砂中で咲く石Ⅱ~Barter.13~

志賀雅基

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第30話

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 目の前では布をロングスカートのように腰に巻いた女性たちがアメディオのギターに合わせて踊っている。翻る布と炎に浮かぶシルエットがくるくると回って美しい。

 裸足で砂を踏んでいるのが気持ちよさそうで、京哉も靴と靴下を脱いでみた。
 ギターは伸びやかなメロディを奏でている。霧島に訊くと曲名を教えてくれた。

「『volareボラーレ』だ」
「何て意味ですか?」
「『飛ぶわ』くらいの意味か。おっ、曲が変わったな。『Djobiジョビ Djobaジョバ』だ。それで?」

「ちょっとユーリンと踊ってきてもいいですか?」
「ああ、許可する。行ってこい」
「ちょ、鳴海くん、ユーリンと……反則だろ、それはっ!」

 ユーリンが泣き顔を隠しながら踊っていたのを知ってか知らずか、意外にも霧島はあっさりと京哉を送り出した。約一名が反対を唱えたようだが聞こえない。

 当のユーリンは京哉に手を取られ青い目を瞠ったのち涙をひとすじ流しながら笑った。布を何度も派手に翻す。そんなルールのないダンスを京哉はリードする。
 霧島カンパニー関連で社交ダンスなら練習を積んでいた。お蔭で基本が出来ているためか見事なリードでユーリンを踊らせ、涙が乾いた頃に二人で気取った礼をし拍手を貰う。

 すると今度は誰からともなく「霧島」コールが起こり始める。手拍子に合わせて誰もが期待に目を輝かせ「霧島!」と連呼していた。

「忍さん、僕を独りで踊らせるつもり?」

 袈裟懸けの布を解くと、女性たちと同様に腰に巻き付けながら京哉は大声で愛し人を呼ぶ。前に来た時にも二人は踊り、皆に大受けしたのだ。これでもかというほどの期待を込めた大拍手が送られる。京哉も笑いながら再び大声で霧島を煽った。

「早くこないと、誰かと踊っちゃいますよ!」

 伊達眼鏡まで外してその気になっている京哉にそれだけは許せんと、手にした杯を干した霧島は、素早く裸足になって立ち上がる。
 黄色い歓声が上がる中、大きな焚き火のド真ん前にいる京哉の手を取った。

 タイミングを見計らい、アメディオが新たな曲のイントロを爪弾き始めた。

「これは、『bamboleoバンボレイオ』という曲だ」
「ふうん、意味は何なんです?」
「ただ、『揺れる』というだけだ。ダンサブルだな。ほら、揺れるぞ?」

 背中合わせで二人はステップを踏み始める。肩と腰でラテンのリズムを刻んだ。
 布をひらりと翻した京哉と片手を繋ぎ、霧島は細い腰を抱き寄せる。胸に寄り添って喉を仰け反らせた京哉の、異様な色気に男性陣からも溜息が洩れた。

「京哉お前、結構飲んだだろう?」
「ちょっとだけ。それより忍さんってやっぱり上手いですよね」
「それこそ社交ダンスは基礎から叩き込まれたからな……っと」

 高い位置で手を取ると、京哉はくるくるとターンする。ハンド・トゥ・ハンド、右手と左手を交互に繋ぎ、離れては頬が触れるほど引き寄せ合って霧島は薄い背を抱き締めた。

 焚き火の炎に照らされ、ふたつの影がひとつになって砂に映る。

 二人が腕を絡め、ステップの合間に片脚を絡めてポーズを決めるたびに、あちこちから口笛が吹かれた。手を交差して前と後ろで繋ぎ、腕をくぐった京哉を半回転させてインフロント、向かい合って瞬間、霧島は優しいまなざしと見つめ合う。

 京哉の長めの髪が揺れる。輝く月読の神のような笑顔。私だけの――。

 こんな京哉は誰にも見せたくなかった。自分だけのものにしておきたかったが、仲間の前ではサーヴィスと思い、霧島は京哉の微笑みに負けて二曲分を踊る。
 ラストはやはり外せないお約束、取り合った片手を高く上げると、霧島は細い腰を支えて京哉を思い切り仰け反らせた。

