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第15話
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「はい、お待たせ」
親父が作った料理のトレイを息子がカウンター越しに差し出す。
受け取ってみると深皿には豆のシチューが湯気を立て、プレートには合成肉っぽいハムソテーと固そうなロールパン、これだけはみずみずしいくし形に切ったオレンジが一片載っていた。
「頂きまーす」
「頂きます。懐かしの豆のシチューだな」
「このハムは干し肉をふやかしたんでしょうか?」
「そんな感じだな。パンが結構重くてボリュームあるぞ」
「小麦だけじゃない、豆か何かが入ってるみたいですよ」
「再び始まった豆生活の緒戦としては上々だな」
「前も思いましたけど、この薄味って喉が渇かない工夫なのかも知れませんね」
「なるほど。そういえば水筒をまた買わないとな」
「明日はまずバザールですね。それから大統領府かな」
「学校だと言っていたな。軍管轄の病院の隣だったか」
喋りながらゆっくり食べ終えると息子の方に部屋へと案内される。一階奥の階段を上って連れてこられたのは三階の角部屋で、妙に新しくて浮いて見えるロック機構がドアに取り付けられていた。妙に文明的なカードキィを渡されて部屋に入ってみる。
「朝食は朝七時半から九時までだから」
そう言い置いて息子の方は階下へと去った。
室内はベッドとテーブルと椅子二脚がひしめき合っていてフリースペースは殆どない。元は普通のフラットだったのを宿泊客用に改造したらしかった。
それでも洗面所とバスとトイレ、洗濯乾燥機まで完備されている。探検するまでもない部屋を見て回った京哉はシャワーと洗濯乾燥機に限って有料なのを発見した。
「シャワーが七分で一ドル、洗濯乾燥機は一回五ドルですって」
「やはりまだ水は貴重品らしいな」
「外に出れば、大通りには無料の井戸がありますけどね」
「この寒いのに井戸水なんか浴びたら……ハックシュン!」
「ちょっと忍さん、まだ風邪が治ってなかったんですか?」
「治った。これは条件反射だ」
疑わしそうな目つきで京哉は霧島を見上げ、いきなり抱きつき抱き締める。そんな京哉に霧島は灰色の目を眇め、こちらもいきなり屈んでソフトキスを奪った。
「ユーリンの前じゃ、できませんでしたからね」
「そうだな。シャワー、先に使っていいぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えてお先に頂きます、全身砂っぽくて気持ち悪いから」
「砂との戦いも始まったか」
思い切り良くスーツを脱ぎ装備を解いて眼鏡を外すと、バッグから下着を出して京哉はバスルームへ向かう。一ドル支払いコックを捻ったシャワーは意外に湯量もたっぷりで、気持ち良く全身の砂埃を流す。
冷え切った上に乾燥した肌へ温かい湯を吸い込ませるように浴びた。前回は二回分浴びたが今回は一回で満足する。
バスルームを出ると洗面所の片隅のバスケットに積んであった大判の布で躰を拭った。下着と備え付けの薄いガウンを身に着け、部屋に出て行くと霧島に声をかける。
「お先です。忍さんもどうぞ、気持ちいいですよ」
「ん、ああ。私も入ってくる」
こちらもスーツを脱いで装備を解いた霧島がバスルームに消えると、京哉はバスケットに霧島の下着を置いてやり、二人分のスーツをハンガーに掛けた。
椅子に腰を下ろし、何気なくテーブルの上を指で擦ると微かにパウダー状の白っぽい砂が付いてきた。仕方ない、砂漠の上に浮かぶ唯一の街だ。この暮らしも砂漠に点在する貧しい村よりは余程マシなのだ。
感じているよりも湿度はかなり低いらしく、洗面所のコップに水を汲んで飲む。
銃二丁をベッドのヘッドボードの棚に移動させると、ショルダーバッグからプリントアウトした資料を出し、ソファに腰掛けて目を通し始めた。
「何回それを読んだら気が済むんだ?」
髪を布で拭きながら霧島が出てきて笑う。
「火中の栗拾いにきてる企業が載っていないかと思っただけなんですけど」
「国際的に承認されていないんだ、載っていないだろう。明日誰かに訊けば分かる」
「そうですね。寝る努力でもしますか」
二人共に髪があらかた乾いたのを見計らい蛍光灯を常夜灯にしてベッドに横になった。
京哉に左腕の腕枕をした霧島は毛布を被り目を瞑ったが、飛行機で眠ったのと、トランジットで通過したあらゆる国の時差に脳が混乱しているのか、そう簡単には眠れない。
