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第17話
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ほつれの目立つ煤けたようなカーテンを透かして朝日が部屋に射し込んでいた。微細な砂埃がキラキラと輝いている。
先に起きた霧島が自分の胸の上に置かれた京哉の左手首に嵌った腕時計に目をやると七時半だった。どうやら時差ぼけは上手く回避したようである。
そこで僅かな霧島の動きに気付いたのか、京哉が寝返りを打って目を開けた。
「もう朝……おはようございます、忍さん」
「ああ、おはよう。調子はどうだ、歩けそうか?」
「大丈夫みたいです。それよりニコチン不足で脳ミソが逃走を図りそうですよ」
ベッドを降りた京哉はテーブルに歩み寄る。そのスムーズな身のこなしに霧島は安堵しながら、そそくさと煙草を咥えてオイルライターで火を点ける依存症患者を生温かく見守った。紫煙を吐きつつカーテンを引いた京哉が顔をしかめてカーテンを元に戻す。
「もう暑そうですよ。窓も開けない方がマシみたい」
「水筒と塩でも買うか」
「岩塩がいいですね」
前回にきた時も砂漠を歩くという難行を舐めていたせいで脱水症状を起こしそうになって、クリフに貰った岩塩に助けられたのだった。そのときに二人は塩が甘いと知った。
「ところで忍さん、貴方の寝ぐせがパイナップルみたいなんですけど」
「南国らしくキメてみた……濡らせば直るからいい」
京哉が煙草二本を灰にすると行動開始である。交代で顔を洗い、着替えると銃入りショルダーホルスタとスペアマガジン入りベルトパウチを装着した。
スーツのジャケットは着ずに強引にショルダーバッグに詰め込み、二人とも布を肩から袈裟懸けにして銃を隠す。京哉がショルダーバッグを担ぐと準備完了だ。
「何だか、ものすごくお腹が空いちゃいましたね」
「八時過ぎか。夜中の運動が効いて私も腹が減った。だがお前の中は最高だったぞ」
「あああ、言わないで下さい」
顔を赤くした京哉から霧島はソフトキスを奪う。微笑み合って部屋を出た。
階段を下りて一階の食堂に行くと思っていたより客が沢山いて驚いた。
他国からきた宿泊客らしき雰囲気の者ばかりではなく、布を躰に巻き付けた現地の者も混じっている。昨日のカウンター席がふたつ並んで空いていたので、二人は両サイドの男に遠慮しながら腰掛けた。
カウンター内には昨夜の父子がいて、息子の方が水のコップを差し出す。
「朝食を二人分、頼む」
「あいよ」
愛想のいい息子と寡黙な親父は、あちこちから出される注文に大忙しだ。それでも十分と待たずに二人の前にトレイが出された。
朝食は小麦か何かを練って餅状にしたものが浮いた豆のスープがメインだった。あとは焼いたウインナーが二本に、水気の少ない野菜サラダが彩り程度に添えられている。よそでは見たことがない毒々しい紫色の清涼飲料水がついていた。
「あ、このジュースって意外。オレンジジュースの味ですよ」
「この餅は腹が膨れていいかも知れんな」
「でも某大国による砂の花の買い上げがなくなったのに、生活はそんなに変わってないみたいで良かったですよね」
「何といってもレアメタルだからな。宝の山で餓死する前に中小企業であっても誘致が叶ったんだ。食い繋げてハミッシュたちも一安心といったところだろう」
のんびりと食事をし京哉が煙草を一本吸うと腰を上げた。一旦チェックアウトだ。
寡黙な親父に支払った宿と食事代はホテルのグレードに対し高額だったが、このような土地でまともに眠れ、食事もそこそこだったことを考えれば妥当なものだと思われた。
外には喩えでなく眩暈がするような日差しが待っていた。