 気付くと踊っていたのは霧島と京哉だけだった。女性たちも座って二人のダンスを鑑賞していたらしい。一瞬の静けさのあと割れんばかりの拍手喝采が湧き起こった。

 続けて三曲を踊り、疲れた京哉は霧島と共に優雅な礼を取ってラグの上に戻る。布を肩から巻き直すと靴下と靴を履き、おもむろに置いてあった自分の杯を干した。

 目敏くキャラハンが自分用に確保していた酒を注ぐ。
 二杯目も一息に飲むのを見た霧島が、灰色の目に心配げな色を浮かべる。

「大丈夫ですよ、悪酔いしませんし」
「酔うつもり前提か」
「いいじゃないですか、たまには」
「まあ、それもそうか。お前が他人の前で酔っ払うのも珍しいことだしな」

 それだけ仲間を信用しているということでもあり……ひとつの懸念を霧島と同じく抱えているということなのだろう。
 またオレンジを剥き始めた京哉を止めるのを諦めて靴下と靴を履いていると、ジョセが京哉のショルダーバッグを持ってやってきた。

「何この重い鞄。どうしても街に戻りたければ送るし部屋も提供できるけど?」
「皆はどうするんだ?」
「殆どパオ泊になる予定。みんな嬉しくて堪らないのよ」

「ハミッシュもか? それは少々不用心な気がするんだがな」
「まあね。でもそれは街の家で寝てても同じ事だわ」
「それは確かだが」

 セキュリティも何もあったものではない、街の建物の造りを霧島は思い浮かべる。そんな霧島にジョセはにっこり笑って言った。

「前と同じ小型テントも用意してるわよ。わたしとハミッシュも使うけど、どう?」

 意見を訊こうと京哉の方を見たが、執拗にオレンジの薄皮と筋を取っている表情を見てこれも諦め、霧島はジョセに頷いた。

「小型テント、貸してくれ」
「分かったわ。シャワーは我慢して。街に戻ったら一番で浴びさせてあげるから」
「それは構わん、覚悟してきたからな」
「中型ヘリに機材は載ってる筈だから。ちゃんと断熱シートとラグも敷いて、風邪引くから。でも良かった、貴方たちがいるとちょっと安心だわ」

 安心と言いつつも、ジョセは珍しく表情を曇らせる。

「アテになる状態かどうか微妙だが、『同じ事』などと言っておいてそれか?」
「今日くらいはハミッシュの我が儘も聞いてあげたいのよ」
「なるほど。だが全国民が選んだ大統領とその仲間が狙われることがあるのか?」

「ないと思うけれど、今夜は急進派のメンバーも一緒だもの」
「国連平和維持軍か。昼間も奴らはPKFの武装ヘリに一人られているからな」

 知らなかったらしいジョセは眉をひそめた。

「急進派は武装もしてないわたしたちに、立哨当番を割り振ろうとしたのよ。丁重にお断りしたから、あちらは勝手に寝ずの番でもするでしょうけれど」

 これも珍しい、声を抑えもしないジョセの物言いに霧島は思わずラッセルを振り返った。他人のことは云えないが自動小銃を傍らに置いたままのラッセルは、クーンツと話しながらもこちらを向いている。出来すぎの笑顔だ。