親父が作った料理のトレイを息子がカウンター越しに差し出す。
受け取ってみると深皿には豆のシチューが湯気を立て、プレートには合成肉っぽいハムソテーと固そうなロールパン、これだけはみずみずしいくし形に切ったオレンジが一片載っていた。
「頂きまーす」
「頂きます。懐かしの豆のシチューだな」
「このハムは干し肉をふやかしたんでしょうか?」
「そんな感じだな。パンが結構重くてボリュームあるぞ」
「小麦だけじゃない、豆か何かが入ってるみたいですよ」
「再び始まった豆生活の緒戦としては上々だな」
「前も思いましたけど、この薄味って喉が渇かない工夫なのかも知れませんね」
「なるほど。そういえば水筒をまた買わないとな」
「明日はまずバザールですね。それから大統領府かな」
「学校だと言っていたな。軍管轄の病院の隣だったか」
喋りながらゆっくり食べ終えると息子の方に部屋へと案内される。一階奥の階段を上って連れてこられたのは三階の角部屋で、妙に新しくて浮いて見えるロック機構がドアに取り付けられていた。妙に文明的なカードキィを渡されて部屋に入ってみる。
「朝食は朝七時半から九時までだから」
そう言い置いて息子の方は階下へと去った。
室内はベッドとテーブルと椅子二脚がひしめき合っていてフリースペースは殆どない。元は普通のフラットだったのを宿泊客用に改造したらしかった。
それでも洗面所とバスとトイレ、洗濯乾燥機まで完備されている。探検するまでもない部屋を見て回った京哉はシャワーと洗濯乾燥機に限って有料なのを発見した。
「シャワーが七分で一ドル、洗濯乾燥機は一回五ドルですって」
「やはりまだ水は貴重品らしいな」
「外に出れば、大通りには無料の井戸がありますけどね」
「この寒いのに井戸水なんか浴びたら……ハックシュン!」
「ちょっと忍さん、まだ風邪が治ってなかったんですか?」
「治った。これは条件反射だ」
疑わしそうな目つきで京哉は霧島を見上げ、いきなり抱きつき抱き締める。そんな京哉に霧島は灰色の目を眇め、こちらもいきなり屈んでソフトキスを奪った。
「ユーリンの前じゃ、できませんでしたからね」
「そうだな。シャワー、先に使っていいぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えてお先に頂きます、全身砂っぽくて気持ち悪いから」
「砂との戦いも始まったか」
思い切り良くスーツを脱ぎ装備を解いて眼鏡を外すと、バッグから下着を出して京哉はバスルームへ向かう。一ドル支払いコックを捻ったシャワーは意外に湯量もたっぷりで、気持ち良く全身の砂埃を流す。
冷え切った上に乾燥した肌へ温かい湯を吸い込ませるように浴びた。前回は二回分浴びたが今回は一回で満足する。
バスルームを出ると洗面所の片隅のバスケットに積んであった大判の布で躰を拭った。下着と備え付けの薄いガウンを身に着け、部屋に出て行くと霧島に声をかける。
「お先です。忍さんもどうぞ、気持ちいいですよ」
「ん、ああ。私も入ってくる」
こちらもスーツを脱いで装備を解いた霧島がバスルームに消えると、京哉はバスケットに霧島の下着を置いてやり、二人分のスーツをハンガーに掛けた。
椅子に腰を下ろし、何気なくテーブルの上を指で擦ると微かにパウダー状の白っぽい砂が付いてきた。仕方ない、砂漠の上に浮かぶ唯一の街だ。この暮らしも砂漠に点在する貧しい村よりは余程マシなのだ。
感じているよりも湿度はかなり低いらしく、洗面所のコップに水を汲んで飲む。
銃二丁をベッドのヘッドボードの棚に移動させると、ショルダーバッグからプリントアウトした資料を出し、ソファに腰掛けて目を通し始めた。
「何回それを読んだら気が済むんだ?」
髪を布で拭きながら霧島が出てきて笑う。
「火中の栗拾いにきてる企業が載っていないかと思っただけなんですけど」
「国際的に承認されていないんだ、載っていないだろう。明日誰かに訊けば分かる」
「そうですね。寝る努力でもしますか」
二人共に髪があらかた乾いたのを見計らい蛍光灯を常夜灯にしてベッドに横になった。
京哉に左腕の腕枕をした霧島は毛布を被り目を瞑ったが、飛行機で眠ったのと、トランジットで通過したあらゆる国の時差に脳が混乱しているのか、そう簡単には眠れない。
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