことは目を瞑ると県警側の言質も取っていた。
あの有様が『多少』かどうかは意見の分かれるところだろうが、結果として薫の機転で予定より早く今里と対峙し、奴の地獄への第一歩も拝めた上に、樫原組はヤクザとしての体面をもはや保てはしないであろう。
「ってことは、あんだけ撃ったり爆破したりもチャラってこと?」
「まあな。おそらく樫原組の内部抗争とでもこじつけるんじゃないのか?」
「訊かれても知らないよ。……でも、なあんだ。パクられる前のサーヴィスと思ったから血も吸わせてやったのに損した気分だよ」
「分かった。なら損失分の補填として俺が飯を作ってやる。栄養満点の……レバーとウナギとすっぽんでも買ってこればいいのか?」
「……すみませんが店屋物でお願いします。あ、下のカルミアでもいいかも」
「よし。着替えて担いで行ってやる」
◇◇◇◇
それから二日は薫も恭介のマンションにいた。ニュースや恭介の古巣からの情報で樫原組の解散届が上部団体の滝本組経由で警察に提出され、その場に残っていた今里含め幹部たちからチンピラまで三十二名が逮捕され、二十二名に指名手配が掛かっている。
特筆すべきはメディアの報道内容で、
『指定暴力団が戦争! 第二次大戦時の武器でガチンコ命取り合戦!』
『お洒落ヤクザが今時『肉弾三勇士』? 赤星・黒星ならぬ爆雷&旧帝国陸軍軽機関銃での内部抗争! その後マンション一棟崩壊!』
という煽りで何処にも時宮恭介と石動薫の名は見当たらなかった。放り出してきた九九式軽機やベレッタには指紋も付いていたし、恭介は勿論、薫も過去三回賭け麻雀で検挙されているので当局に指紋のサンプルも残っている。それでも音沙汰ナシだ。
二日目の夜など宅配で厳重に梱包されたレミントン870まで戻ってきた。
「そっかあ、これでホントに『捕まえる気はない』って訳だね」
「そういう条件だったからな。室長、いや、薬銃課長は俺が復讐心に凝り固まっていたのを知っていた。一計を案じてシナリオを書いたのは薬銃課長だろう」
「いい人なんだね」
「あれがいい人、なあ――」
束の間、遠い目をした恭介に薫は唐突に切り出す。
「じゃあ、僕は梅谷に戻るから」
「今からか?」
「今ならまだバスも動いてるもん。電車の駅まで出れば何とでもなるから」
「足を洗って戻ってくるのか?」
「そうしなきゃ探偵助手にはしてくれないんでしょ?」
言うなり薫は背伸びしつつ恭介の左腕を引いて屈ませソフトキス。じっと二秒で恭介の吸血欲求を肌で感じてから離れてにっこり笑い、ショルダーバッグを担いだ。
グロックとスペアマガジンの入ったこれは忘れる訳にはいかない。梅谷組に返さなければ足も洗えない。
軽快な足取りで玄関に向かう。靴を履いて斜め掛けのショルダーバッグを掛け直し、ヒラヒラと白い手を振るとドアから出て行ってしまった。
バス停まででも見送ってやろうとすら思い浮かばなかった恭介は、夕食を食った後片付けすらされていないテーブル上の食器類に、コンロに載ったままの鍋やフライパンを眺めて嘆息する。自力で洗うか全て捨てるかで真剣に悩んだ。
あちこち消毒して抗生物質入りの軟膏を塗ってしまうと治療も終わり、救急箱の後片付けもそこそこに二人は言葉も交わさず寝室のベッドで抱き合った。
不完全燃焼だった何かを思い切りぶつけ合ってしまうと賢者タイム、もとい互いに平静な思考力も戻ってくる。約一名は貧血気味だったが、その程度で丁度良かったに違いない。幾ら血を吸って満足した恭介でも「オヤジ扱い」に「頭髪量への言及」ではムードも何もあったものではなかっただろう。
「ねえ、恭介」
「何だ?」
「本気でさ、僕を探偵助手にする気、ない?」
「俺はヤクザとはつるまない。助手になりたければ足を洗ってから戻ってくるんだな」
「足を洗う、か。てゆうか、僕らって捕まらないの?」
「県警捜一と組対に話は通しておいた」
「何それ――」
薫が転がり込んで以来、たびたび古巣の組対と連絡を取っていた恭介は自分と薫の最低限の身の安全を確保するために、最悪の場合は留置場にでも入るつもりでいた。
だが色々と打診していた中でも恭介が組対の刑事を辞めるに至った経緯を知る当時の上司、つまり元・組対暴力団排除対策室長で現在の組対薬物銃器対策課長が条件を提示してきたのだ。
『樫原組を潰し今里組長の身柄を無傷で取る。それが可能なら協力してもいい』と。
