Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
40 / 40

第40話(最終話)

しおりを挟む
 先にタクシーでセントラル基地に届け物をしたシドとハイファは予定より大幅に遅れ、十七時半の課業終了寸前に七分署に出勤した。

 機動捜査課のデカ部屋に入った途端にヴィンティス課長が気付いてサッと顔を曇らせる。今日はもう大丈夫だと安心していた矢先のことで、かなり気分を害したようだった。
 元よりシドはヴィンティス課長への嫌がらせで出勤したのだ。

 デカ部屋に入るとそんな上司に形ばかり頭を下げ、シドは自分のデスクでさっさと煙草を咥えた。溜まった電子回覧板を眺めて自分の名前の欄にチェックする片端からハイファに渡してゆく。

 全てを片付け、泥水コーヒーでも飲むかと席を立った。カウンター状に並べられたキャビネット上のコーヒーサーバに近づいたとき見知らぬ男二人がシドにぶつかった。何処の課員だろうと思ったのも束の間、背と左側頭部にガツンと固いものが押し当てられる。

 ここまでこれば署員だとは思わない。銃口を突き付けた男たちに訊いた。

「サディアス=フロイドのヒットマンか?」

 無言の肯定にシドは溜息をついた。

「ワープ七回、ご苦労なことだな」

 その頃には周囲も異変に気が付いている。何処からか帰ってきたヤマサキがデスクの下に潜り込んだ。ヨシノ警部やケヴィン警部たち幹部クラス以下、課員ら全員が動きを止める。ホロTVの前でマイヤー警部補が左手首を出してスタンレーザー発射の構えを見せた。

「サツカンを署内でって、無事に帰れるとでも思ってるのか?」
「五月蠅い、死ね!」

 ねじ込まれる銃口に構わずシドは後ろに下がった。二歩、三歩で背に銃口を食い込ませていたヒットマンがロッカーにぶつかる。その瞬間を逃さずシドは叫んだ。

「ハイファ、撃て!」

 声と同時に放たれた九ミリパラがシドの左側頭部に当たっていた銃のトリガごと指を吹き飛ばす。同時にシドは背後のヒットマンの腕を右脇に挟んで捻り上げていた。
 トリガがガク引きされ、暴発した四十五口径ACP弾がヴィンティス課長の顔から十センチのところを通過し、防弾樹脂の窓を跳弾して更に伏せた課長の頭上五センチを飛び去った。

「確保だ~っ!」

 主任のゴーダ警部の一喝でヒットマン二人の上に幾重にも機捜課員が殺到する。シドは当初の予定通りに紙コップふたつに泥水を注いできて自分とハイファのデスクに置いた。椅子にどっかりと腰を下ろす。

 そんな部下を哀しみを湛えたブルーアイでヴィンティス課長は見つめて言った。

「シド、今日は外回りに行かないのかね?」

 どうせイヴェントストライカがイヴェントにぶち当たるならば、外の方がなんぼかマシだと悟ったのだろう。
 だがこんな時間に何を言っているのかとシドは思いつつ、課長をチラリと窺ったのちに椅子の背に掛けた対衝撃ジャケットを取り上げ、ハイファを促してデカ部屋を出た。

 署を出ると左に針路を取る。

「出勤十五分で、それも時間外勤務命令とはな」
「まあ、いいじゃない。刑事の仕事、好きでしょ」
「お前が歩いて大丈夫なら、いつもの裏通りまで行きたいんだが」
「ん、それは平気。お昼食べたのも遅かったし丁度いいんじゃない?」

 ハイファは愛し人に微笑み、散策気分を暫し愉しむ。

 薄暮の超高層ビル街をゆっくりと歩いて官庁街からショッピング街へ向かった。四十分ほどで公園を右手の大通り越しに眺め、アパレル関係の店舗の間の小径に入る。
 抜けるとそこはもう裏通りでスナックやバー、クラブや合法ドラッグ店が、この時間からが稼ぎ時とばかりに電子看板も眩く誘っていた。

「通い慣れてる通りだけど、この時間って新鮮かも」
「それもそうだな」

 いつもは人の気配の少ない真っ昼間か、人波溢れる深夜にしか見回りにこないのだ。これだけ派手派手しいのに人がまばらなのはシドにも不思議な感じがした。

 そんな裏通りを一時間半ほどで二往復する。

「嘘みたい、これだけ歩いてノーストライクなんて」

 手を繋ぎ肩に寄り添うのを許したシドが唸った。

「だからイヤな予感がしてくるから、そいつを言うなって――」

 と、シドが言い終える前に対衝撃ジャケットの胸にガツンと着弾のショック。咄嗟にシドは握った手を離しハイファを背に庇っている。その右腕を背後から殴られたような衝撃が襲った。更に衝撃波が黒髪をなびかせる。

「チクショウ、前後だ」
「またサディアス=フロイド?」
「たぶんな。俺たちをピンポイントで狙ってやがる。くそう、ネチこいってんだよ!」

 既に銃は抜いていた。二人は背中合わせで全方位警戒、神経を張り詰める。

「ヒットマン、何人ぐらいだろ……うわっ、わあ~っ! 多すぎっ!」
「こっちもだ!」

 通りの左右からドドドッと走ってくる銃を手にしたマフィアの手下どもは二桁に上った。辺りの人々が何事かと振り向きつつドブ色のスーツ集団に道を空ける。

 シドは対衝撃ジャケットでレーザーを弾き、弾を食らいながらも店舗側にハイファを押しやると、左側のマフィアにパワーを弱めたレールガンでフレシェット弾を叩き込んだ。貫通して通行人を傷つけるのだけは避けなければならない。

