最優先事項~Barter.4~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
25 / 61

第25話

しおりを挟む
 霧島の低い声で京哉は目を瞬かせる。

 気が付くと二十センチほどの距離に霧島の切れ長の目があって少々驚いた。だがその灰色の目が安堵の色を帯びたことで、自分が失神していたのだと思い至る。
 しかし安心させようと言葉を掛けたいが、声がまるで出ない。遠慮なく喘いでしまい嗄れているのを知って恥ずかしくなる。

 廊下にはガードたちもいるのに忘れ果てていた自分はいったい何を口走ったんだろうと考えかけ、今更ドツボに嵌っても遅いと気付いてやめた。
 一人百面相をじっと見ていた霧島は京哉が落ち着いたのを見て立ち上がる。

「少し待っていろ、無理して喋るな」

 猫足のテーブルに置いてあった水差しからグラス一杯の水を汲んできた霧島に口移しで水を飲ませて貰い、京哉はやっと溜息をついた。

「ふう。すみません、また心配させちゃいましたね」
「いや、それはいいが、喉以外に痛い処があれば申告してくれ」
「多分大丈夫です、けど……例の如く動けない気が……」

「あれだけのことをしたんだ、当たり前だろう。というか、すまん。調子に乗った」
「今更何を。そんなことで謝ってたら忍さん、一生僕に土下座ですよ?」
「土下座よりも今はシャワーだ。独りで浴びれんだろう? ほら掴まれ」
「毎度のことながらお世話掛けます」

 抱かれてバスルームに運ばれ、シャワーで流されて霧島に全身を洗われた。途中から記憶になく何故全身パリパリなんだろうという京哉の疑問はさておき、霧島が苦労しているようなので京哉は敢えて真面目な顔を維持しコメントを避ける。

 そうして綺麗になると霧島は己を手早く洗い、また京哉を横抱きにしてシャワーで全身を流しバスルームから上がった。バスマットにペタリと座らされたままバスタオルで拭かれドライヤーで髪まで乾かして貰う。

「ああ、気持ち良すぎて眠いかも……ふあーあ」
「昨日もロクに寝ていない上にもう四時だからな。眠くて当然だ」

 全て乾かされてパジャマまで着せつけられベッドに横たえられる。霧島から腕枕して貰うとすぐにまぶたが重たくなってきて京哉の意識は白い闇に溶けた。

 ナイトテーブル上のリモコンで天井の明かりを常夜灯にした霧島も京哉を抱き締めて目を瞑ろうとした。そこで空気の振動を感じる。ソファセットのロウテーブルに置いた携帯が振動していた。そっと腕枕を抜いて立って行くと手に取って操作する。

 この時間だが迷惑メールではなく一ノ瀬本部長からだった。
 こんな時間に本部長が何事かと思って本文を表示する。


【天根マリーナの女性射殺事件で使用された三十二ACP弾のライフルマークが鳴海巡査部長の現在所持するシグ・ザウエルP230JPの登録ライフルマークと一致】


 思わず霧島は京哉を振り返った。
 そして眠る京哉からナイトテーブルに置いた二丁の銃に目を移す。近寄って京哉のシグを確かめると規定通り五発が装填されていた。

 それでも胸の鼓動は速くなるばかりで、富樫の嗤いが聞こえたような気がした。
しおりを挟む

処理中です...