斜め上から熱を放射する太陽の光だけでなく、砂の浮いた白っぽい日干しレンガからの照り返しが眩くて目の底が痛いくらいだ。頭上にある太陽が日本で見るそれと同じ恒星だとは思えないほどで肌が焦げそうな暑さ、いや、熱さと痛さである。
「何これ、暑いよーっ!」
「二度目でも暑いものは暑いな。まずは最初の井戸まで歩こう」
街の大通りには無料で使える井戸が所々に設置されていた。取り敢えず一番手近な井戸まで歩く。ボーッと突っ立っていると冗談でなく火傷しそうだった。
歩いていても脳ミソが蒸発していくような気がして京哉は目を遠くする。
「あっつーい! 僕ら、何をしにきたんでしたっけ?」
「知らん、考えたくもない。カロリーの消費活動の一切を停止したい暑さだ。一度でいいから一ノ瀬本部長をここに三十分間立たせたいものだな。随分絞れるだろう」
「何か、もう、汗もかけないんですけど」
「文句ばかり垂れるんじゃない、と言いたいが、これは本気でだめかも知れん」
長身の分だけ頭が熱を吸収するのか、虚ろな目になりかけた霧島は袈裟懸けにしていた布を外すと頭から巻き直した。目だけを出して余った布は左肩に流し、吊った銃を隠す。京哉も倣って布を頭に巻きつけ、左肩から余った布を垂らした。
のそのそと歩いているうちに井戸に辿り着き、街の人々の行列に並んだ。順番がやってくると二人は交代でポンプを押し、顔と露出した手の甲を冷やす。ついでに水を飲んだ。飲み過ぎだと分かっていても喉を潤さずにはいられない。
少しマシな気分になった途端に汗が噴き出した。
ポンプを次の者に譲って歩き出す。暫く行くと右側に砂の広場が見えてきた。
「あ、ここって確か旧政権の処刑場だった所ですね」
「恐怖政治の遺物か」
反政府武装勢力や彼らに協力した者たちが拷問を受け、この砂場で磔の公開処刑が行われていたのだ。あまたの血を吸った砂場には日干しレンガと同じ製法らしい慰霊碑が建てられていた。刑死した者の縁者か、頭を垂れている人間も見受けられる。
「ここに十字架が立たなくなっただけでも皆の功績は報われてしかるべきですよね」
「徹底抗戦のあとで捕まった彼らを街の人間が総出で拘置所になだれ込んで解放したというのも、こうして目に見える変化があったからだろう」
先に起きた霧島が自分の胸の上に置かれた京哉の左手首に嵌った腕時計に目をやると七時半だった。どうやら時差ぼけは上手く回避したようである。
そこで僅かな霧島の動きに気付いたのか、京哉が寝返りを打って目を開けた。
「もう朝……おはようございます、忍さん」
「ああ、おはよう。調子はどうだ、歩けそうか?」
「大丈夫みたいです。それよりニコチン不足で脳ミソが逃走を図りそうですよ」
ベッドを降りた京哉はテーブルに歩み寄る。そのスムーズな身のこなしに霧島は安堵しながら、そそくさと煙草を咥えてオイルライターで火を点ける依存症患者を生温かく見守った。紫煙を吐きつつカーテンを引いた京哉が顔をしかめてカーテンを元に戻す。
「もう暑そうですよ。窓も開けない方がマシみたい」
「水筒と塩でも買うか」
「岩塩がいいですね」
前回にきた時も砂漠を歩くという難行を舐めていたせいで脱水症状を起こしそうになって、クリフに貰った岩塩に助けられたのだった。そのときに二人は塩が甘いと知った。
「ところで忍さん、貴方の寝ぐせがパイナップルみたいなんですけど」
「南国らしくキメてみた……濡らせば直るからいい」
京哉が煙草二本を灰にすると行動開始である。交代で顔を洗い、着替えると銃入りショルダーホルスタとスペアマガジン入りベルトパウチを装着した。
スーツのジャケットは着ずに強引にショルダーバッグに詰め込み、二人とも布を肩から袈裟懸けにして銃を隠す。京哉がショルダーバッグを担ぐと準備完了だ。
「何だか、ものすごくお腹が空いちゃいましたね」
「八時過ぎか。夜中の運動が効いて私も腹が減った。だがお前の中は最高だったぞ」
「あああ、言わないで下さい」
