ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

文字の大きさ
19 / 24

第19話

しおりを挟む
 マシンなら当然の、条件入力に対しての反応という事実を全く思いつかせずに、自分に〝意思〟だと直感させたのは、その目。
 留める事など叶わない、与えられた結末を従容と受け入れ、切なくも強い決意を宿したその瞳を持つものが人でないとは、あまりに哀しい――。

 少しもどかしげな色をその目から読んだ志賀は、人工声帯かスピーカだかが錆付いてしまったのかと、長身をかがめてアンドロイドの口元に耳を寄せる。
 すると母たる者として生み出され、自らの役目を終えてとしてこの星に運ばれてきた彼女は、最期に志賀の額をかすめるように触れ、そして離れていった。

 志賀はその姿勢のまま二重ドア、外部エアロックが閉じてロック内に生じた空気の白濁が消え、気圧が元に戻るまでそこにいた。その唇は何故か温かく、幼い頃に失くしてしまった母のキスを想い出させたから。

 目を瞑っても浮かんではこない母の顔。澄んだ瞳の緑色だけが思い出せる。

 先程彼女の瞳に映った自分の右眼、人工水晶体のライトグリーンの煌き。それは志賀の感情なりサイキなりが高まったときのみに現れる現象だ。自分では長らく気付かず他人に指摘されて知った、当たり前だが。

 幼い頃、友人を助けようとした際に母をPKで死なせた。

 友達との楽しい探検中だった。周囲にひと気のない、プログラミングされた建設重機と材料だけがある建設中のビル。そこが自分たちの秘密基地だった。当然、親たちからは行くのを禁止されていた場所である。
 大人の目を掠め、やっと来るのに成功した秘密基地。

 けれどその日の志賀はどうしても遊びに熱中できなかった。胸が苦しくなる程ドキドキし、気付くと握り締めた掌にじっとり汗をかいては服に擦り付けて拭く繰り返しだった。叫びだしたくなるような危険、危機。焦りは刻々と強くなり……今なら分かる。悪戯に不安を募らせるばかりの〝予知能力〟。

 遊びにも上の空だった志賀は突然の悲鳴で友の窮地を知る。

 子供の体重とはいえ、手放せば数十メートルもの下の地面に叩きつけられるであろう友人が必死に掴みぶらさがっていたワイアは、あまりにお粗末だった。そして勿論、志賀はサイキで助けようとした。当時まだ使いこなせなかったPKでそのワイアを庇いつつ、友をひたすら持ち上げようとしたのだ。

 今なら簡単にテレポートさせられる。けれどあの頃は今以上に自らのサイキの使用や調節が不安定だった。強すぎるPKで友人を傷つけることも怖くて、これ以上ない程に緊張していた。自らも冷や汗を滴らせつつ必死になりながら、あの、手に汗握る嫌な感じはこのことだったのかと頭の片隅で思った。

『死なせない。絶対助ける、助けられる……』

 そうして、あともう少しというところに伸ばされた白い手。手伝おうとしたのであろう。しかし引けば千切れるワイアを掴もうとした白いモノを邪魔だと思った。
 いや、思う間もなく意識もせず咄嗟に排除してしまったのだ。幼さ故の自他共に認める事故である。助けた友人も志賀に感謝してくれた。その直後に目にした惨状に絶叫しようとも。

 事故……それでも自分が殺した事実は変えようが無い。
 死に顔すら見られなかったのだ。自分が吹き飛ばしてしまったのだから。

 それを認めたくなくて自ら傷付けた右目だった。医学の力か自己防衛反応か、自傷したこと自体は覚えてもいない。いないが、その右眼に母の瞳と同じ色が宿る。

 本来無色透明の人工水晶体であり、色が変化し輝く理由は不明だ。不都合はないから感想はない。敢えて思うとすれば……綺麗だからいいやってとこか。

 振り返ると卓上にあった僅かな物がそこいら中に散乱している。結構な物音もしただろうに、アズラエルは静かに眠り続けていた。
 何にも知らずに眠りこける年上のバディに近づくと、仰臥したアズラエルの脇腹を志賀は蹴っ飛ばす。自他共に認める人非人である。

「オーイ、ダンナぁ。ちょっち呑気すぎるんでナイの?」

 もちろん加減はしたが二撃、三撃と続けても起きようとしない。キノコ酔いが完全に醒めた志賀は、相手が疲れていようが何だろうが容赦はしない。オトコを抱えるなど絶対的にポリシーに反したからだ。

「ったく、どーかしてるぜ。オイラと違って攻撃サイキも持たねーってのに、ナイフ一丁に置かないで。よく生きて来られたモンだな、アンタ」

 そう愚痴りながらも、カケラほどの罪悪感をかき集めて心配してみた。同じテラ系とはいえ自分とは混ざり具合が違う相棒、なまの胞子も頭から大量に浴びていた。もしや効き目が強すぎての昏睡かとしゃがみ込んで様子を伺う。
 すると志賀の視線を感じたかのように紅い目が唐突に見開かれた。

「オッサン。寝棚に行けよ、自力で。今PKでやったら多分潰すぜ」

 聞いているのかいないのか、茫洋と焦点定まらぬ目付きでいた異星人の風貌が色濃い男は、目前に垂れ下がった長い黒髪にいきなり手を伸ばした。
 思いも寄らないバディの、自分の髪を引っ張るという行動に志賀は体勢を崩し、辛うじて地面ではなくアズラエルの胸に顔面をブチ当ててしまう。

「ってーなこの野郎、何すんだよ」

 鼻が折れるかと思うくらいぶつけてしまい、ツンと鼻腔の奥が熱くなる。錆び臭い。相手も普通なら咳き込むような衝撃の筈だった。だが文句を続ける隙間もないほど強く志賀の頭はアズラエルの両腕に抱え込まれ、そのまま胸に押し付けられた。

 寝惚けているにしては異常に強い力にフガフガと抵抗しながら志賀は、

(ホントに寝惚けてんのか、それとも新手の接近戦の訓練か?)

 などと酸欠に喘ぎながらも割と冷静に考えていた。
 それならばと床に突いた手と膝とで、相手の強靭な腕のブロックを持ち上げようとする。けれど僅かに頬への圧迫が緩んだとき、アズラエルの呼吸が不規則になっているのに気付いてしまった。

 慟哭、だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

処理中です...