ずっと相棒の仇を討つことだけを考え、あとはただ息をしていただけに過ぎない恭介だ。勿論迷わずにはいられなかった。
だが傍で飯だのケーキだのを作って食わせ、目を輝かせて恭介の服を選ぶ薫が時折見せる、あの相棒と似すぎた仕草と表情――。
それは『死へ向かうだけ』の恭介に強烈な『生』を見せつけ刻み付けた。死んだ相棒がもし生きていたら。初めはそう考えていたが、薫の甘く香しい血が、違った。
『生きる喜び』や『生への執着』に『生きている輝き』そのものが啜り呑み込んだ血を介して恭介に訴えかけてきたのだ。
それでも最後まで迷っていなかったといえば嘘になる。だからこそまともに使えばマンション一棟くらい崩壊させられるような得物を持ってカチ込んだのだし、人を殺せる道具を薫にも持たせた。
しかし薫が樫原組のチンピラたちを味方につけた時に、何だか馬鹿馬鹿しくなってしまったのである。マイバッハのトランクに刺さったツリーもマヌケだった。
どうせ今里と相対する頃には丁度、県警の連中も到着しているだろうと踏んでいたし、今里の身柄さえ無事なら多少のことは目を瞑ると県警側の言質も取っていた。
あの有様が『多少』かどうかは意見の分かれるところだろうが、結果として薫の機転で予定より早く今里と対峙し、奴の地獄への第一歩も拝めた上に、樫原組はヤクザとしての体面をもはや保てはしないであろう。
「ってことは、あんだけ撃ったり爆破したりもチャラってこと?」
「まあな。おそらく樫原組の内部抗争とでもこじつけるんじゃないのか?」
「訊かれても知らないよ。……でも、なあんだ。パクられる前のサーヴィスと思ったから血も吸わせてやったのに損した気分だよ」
「分かった。なら損失分の補填として俺が飯を作ってやる。栄養満点の……レバーとウナギとすっぽんでも買ってこればいいのか?」
「……すみませんが店屋物でお願いします。あ、下のカルミアでもいいかも」
「よし。着替えて担いで行ってやる」
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それから二日は薫も恭介のマンションにいた。ニュースや恭介の古巣からの情報で樫原組の解散届が上部団体の滝本組経由で警察に提出され、その場に残っていた今里含め幹部たちからチンピラまで三十二名が逮捕され、二十二名に指名手配が掛かっている。
特筆すべきはメディアの報道内容で、
『指定暴力団が戦争! 第二次大戦時の武器でガチンコ命取り合戦!』
『お洒落ヤクザが今時『肉弾三勇士』? 赤星・黒星ならぬ爆雷&旧帝国陸軍軽機関銃での内部抗争! その後マンション一棟崩壊!』
という煽りで何処にも時宮恭介と石動薫の名は見当たらなかった。放り出してきた九九式軽機やベレッタには指紋も付いていたし、恭介は勿論、薫も過去三回賭け麻雀で検挙されているので当局に指紋のサンプルも残っている。それでも音沙汰ナシだ。
二日目の夜など宅配で厳重に梱包されたレミントン870まで戻ってきた。
「そっかあ、これでホントに『捕まえる気はない』って訳だね」
「そういう条件だったからな。室長、いや、薬銃課長は俺が復讐心に凝り固まっていたのを知っていた。一計を案じてシナリオを書いたのは薬銃課長だろう」
「いい人なんだね」
「あれがいい人、なあ――」
束の間、遠い目をした恭介に薫は唐突に切り出す。
「じゃあ、僕は梅谷に戻るから」
「今からか?」
「今ならまだバスも動いてるもん。電車の駅まで出れば何とでもなるから」
「足を洗って戻ってくるのか?」
「そうしなきゃ探偵助手にはしてくれないんでしょ?」
言うなり薫は背伸びしつつ恭介の左腕を引いて屈ませソフトキス。じっと二秒で恭介の吸血欲求を肌で感じてから離れてにっこり笑い、ショルダーバッグを担いだ。
グロックとスペアマガジンの入ったこれは忘れる訳にはいかない。梅谷組に返さなければ足も洗えない。
軽快な足取りで玄関に向かう。靴を履いて斜め掛けのショルダーバッグを掛け直し、ヒラヒラと白い手を振るとドアから出て行ってしまった。
バス停まででも見送ってやろうとすら思い浮かばなかった恭介は、夕食を食った後片付けすらされていないテーブル上の食器類に、コンロに載ったままの鍋やフライパンを眺めて嘆息する。自力で洗うか全て捨てるかで真剣に悩んだ。
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