顔を赤くした京哉から霧島はソフトキスを奪う。微笑み合って部屋を出た。
階段を下りて一階の食堂に行くと思っていたより客が沢山いて驚いた。
他国からきた宿泊客らしき雰囲気の者ばかりではなく、布を躰に巻き付けた現地の者も混じっている。昨日のカウンター席がふたつ並んで空いていたので、二人は両サイドの男に遠慮しながら腰掛けた。
カウンター内には昨夜の父子がいて、息子の方が水のコップを差し出す。
「朝食を二人分、頼む」
「あいよ」
愛想のいい息子と寡黙な親父は、あちこちから出される注文に大忙しだ。それでも十分と待たずに二人の前にトレイが出された。
朝食は小麦か何かを練って餅状にしたものが浮いた豆のスープがメインだった。あとは焼いたウインナーが二本に、水気の少ない野菜サラダが彩り程度に添えられている。よそでは見たことがない毒々しい紫色の清涼飲料水がついていた。
「あ、このジュースって意外。オレンジジュースの味ですよ」
「この餅は腹が膨れていいかも知れんな」
「でも某大国による砂の花の買い上げがなくなったのに、生活はそんなに変わってないみたいで良かったですよね」
「何といってもレアメタルだからな。宝の山で餓死する前に中小企業であっても誘致が叶ったんだ。食い繋げてハミッシュたちも一安心といったところだろう」
のんびりと食事をし京哉が煙草を一本吸うと腰を上げた。一旦チェックアウトだ。
寡黙な親父に支払った宿と食事代はホテルのグレードに対し高額だったが、このような土地でまともに眠れ、食事もそこそこだったことを考えれば妥当なものだと思われた。
外には喩えでなく眩暈がするような日差しが待っていた。
斜め上から熱を放射する太陽の光だけでなく、砂の浮いた白っぽい日干しレンガからの照り返しが眩くて目の底が痛いくらいだ。頭上にある太陽が日本で見るそれと同じ恒星だとは思えないほどで肌が焦げそうな暑さ、いや、熱さと痛さである。
「何これ、暑いよーっ!」
「二度目でも暑いものは暑いな。まずは最初の井戸まで歩こう」
街の大通りには無料で使える井戸が所々に設置されていた。取り敢えず一番手近な井戸まで歩く。ボーッと突っ立っていると冗談でなく火傷しそうだった。
歩いていても脳ミソが蒸発していくような気がして京哉は目を遠くする。
「あっつーい! 僕ら、何をしにきたんでしたっけ?」
「知らん、考えたくもない。カロリーの消費活動の一切を停止したい暑さだ。一度でいいから一ノ瀬本部長をここに三十分間立たせたいものだな。随分絞れるだろう」
「何か、もう、汗もかけないんですけど」
「文句ばかり垂れるんじゃない、と言いたいが、これは本気でだめかも知れん」
長身の分だけ頭が熱を吸収するのか、虚ろな目になりかけた霧島は袈裟懸けにしていた布を外すと頭から巻き直した。目だけを出して余った布は左肩に流し、吊った銃を隠す。京哉も倣って布を頭に巻きつけ、左肩から余った布を垂らした。
のそのそと歩いているうちに井戸に辿り着き、街の人々の行列に並んだ。順番がやってくると二人は交代でポンプを押し、顔と露出した手の甲を冷やす。ついでに水を飲んだ。飲み過ぎだと分かっていても喉を潤さずにはいられない。
少しマシな気分になった途端に汗が噴き出した。
ポンプを次の者に譲って歩き出す。暫く行くと右側に砂の広場が見えてきた。
「あ、ここって確か旧政権の処刑場だった所ですね」
「恐怖政治の遺物か」
反政府武装勢力や彼らに協力した者たちが拷問を受け、この砂場で磔の公開処刑が行われていたのだ。あまたの血を吸った砂場には日干しレンガと同じ製法らしい慰霊碑が建てられていた。刑死した者の縁者か、頭を垂れている人間も見受けられる。
「ここに十字架が立たなくなっただけでも皆の功績は報われてしかるべきですよね」
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