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第4話

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 マイヤー警部補は単に機捜課での先輩というだけではなく、広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミーでの先輩でもある。シドはスキップを重ねて十六歳で入校したが二年で切り上げて十八歳で任官した。マイヤー警部補は四年をキッチリ修めたので出世が早い。

 それはともかく、断れるスジでもないので参加にチェックを入れる。またハイファが五月蠅くなるだろうことは予想がついたが、これも付き合いだ、仕方がない。
 あとは適当にチェックしてポイとハイファのデスクに置いた。

 咥え煙草でデスク端末のホロディスプレイを操作するとドラグネットに本日のホシのポラが追加されているのを確認し、セントラル・リドリー病院からホシたちの治療スケジュールが来ていたので、それも目を通す。

「シド、いい加減に逃げてないで書かないと知らないよ」
「時間はたっぷりあるから大丈夫だ」
「そんなこと言って。いつ、何が起こるか分からないんだからね」
「何って、アレのことか?」
「そう、アレ。大声で言わないでよ、軍機なんだから」

 軍機、軍事機密のことである。
 じつはハイファは女性と見紛うような、なよやかな容貌に反してテラ連邦軍に未だ軍籍を持つ軍人なのだ。軍に於ける所属は中央情報局第二部別室という、一般には名称すら殆ど知られていない部署である。そこから約一年半前に惑星警察へと出向してきたのだ。
 その事実を機捜課で知るのはバディのシドとヴィンティス課長だけである。

「軍機なあ。俺だって話題にしたくもねぇが、実際、別室もここ暫くなりを潜めてるよな」
「そう言えばそうかも。でも平和でいいじゃない」
「平和って、現役別室員のお前が言うか? 曰く『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に、テラ連邦議会を裏で支える超法規的スパイ集団だろうが。目的のためなら非合法イリーガルな手段もためらいなく執る、えげつない影の実働部隊員のクセしやがって」

「嫌味だなあ。貴方だってそこに片足突っ込んでるんだからね」
「片足か? 喉元ギリギリの泥沼だぜ。大体、俺は別室にも別室長の野郎にも、何の借りも義理もねぇんだぞ。なのに何で刑事の俺が別室任務に駆り出されて、マフィアと戦争やったり、ガチの戦争に放り込まれたり、宙艦盗んで宇宙戦やらかさなきゃならねぇんだ?」

 チェーンスモークしながらノーブルな横顔を睨む。
 ハイファは書類に向かってペンを動かし続けている。

「それは貴方がイヴェントストライカ、言い換えれば『何にでもぶち当たる奇跡のチカラ』を持ってるからでーす」
「人をサイキ持ちみたいに言うなよな。サイキ持ちなら別室にもいるだろうが」

 サイキ持ちとはいわゆる超能力者のことだ。
 約千年前に存在が確認されたサイキ持ちは、多種人類の最高立法機関である汎銀河条約機構内でもテラ人と双璧を為す長命系星人と、過去のどこかで必ず混血がなされていることだけが研究で明らかになっていた。

「確かにサイキ持ちも抱えてるよ、髪の毛一本持ち上げるのがやっとの人も含めて汎銀河で予測存在数がたったの五桁っていう、貴重で稀少な人たちをね」
「その中でも使えるレヴェルの奴を集めてんだろ。そいつらを使えばいいじゃねぇか」
「貴方を含めてもウチはよく言えば少数精鋭、つまりは人手が足らないんだよね。そうでなくとも室長は特に貴方を気に入ってるみたいだし」

「けっ、あんな妖怪野郎に気に入られて嬉しいもんか。それに俺はサイキは持ってねぇんだって。星系政府登録のID特性にもサイキ持ちとは載ってねぇよ」
「まあ、そういうことにしておくよ」
「ふん。それよりお前は出向中なんだ、このまま放っておいて貰いてぇよな」
「出向して貴方と二十四時間バディシステムになってから、もう一年半以上なんだよね」

 約一年半前までのハイファは別室員として何をしていたのかといえば、やはり宇宙を駆け巡るスパイだった。ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身とミテクレとを武器に、敵をタラしては情報を分捕るという、なかなかにエグい手法で任務をこなしていたのである。

 それが七年越しの愛が実ってシドがハイファの想いに応えた途端に、それまでのような任務が務まらなくなったのだ。敵を堕としてもその先ができない、平たく云えばシド以外を受け付けない、シドとしかコトに及べなくなってしまったのである。
 これには本人も困ったが別室もハイファの処遇に困ったらしい。

「んで、クビになる寸前に別室戦術コンが『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なる御託宣を吐いた、と」
「それで僕は惑星警察に左遷、と」
「惑星警察が左遷先で悪かったな」
「周囲の見方を言ったまでだよ。僕はこの位置を誰にも譲る気はないんだからね」

「まあ、俺も単独に戻りたくねぇからな」
「苦節五年だっけ、単独は」
「各署を巡って機捜と捜一の繰り返しだったけどな」

 日々が大変にクリティカルなイヴェントストライカに、最初は『刑事は二人で一組』というAD世紀からの倣い通りに何度もバディがついた。しかし彼らの誰一人として一週間と保たず五体満足では還ってこられなかったのだ。
 勿論、現代医療のお蔭で彼らも再生・生還はしたものの、そんな有様を見てシドのバディに立候補するようなマゾは生憎いなかった。仕方なくシドはハイファがやってくるまで何年もの間、単独捜査を余儀なくされてきたのだった。

 ジンクスに洩れず、ハイファとてシドと組んだ最初の事件で死体になりかけている。シドを庇ってサイキ持ちにビームライフルで撃たれたのだ。だがそれをきっかけにシドがハイファに堕ちたので、ハイファにとっては死に甲斐(?)があったとでもいうべきであろう。
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