 その笑顔でユーリンを思い出した。京哉が世話を焼いていたようだが不首尾に終わったらしい。その辺りもジョセの評価基準に加えられているならこの態度も頷ける。

「パオの裏、ヘリの辺りにテントは張る。何かあれば連絡してくれ」
「了解。でもまだお開きにはならないみたいね」

 傍から霧島の杯にキャラハンが酒を注いでいた。飲み干してチラリと京哉に目をやり、まだ大丈夫なのを確認してショルダーバッグを手に立ち上がる。

「腹が減った。何か食わせてくれるか?」
「シチューはどうしたのよ?」
「誰かが食ってしまったようだ」
「じゃあ、こっちにきて。まだ残ってると思うから」

 大鍋の掛かった小さい焚き火に移動すると女性たちが集まりシチューを食べていた。女性の一人にシチューとクラッカーを盛りつけて貰い、立ったまま食い始める。

 食いながら見回すと今まで何処にいたのかクリフの姿があった。
 男同士という訳でもないが、何となく近寄って傍のラグに腰を下ろす。

「親には断ってきたのだろうな、クリフ」
「ちゃんと言ってきたって。でも俺、もうすぐ十七だぜ?」
「十七が七十でも消えれば家族は心配するだろうが」

「う……まあ、そうだけどさ。口が上手いよな、霧島さんって」
「私の本業は警察官だ、警邏中に青少年を説諭することも多々ある仕事だからな」
「警察官って何だ?」

「ああ、ここは警察も軍が兼任だったな。警察は犯罪を取り締まるのが仕事だ」
「軍人とどっちが偉い?」
「どっちも偉いぞ、安月給で滅私奉公だ」

「じゃあどっちが格好いい?」
「さあな、私は軍のことは知らん。だがそうだな、私が護りたいノンキャリア組の下っ端は、どちらかといえば格好悪いかも知れん。地べたを這いずり回るような仕事だからな」
「それなのに警察官をやってんの? 何で?」

 喋りながら器用に早食いした霧島は食器を女性たちに返し、クリフの傍に戻る。

「警察官は己に誇りを持つ者にしか務まらん。私はそんな警察官を天職だと思っている。今のクリフと同じ歳の頃に警察官になる決心して学校に行き試験に通った」
「ふうん。俺の天職って何だろうな。格好悪くない軍人になってよその国にも行ってみたいけど、天職って感じはしないんだよな。でも日干しレンガ作りは嫌だしさ」

「実際に天職で食えている人間は少ないと思うぞ」
「青少年の夢をへし折るなよ」

「天職に就いて、この歳で一生を誓えた人間にも巡り会えた。私は珍しい方だな」
「今度は未成年に自慢と惚気かよ、大人げないな。でも霧島さんと鳴海さんが踊ってるのは、すっげぇ格好良かったぜ」
「そうか、ありがとな。おっ、噂をすれば京哉の奴、ふらふらと。おい、京哉!」

 まさにふらふらと雲の上でも歩いているように、京哉はやってきた。

「忍さん、貴方がいなくなったら矛先が全部僕に向いて……もう飲みたくない」
「気分は悪くないか? 急性アル中は勘弁だぞ?」
「気分はいいですよ。でもせっかく逃げてきたんだから、もう戻りませんからね」

 携帯を霧島が見ると零時前だった。愉しかったからか時間の経つのが早い。

「じゃあ、こちらに来い。テントを張ってやるからお前は寝ろ」

 パオの裏に向かうと京哉は素直についてきた。中型ヘリの後部貨物ドアは開いていて、機材の在処はすぐに分かった。

 二人用小型テントの機材一式を持ち出し、街に住む仲間が乗ってきた四駆群とは逆側、中型ヘリと小型ヘリ二機が並んだ外れを選んで、星明かりでテントを張る。
 極寒の夜中に四駆で帰る者の騒音で起こされるのはご免、だがあまり遠いのも危険だ。突然の砂嵐の際にはパオかヘリに逃げ込まなくてはならない。

 断熱素材のテントは骨材を穴に通して砂に差し込み、ペグに紐を引っ掛けて留め、中に断熱シートとラグを敷くだけだ。出来上がると傍で茫洋と立っていた京哉がするりと潜り込んだ。続いて霧島も中に入る。

 出入り口を閉めて靴を脱ぎ、携帯のバックライト機能を最大にした。照らし出した二メートル四方の空間は長身の霧島には狭かったが、眠るだけなら充分で暖かい。

「何か、これもすごく懐かしいですよね」
「そうだな。またこれで寝るとは思ってもみなかったが」

 スーツのジャケットを脱ぎショルダーホルスタを解いた京哉に被せてやろうと霧島は肩に巻いていた布を解いた。薄い肩に掛けてやると京哉はキスをねだる。

 酒臭い吐息に苦笑しつつ、霧島はソフトキスのつもりで唇を重ねた。だが京哉は思いがけない力で霧島を抱き締め、深く求めてきた。尖らせた舌先で霧島の歯列を割り、舌を捉えて絡ませ吸い上げる。唾液を飲み干しては口内をねぶり回した。

 いつしか霧島は京哉に押し倒され、衣服の上から躰をまさぐられている。

「こら……んっ……京哉、だめだ」
「何でだめなんですか……欲しいよ、忍さん」
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