最優先事項~Barter.4~

志賀雅基

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第10話

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 翌日は朝から霧島と京哉が三名射殺事件の帳場会議に出ただけで、全てを帳場に申し送り、初動捜査が必要な案件を手放した機捜は、捜一辺りの忙しさとは対照的にのんびりとした雰囲気に包まれていた。
 平常運転で皆が密行警邏に出て行く。

 そんな中、吸血鬼殺人を背負った捜一の三係長がふらりと息抜きにやってきた。隊長のデスク前でパイプ椅子に腰掛けた三係長にすかさず京哉が濃い目の茶を手渡す。

「あー、ありがとさん。で、血ぃ抜かれたオロクの身元が割れたんだが、これが今までの六名全員がそれなりの企業の勤め人ばかりでしてな。だが却ってサラリーマンっちゅう以外の共通点がないんですわ」

 そこで霧島に目で促された京哉が帳場の庶務係にメールで問い合わせた。

「ええと、コヤマ理研工業にサワグチ商事、カナイ事務株式会社にアサダ森林開発、昨日のオロクが二人ともさかいリノベーション。大御所の堺以外は中小ですけど社名は聞いたことがありますね。大体、何で殺すだけじゃなく血まで抜いてるんでしょう?」

「それが分かれば苦労せんのだが、猟奇性を印象付けるくらいしか思いつかんなあ」
「腕には注射針の痕もありましたし、医療関係者に当たってるんでしたっけ?」
「そいつを中心に捜査してるんだが動機も分からんから絞りようもないんだわ」

 暫し愚痴めいた言葉を吐いて捜一の三係長はふらりと出て行った。

 すると入れ替わりに今度は捜一の二係長が現れる。こちらも息抜きらしく京哉の淹れた茶を手に腰を下ろし、京哉と霧島の顔を交互に見て話し始めた。

「昨日チンピラ二人に射殺されたミラード化学薬品の従業員三名なんだが、三名全員が本社総務部に所属していると判明しましてね。つまりは都内に勤めて住所も同じく都内ということですよ。なのに何だってこんな所で殺されてくれたんだか」

「こちらに来た理由は割れたのか?」
「ミラード側はセールスで回っていたとか回答を寄越したが、総務の人間がわざわざ他県まで来てセールスでもないでしょうが。いい加減にしろと言いたいですよ」
「撃った北田と豊原の聴取はどうなっている?」

 捜一の二係長はほとほと参ったという風に頭を振る。

「二人とも舌切り雀でまともに喋れないのはともかく筆談にも応じない。どういう訳か怯えきって薬を盗んで大量に飲んだり、注射針を盗んでこれも飲み込んだりで話になりませんよ。入院させた白藤大学付属病院からも文句を言われる始末で」

 自殺未遂を繰り返していると聞いた京哉は、あのとき日を弾いてぎらりと輝いたナイフを思い出す。その映像記憶から銀色の臓器移植用の運搬ケースも思い出した。

「あの状況であの移植用ケースってことは、何を運ぼうとしていたんでしょうね?」

 二係長が京哉の方を振り向いて目を瞬かせた。

「もしかしてオロクの内臓でも運ぼうとしていた、そう言いたいのかね?」
「だって中にはユッケ用の生肉も入っていませんでしたし」
「それはそうだが……うーん、可能性としてはアリなのか」

 二係長が唸っていると霧島のデスクで警電が鳴る。

「こちら機捜の霧島」
《一班長の竹内です。やられました、白藤大学付属病院で北田と豊原が狙撃されました! 外科病棟七階!》

 咄嗟に霧島は音声オープンにしていた。二係長に聞かせるためだ。

「北田と豊原の容態は?」
《頭部に被弾して即死と思われます。すぐに鳴海をこちらに寄越して下さい!》
「了解した。鳴海、出るぞ!」
「はい!」

 狙撃ポイントを割り出すのに誰よりも狙撃に詳しい京哉の存在は欠かせない。既に捜一の二係長も機捜の詰め所から飛び出し姿を消している。

 機捜本部は班長まで警邏に出していたので霧島は一声で武器庫係の警部補に機捜本部の指令台を預け、京哉と共に駆け出した。一階に降りて裏口から出ると覆面に飛び乗って出発する。

 病院まで約十五分、狙撃ポイントから痕跡が消えるまでの時間との勝負だ。

 緊急音とパトライトを出して覆面は疾走する。あとから多数の緊急音が輻輳していた。霧島の運転する覆面は十五分足らずで白藤大学付属病院の駐車場に滑り込む。既に先行したパトカーや覆面がパトライトを閃かせていた。

 それらが暑さで揺らめく中を駆け抜け二人は外科病棟に飛び込む。

 エレベーターで七階に上がった。七階の廊下に出ると野次馬と化した入院患者らをかき分け、まずは北田が入院していた七〇五号室に踏み入った。
 七〇五号室は窓が派手に割れて、一台きりのベッドとその周囲は飛び散った血と脳漿で酷い有様である。北田は搬出されていたが確かにこれで生存は不可能だと思わせる状態だった。

 その割れた窓から京哉は外をじっと見つめる。三十秒ほども見つめたのちに踵を返し霧島と共に無言で今度は豊原の入院していた七〇一号室に足を踏み入れた。
 こちらの窓は穴が開きヒビが入っただけで全壊は免れていた。
 だが豊原は窓際に立ったところを撃たれたのか、ベッドではなくフリースペースが血塗れである。

 ここでも京哉は窓越しに外を見た。霧島も並んで外を観察する。駅が間近で正面に電車の高架があった。その向こうのビルから狙われたことくらいしか分からない。

「京哉、お前にも難問だったかも知れんな」
「いいえ。たぶんあそこです、行きましょう!」
「特定できたのか!?」

 返事もせず京哉は駆け出していた。七〇一号室を飛び出し廊下を駆け抜けて制服警官がこの階で止めていたエレベーターに飛び乗る。下っている間に霧島を見上げた。

「駅向こうの通りを二本ほど入った濃い茶色のビルです。十階より少し高いかも」
「濃い茶色……レキシントンホテルだ。確か十二階建てだったか」

 二人は病院から出て覆面に乗り込みレキシントンホテルに急行した。同時に病院の周囲を警邏している筈の機捜一班に駅向こうまで警邏範囲を広げるよう機捜専用の専務系無線で指示し、基幹系無線と連携したカーロケナビで全捜査車両に通達する。

 いち早く着いたレキシントンホテルでは傍の路肩に覆面を駐め、警察車両用プレートを出しておいて二人は降り立った。エントランスから中に入るとフロントに手帳を見せて大雑把に事情説明し協力要請したが、マスターキィだけを借りることができず支配人もついてくる。

 足早に移動しつつ京哉が抜群の視力で得た情報を開陳した。

「あの造りで屋上はあり得ません。最上階かその一階下だと思います」

 不安げな様子で聞いていた支配人が説明する。

「当ホテル最上階の十二階はレストランやコーヒーラウンジにカクテルバーとなっております。十一階はスイート及びエグゼクティヴスイートを中心としたご宿泊専用ルームばかりでして……」
「では一階下だ。今更だ、十階までエレベーターで行くぞ」

 セオリーに従うならエレベーターではなく階段を使うべきだった。自動ドアが開くなり撃たれては敵わない。
 だが犯行からの時間経過と階段が複数系統ある事実を鑑みて、ここでホシを追い詰めるのは不可能と思われた。今は一刻も早く狙撃ポイントを特定し手掛かりを得ることが求められる。

 そこで霧島は手間を省く選択をしたのだ。
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