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第45話(エピローグ)

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 この部屋にいる限りストライクしないというのが迷信だと気付かせてくれたのは、翌日シドに入った一本のリモータ発信だった。

《テラ本星セントラルエリアは汎銀河一治安がいいんじゃなかったのかよっ!》

 抑えた囁き声で喚くという至極器用なマネをするその主は、紛れもなくリカルド=マウロ憲兵隊長のものだ。

「って、お前いったい何処にいるんだよ?」
《何処もここも定期BELの中だ。あと五分でテメェらの頭の上に着く筈だ、ハイジャックされてな》

 シドとハイファは顔を見合わせた。確かにこの官舎ビル屋上は定期BELの停機場になってはいるが、何故それにリカルドが乗り合わせているのかが分からない。

「あんた何しに来たんだ? 観光か、それともサンバダンスの公演か?」
《そんなことは後だ、後。ホシは何とか革命戦線とかいう奴がキャビンの後ろに二人、前にも二人。もう客が三人撃たれて『次は殺す』宣言だ。とっとと準備して待ってろ!》

 何はともあれ二人は銃を手にして廊下に飛び出した。
 エレベーターで屋上まで上がると既にBEL到着を感知して風よけドームが開こうとしていた。強風でシドとハイファの髪が吹き乱される。

 大型BELが屋上のド真ん中に接地した。定期BELに二人が駆け寄って数秒、開かないタラップドアの開閉ボタンを外からシドが押した。ガクンと降りたタラップを二人は駆け上る。
 機体そのものを盾にしてそっとキャビンの様子を窺った。

 その途端、二人にレーザーの雨が降り注いで、慌てて一旦顔を引っ込める。

「熱っ、あちち……チクショウ、髪が焦げたじゃねぇか!」
「パルスレーザー小銃なんて結構な得物……で、どうするの?」
「やるに決まってるだろうが。いくぞ」

 二人は呼吸を計る。シドがカウントした。

「三、二、一、ファイア!」

 機内に飛び込むなりシドは後部、ハイファは前部の男らに速射で弾を叩き込んでいた。勝負は二秒で決まった。

「ハイファ、リモータ発振」
「もう救急要請したよ、七分署にも同報入れたし」
「そうか。『出張』後の初出勤、ヴィンティス課長に土産ができちまったな」
「あーあ。また一般人の中で発砲、警察官職務執行法違反で始末書だね」

 銃を収めた二人にシートから立ち上がったリカルドが顔をしかめる。

「何だ何だ、テメェらは。問答無用でモザンビークドリル、死体の生産工場かよ?」
「吐かせる口はひとつ残した。武力で一方的に脅す奴に情けは無用だ」

 刑事に戻ったシドの言う通り、後部の一人は生きていた。銃は機関部にフレシェット弾を受けてガラクタ同然、危険はない。尤もガラクタの持ち主はヘッドショットを食らわなかっただけで、腹に風穴を空けられ失神寸前だ。

 だがここは汎銀河一の平和を誇るテラ本星、脳を完全破壊された者は還ってこないものの、心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療である。手術し再生槽入りで二週間もせずに取り調べが可能となるだろう。

 不幸中の幸いで乗客の怪我は腕だけだった。シドが捕縛用の樹脂製結束バンドを使い、傷の上部を締め上げて止血する。
 応急処置を終えると、シドはハイファと共にヒゲ面を改めて眺めた。

「で、あんたは何だってこんな所にいるんだよ?」

 と、訊くまでもなかった。リカルドは濃緑色のテラ連邦軍、それも中央陸軍の制服に、焦げ茶色のタイを締めていたのである。そのタイの色は中央情報局員の証しだ。

「ふっふっふ、聞きたいか?」
「……いや、やっぱりどうでもいい気がしてきた」
「まあ、そう言うな。……わーはっは! 俺様の高い高ーい能力は、銀河の何処にいても隠しきれないのさ。中央情報局赴任祝い、お前らの奢りだからな!」
「まさか別室じゃねぇだろうな?」
「いや、まだそこまでは。だが隠せぬ爪がキラリと光り、別室長の目に止まるのは時間の問題だぜ。……取り敢えずは今夜、いい女のいる店、連れてけよな」

 最後のフレーズを言った途端にキラリと光ったのは爪ではなく飛来した金属のトレイ、それは顔を覗かせたシンシアがキャビンアテンダントから奪い放ったモノだった。
 武器その他横流し犯逮捕の金星を挙げて中央配置になったリカルドは、満面の笑みでバッタリ倒れる。

 その後頭部にみるみる盛り上がるタンコブを見て、シドとハイファは深々と溜息をついた。



                                 了


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