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第11話

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 レアメタルという宝に群がった人間だけに与えられた参政権、昔ながらの生活をいきなり土足で踏みにじられた農民たち。

 紫煙を吐きつつシドは珍しく顔をしかめる。

「しみじみ聴いてると反政府側に分があるような気がしてくるな」
「そうは言うけど、先に始めちゃったのは反政府側だよ。今の段階でテラ連邦議会は彼らに甘い言葉を掛けられない。暴力に屈することになっちゃうからね」
「それはそうだが、お前は納得できるのか?」

 訊かれてハイファは微笑みを消した。

「色んな星を見てきたよ、別室任務でね。その星の生き方はそれぞれ住んでいる人たちが苦しみのたうち回って手探りしながら決めて行かなきゃならないってこと。その国の倫理観や道徳は、その国の内部から生まれなきゃ意味がない。そうじゃない?」
「なるほど。文化程度も宗教観もよそから押し付けられても、ついてけねぇもんな」
「それでもこのエクル星系だって第四惑星シルヴィスは、とっくに貨幣経済でことが運んでる。この第三惑星マベラスの民は当然、羨ましい。お金だけの問題じゃなくて平等って言うのが概念でなく実現していることと、戦争がないことの二点でね」
「ああ、そうだったな」

 やってきたときに乗り継ぎ宙港のあったシルヴィスが、それなりの高度文明圏だったのをシドは思い出した。

「だからこのマベラスが平定後にシルヴィスをお手本にするのか、それとも独自の道を歩むのかはエクル星系政府の首脳陣にかかってるし、その首脳陣もまずはこの戦争に勝たなきゃ立場を失う。一事が万事に波及するんだよ」
「へえ。それで慌ててテラ連邦軍に助力を乞うた訳か」
「だね。……それより、ほら、僕らの問題は武器流出だよ」
「早くしねぇと冷蔵庫の腹の中が腐るか。結局、銃十丁につき一丁とかの余剰品を、最前線に行った奴がポロリと落としてくるって寸法なんだろ」

 ただそれは想定され得る中で一番ありそうなケースというだけである。

「結果としてハズレでも何でも、可能性の高いところから当たるしかねぇからな」
「なら、ノーサム三佐に前線司令部入りを願い出るしかないね……はあ~っ」
「重っ苦しい溜息、つくんじゃねぇよ」

 椅子に前後逆に腰掛けたシドがベッドに座ったハイファに煙を吹きかける。

「だってサ、向こうには便宜を図ってくれる人はいないんだよ?」
「……って?」
「そりゃあ二尉の僕らは一応士官・小隊長クラスで一般兵士とは違うけど、それこそ僕らがスナイパーとスポッタとして前線投入されるのは目に見えてるじゃない?」

◇◇◇◇

 翌日の空は快晴だった。

 BELで約一時間移動し、シドとハイファは無事に前線司令部へと着任した。

 前線司令部とはいえ一番近い本格的なコンバットエリア、つまり戦闘地域までは、狭隘なコンテストエリアと呼ばれる競合地域部分を挟んで五十キロも先にある。ゲリラの持つ兵器では砲弾が届く心配は殆どない。

 だが徐々に侵攻をしつつ前方へと移動するのが前線司令部の宿命の筈だが、ここは素人目にも見るからに根を張った基地と化していた。
 投下されたユニット建築が何棟もビルの如く積み重ねられた質量感はMACと殆ど変わらない。電力も発電衛星からアンテナで取り放題、少々建物が旧式なだけだ。

 建物群の向こうには数十機のBELが駐機されているのが見えた。

「何だか、戦局も膠着状態みたいだね」

 本日着任の他の兵士に続いて建物のひとつに足を踏み入れながら、誰よりも大荷物を担いだハイファが囁いた。こちらは二番目に大きな荷物のシドが応える。

「テラ連邦軍が、そんなにヘタれた軍隊とは思わなかったぜ」
「惑星内駐留テラ連邦軍は殆どが現地採用者で雇用促進基地っていうのが現実なのは確かだけど、テラ連邦議会の後押しがあるのにこれはちょっと変かもね」
「ヘタれてなければ現地ゲリラを未だ一掃できねぇ理由ってのが他にあるのかもな」
「一掃できない理由ねえ。爆撃でもすれば……って、そういや輸送BEL以外の戦闘機や武装BEL、そもそも惑星内空軍って見かけないなあ」

 喋りながら二人は最後尾で団体様についてゆく。 

 エレベーターもあったが新着兵士の集団は階段を使って前線司令室に着いた。取り敢えずは荷物を廊下に置くとここでもお約束の着任申告だ。
 全ては上級者の一尉に任せ、二人は他の十名ばかりと共に黙って二度敬礼しただけで退出する。そこから与えられた自室までは、経路がリモータに流されていた。

 建物を移って自室に辿り着くと大荷物を下ろす。士官はここでも二人部屋、だが格段に狭くなった上に、リフレッシャやトイレなどは共用らしい。

「何か一気に戦場って感じがしてきたな」
「だって戦場だもん」

 透明樹脂の窓外からは、時折乾いた音が響いてくる。

「制式小銃より音が高いな。ここでも交戦規定違反だぜ?」
「ここにくる途中で見た人も全員、執銃者は僕のこれと似たり寄ったりだったよ」

 と、ハイファは左脇に吊った旧式銃・テミスコピーを指した。

「普通は銃のコンにインプットしたIDをオートで敵味方識別するっつー?」
「そう。テラ連邦軍は全ての小火器、小銃やレーザー、ビームライフルにIFF、敵味方識別装置を搭載してるからそれに従って撃つのが一般的。一般的な戦場っていうのも変だけど、まあ、撃っていいかどうかで迷わなくていい筈……なんだけど」
「じゃあここは一般的な戦場じゃねぇんだろ」
「って、どういうこと?」
「AD世紀から三千年の現在、戦闘機も爆撃機もレーザーその他光学兵器もない戦場ってのは普通か?」

 確かに妙だった。
 汎銀河条約機構の交戦規定がかせとなり兵器工学はせいぜいラストAD世紀レヴェルを保っているに過ぎないが、それでもここまで原始的なのはおかしい。

「うーん、普通じゃないかも。本来テラ連邦議会がその気になれば惑星一個くらい、それも元農民のパルチザン如きが相手なら何日も掛からず制圧できる筈なんだよね」
「ふうん。なら情報収集といくか」
「えっ、もう行くの?」
「何もねぇんだ、中隊長とやらの発振があるまで好きにしてていいんだろうが」

 ソーティ、いわゆる出撃があれば前日にリモータで連絡を寄越すと言われていた。

「構わないけど……知らないからね」
「何がだよ、行動しなきゃ話にならねぇだろ?」
「……」

 全く気乗りしていない様子のハイファを引っ張ってシドは廊下に出る。
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