 一方ハイファも右側のヒットマンたちに旧式銃で九ミリパラを撃ち込んだ。外せない以上、的の大きい腹を狙った速射で男たちを吹っ飛ばす。

 二歩、三歩と退きつつも二人は左右の敵に絶え間なく銃弾を見舞った。

 だがあまりに数が多すぎた。こんな場所、人も多くなった時間帯で闇雲に撃つ訳にもいかずにシドとハイファは背中合わせのまま、更なる後退を余儀なくされる。
 丁度そこは居酒屋の入り口だった。感知したセンサが用もないのにオートドアの口をぽっかりと開ける。

「へい、らっしゃい!」

 居酒屋『穂足ホタル』の陽気なオヤジの声と共に、店内に後退りで踏み入った二人の目前でオートドアが閉まった。

「チクショウ、籠城戦とは……何処で拙ったかな」
「こっちは残り二人、そっちは?」
「こっちも二人だ。殺るしかねぇな、行くぞ」
「ヤー」
「三、二、一、ファイア!」

 ――何やら騒がしい気配を感じつつもテラ標準歴で中年に見える男二人は、カウンター席に腰掛けてニホンシュを酌み交わしていた。飲み始めの頃は猪口だった杯が、しみじみ飲むウチに今はコップ酒となっている。肴は炙ったイカだった。

 話題は一人の男の愚痴が主であった。

「……そう、あの出向は間違いじゃなかった、あの男のバディは彼しか務まらん。しかしだ、始末書の数は倍、射殺逮捕も倍ときては、わたしはもうセントラルエリア統括本部長に合わせる顔もないのだよ」

 もう一人の小柄でシルバーグレイの髪の男が相槌を打つ。

「ふむ、それで?」
「管内の事件発生率までもが、この一年で十七パーセントも上昇した。いったいどうなっているのやら、私はもう、血圧が下がって倒れそうな毎日だ」
「ほう。片翼ずつだったのが二人揃って自由に羽ばたけるようになったのか、はたまた差し出した男はイヴェントストライカ・ザ・セカンドかといったところかな」
「その不吉な仇名を口にするのは止めてくれたまえ」
「それはすまないことを。だが私も彼らのことは大変面白く思っているものでね。まあ、飲んでリラックスしたまえ」

 冷や酒を受けようと愚痴男が持ち上げたコップが突然、爆発的に砕け散った。二人ずつのチンピラヒットマンを殺りながらも反撃の一射を許してしまったシドとハイファが振り向く。

 飲んでいた男たちと二人の目が合った。数秒ののち、シドとハイファが呟く。

「何やってるんです、ヴィンティス課長」
「こんな所で……室長」

 ブルーアイと細くひかる目をジッと見つめ、いきなりシドがぷっつりとキレた。

「テメェら、マジで飲み仲間かよっ!? それで部下が命張ってるときに呑み場で次の任務の相談か!? この野郎ふざけんなよ、ユアン=ガードナーにエドワード=ヴィンティス!!」
「わあ、シドっ! 撃っちゃダメ、それだけはダメっ!」
「離せハイファ、このストライクだけは望むところだぜっ! せめて一発だけでも殴らせろっ!!」

 呆然とするヴィンティス課長と、口角を上げてわらいを溜めた別室長、マックスパワーをセレクトしたレールガンを手に喚くシドと、シドを羽交い締めするハイファ。

 遠くから緊急音が多重奏で近づいてきていた。

 明るい居酒屋の軒先には半死体が二桁転がっていると聞いて、ヴィンティス課長が低血圧でへたり込んだのは僅か二分後のことであった。

                         
                              了 

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

2022.03.31 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

志賀雅基
2022.03.31 志賀雅基

ハルイチさん、志賀です。

ちゃんと面白かったなら良かったです。
本気で趣味に走ってますので「BLカテ」がタグで付くと、読み手が誰も付いてこられねぇじゃん。そう思ったのとダグが出てくるまでが冗長なので一度は弾いたんですよ。でもせっかく零戦を調べたしダグの躁的思考に大変な親近感を持っているのもありまして、思わず拾い直してしまいました。空戦シーン書くのが好きだー!

いやあ、読了頂き感謝致します。
ありがとうございます、いつもいつも<(_ _)>

解除
2022.03.29 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

志賀雅基
2022.03.29 志賀雅基

ハルイチさん、志賀です。

おそらくまだ佳境には入っていないと思われます。冗長な拙作をお許し下さい。一度は弾いた理由が解ろうというものです。しかし佳境に入ってしまえば割とスピーディーにコトが運ぶと思うので、お忙しいとは存じますが、今暫く読んで下さると当作を自分が拾い直した(志賀の趣味全開な)箇所にまで辿り着けます。貴重なお時間を割いて頂けたら有難いと無理を承知で申し上げます。
どうぞ宜しくお願い致します。

解除
2022.03.27 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

志賀雅基
2022.03.27 志賀雅基

ハルイチさん、志賀です。

お読み下さり大感謝です! が、あまり期待はry
貴重な読者様の意欲を積極的に削ぐのは止めねばw
ただ自分、正直だけは誇れる……もういいっすね。
今や、はっきり言って自分、このシリーズは既にスペシャリストである「貴殿が愉しめるか」という点を主眼にものをいい、新作upできないかを考えております故、、

お読み頂かねば「指標」が雲散霧消~~~!!

という事態に陥るのですよ。あ、いや、、
貴重な読者様を脅すのもよくないと心のキングペンギンに怒られました。
申し訳ありません。いつもいつも本当にありがとうございます<(_ _)>

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。