Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

文字の大きさ
43 / 43

第43話(最終話)

しおりを挟む
 ダブルベッドで転がるように抱き合い、擦り合っているうちに霧島は京哉のパジャマを破れんばかりに性急に脱がせた。
 下着まで引き剥がすと霧島は自らも衣服を脱ぎ捨てる。全ての衣服は床に投げ捨て、互いの裸身を晒し合う。見上げて京哉は溜息をついた。

「わあ、忍さんってば、すごいかも。もう発情期は終わったんじゃないんですか?」
「分からんがお前が欲しくて、もう私はこんなに……また痛くさせるかも知れん」

 切なく訴える霧島の躰の中心は京哉が息を呑むほどに滾っていた。そして逞しい胸からは柑橘系のトワレが香っている。ペンハリガンのブレナムブーケだ。京哉も大好きな香りなのだが、いつもは現場に匂いを残せないと言ってつけてくれない。

 だが行為の時だけはこうして香らせてくれるのである。

 これほどまで自分を欲する男が愛しくて堪らなくなり、京哉は躰を開くと最初から何もかもを露わにしてみせる。
 狭い兵舎のベッドと違い、慣れたダブルベッドで二人は存分に溺れた。思い切り溢れさせ合う。時間も気にせず二人は存分に互いを貪った。

 そうしていつしか京哉は眩暈のような快感に意識を溶かす――。

◇◇◇◇

 ふと目を開くと目前に灰色の目があった。意図を察して腕時計を見せてくれる。

「三時半過ぎ……」

 出した声は嗄れていて霧島がベッドサイドのライティングチェスト上のグラスの水を口に含み、飲ませてくれた。三回繰り返しやっとまともな声が出せるようになる。

「忍さん、また貴方は寝てなかったんですか?」
「今から寝るから、ガミガミ言うな。だが……すまん」
「謝ることはないでしょう、僕が誘ったんだし」
「いや、これは私の気分だからな。謝らせてくれ」

 そう言って覗き込む霧島の目は格段に落ち着きを取り戻していた。やっと帰ってきたかのような愛し人に京哉は微笑む。そこに霧島は携帯を突き出した。

「どういうルートか知れんが、これがさっき届いた」

 枕元に腰掛けた霧島が携帯画面を京哉に見せる。そこには画像が表示されていた。

「あっ、スティードだ。家族も無事だったんですね」
「嫁さんも子供たちも皆、怪我もなかったそうだ。スティードは駐屯地医務室での手術も上手く行って入院中らしい。軍人は続けられないがアルペンハイム製薬の役員から残った社屋の小児病棟での仕事を打診されているという話だ」
「ふうん、良かったですね」

 頷いた霧島は普段と変わらぬ顔つき、だが僅かな翳りを京哉は見取る。その脳裏にはアラキバで逝ったイーサン=ハーベイや、ハスデヤ防衛同盟の爆撃で目の当たりにした六百名余りの死傷者を思い浮かべているのだろう。

 ふいに目を逸らした霧島はライティングチェストに置いていた京哉の煙草を弄ぶ。

「煙草、吸いたいならどうぞ」
「ん……ああ、吸うか」

 オイルライターの蓋がカシャンと閉められ霧島が紫煙で溜息を誤魔化すまで京哉は黙って見ていた。ベッドのふちに腰掛けた愛し人の背に静かに京哉は声を掛ける。

「……何処にでも不公平は転がっていますよ。この日本でもね」
「そんなことは分かっている」
「あんまり考えすぎない方がいいですよ、僕らに可能なことは限られていますし」

「それも分かっている。ただ、私は忘れない。私が確かにこの目で見たあの戦いは、数百人が死んだ一度の戦いではなく、数百の人生が叩き折られた、数百人分の戦いだったということだ。せめてそれを覚えていたいだけだ」
「そっか。忍さんらしいですね」

 珍しく二本目の煙草を点けた霧島に京哉はそっと頬を寄せて太腿に擦りつけた。年上の愛し人を京哉はそれでもあまり心配はしていない。自身の力量を超えたことでウダウダ悩む性質ではないのを知っているからだ。

「トリシャとカールの赤ちゃんはミルクをお腹いっぱい飲めるようになるんです。強い子に育ってあの国で今ニコルたちが作った希望をきっと受け継ぐんですよ」
「そうだな。ああ、そういえば画像、もう一枚あるぞ」

 煙草を消してベッドに上がった霧島は京哉の被った毛布に潜り込み、まるで子供が秘密基地に隠した宝物でも見せるかのように毛布の中で携帯を操作した。

 明るくなった毛布の中でニコルとルーカス、ナイジェルが映し出される。蒼穹の下で笑顔のニコルとルーカスはそれぞれ美人の女性兵士の肩に手を回していた。

「ルーカスはあんな涼しい顔して子供ができたらしい。結婚も決まったそうだ」
「へえ、やりますね。でもああいう国で子供を作るってかなり勇気が要りそうかも」
「だが、みんながみんな踏み止まっていたら、終わってしまうだろう?」
「そうですね。あとでお祝いメールしなくちゃ。今日はもう寝ませんか?」

 頷いて霧島は携帯を枕元に放り出す。そして温かな京哉を背後から抱き締めた。

「あれだけ精勤したんだ、今日はもう有休か代休消化にしないか?」
「それは構いませんが、有休にして何をするんですか?」
「……もう一回、だめか?」

「さっき謝った人が。それに忍さん、発情期は終わったんじゃなかったんですか?」
「誰がそんなことを言ったんだ? 私は京哉、お前と一緒にいる限り発情期だぞ」
「あっ、そこは……ああっ、はぁんっ!」

 何もない黄色い砂礫の大地でも希望が生み出せることを、笑顔が作れることを教えてくれた彼らからの便りを胸に、思うさま愛し合った二人が眠りに就いたのは夜が明けてからだった。

                                  
                               了

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...