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第10話

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 誘導されて宙港隅のBEL駐機場にランディングしたのは九時四十七分だった。駐めた緊急機から二人は降機し、マイヤー警部補とヤマサキに礼を言う。

「タマを宜しくお願いします。危険物なんで気をつけて下さい」

 と、言ったシドにマイヤー警部補は、

「貴方がたも『研修』はくれぐれも気を付けて、ちゃんと帰ってきて下さいね。お二人のいない機捜課はつまらないですから」

 完全に面白がっているマイヤー警部補のニヤニヤ笑いから目を逸らし、二人は緊急機に背を向けた。広大な宙港を移動するための専用コイルに乗り込む。

 五分ほどで宙港メインビルに到着し、二階のロビーフロアに上がった。
 まずは太陽系のハブ宙港がある土星の衛星タイタンに向かわなければならない。タイタンには第一から第七までの宙港があり、ここを通過しないと太陽系には出入りできないシステムになっている。テラ連邦議会のお膝元の最後の砦という訳だ。

 何台も並んだ自販機でタイタン行きシャトル便のチケットを買い、シートをリザーブしてリモータに流すと、シドは暫し透明な壁越しに宙港面を眺める。
 何度もきてはいるが、このメインビルを含めて二棟並んだ大質量のビルと巨大な二基のパラボラアンテナ、見渡す限り広がる白いファイバの宙港面は、やはり壮大だった。

 白い宙港面にはゴマ粒をバラ撒いたように様々な色・形・大きさの宙艦が停泊していて、時折しずしずと降りてくるものもあれば、糸で吊られたように上昇してゆくものもある。
 まるで見えない巨人のチェスのような光景に飽きると喫煙ルームに向かった。

 次のシャトル便の出発時刻は十時二十分、シャトル便はこの二階ロビーフロアに直接エアロックを接続するので移動の時間を考えなくていい。
 煙草二本を灰にすると喫煙ルームを出た。出航十五分前、乗艦が始まったばかりのロビーフロアには列ができている。二人も並んでチェックパネルにリモータを翳しクリアしたのちエアロックをくぐった。

 普段から窓側のシートと決めているシドは今回も同じでハイファと並んで腰掛ける。キャビンアテンダントが配るワープ宿酔止めの白い錠剤を嚥下した。

 三十世紀前にワープ航法を会得したテラ人だったが、未だワープの人体に対する影響を克服するには至っていないのが現状だ。ワープ前には必ず宿酔止めの薬を服用せねばならない上に、星系間ワープは一日三回までが常識とされていた。
 それ以上でもこなせなくはないがプロの宙艦乗りでもなければ止めておいた方が得策である。無理をしたツケは体で払うハメになるのだ。

 更には怪我の治療を怠ってのワープも危険で、亜空間で傷口から血を攫われ、ワープアウトしたら真っ白な死体になっていた、などということになりかねないのである。

 まもなくアナウンスが入って出航が告げられると、僅かな振動を艦に与えただけで反重力装置とG制御装置は正常作動し、シャトル便はテラ本星の重力から切り放たれた。
 窓外にシドは目をやった。春空が徐々に色をなくしてゆき、数分後にはクリアな黒になる。それと同時にシンチレーションを止めた星々が眩く自己主張を始めた。

 六歳のときにシドは民間交易艦の事故で家族全員を失った。それまでの宇宙暮らしのせいだろうか、漆黒の空間で星が煌めきだす瞬間に郷愁のようなものを感じるのだ。

 シャトル便は二十分の通常航行でショートワープ、更に二十分の航行の四十分でタイタン第一宙港に着く。

「グラーダ星系便はタイタンの何処からだ?」
「第七宙港からワープ三回だよ。ちょっと遠いよね」
「ギリギリの三回か。第七宙港までも結構掛かるだろ?」
「うーん、四十分くらいかな」

 再び黙って窓外の星々を眺めていると、ふっと体が砂の如く四散してゆくような、不可思議な感覚を味わう。ショートワープだ。
 シャトル便は残りも順調に航行し、十一時ジャストにタイタン第一宙港に接地した。ここでもメインビルの二階ロビーフロアにエアロックが接続される。

 他の乗客らに混じってエアロックを抜けるとエレベーターで屋上へと急いだ。
 タイタンの自転周期は約十六日で、土星の影になることもあるので一概には云えないが、通常なら夜が約八日、昼が約八日続く。

 定期BEL停機場がある屋上に二人が出てみると、今は昼のフェイズだが太陽から遠いために空は薄暗かった。だが至る処に照明が設置され、却ってここは眩しいくらいだ。
 第七宙港行きの定期BELはすぐに見つかり、チェックパネルにリモータを翳して料金を支払うと、スタンバイしている大型BELに二人は乗り込んだ。

 タラップドアが閉められテイクオフしたのは十一時二十分、四十分のフライトで第七宙港の屋上に到着する。降機した二人は他の客らとともにエレベーターで二階に下りた。
 二階ロビーフロアに辿り着くと、ハイファは天井近くに浮かんでいるインフォメーションのホロティッカー表示を見上げ、グラーダ星系第三惑星ミスール行きの便を探す。

「ミスール便、首都セトメ宙港行きは十二時半発があるね」

 自販機に数分並び、ここでもチケットを押さえてシートをリザーブし、急いで通関をクリアした。リムジンコイルに乗り込んで宙艦まで運ばれる。
 コイルから降りてシドが見たところ宙艦は中型だったが新しく、汚れひとつなく磨き上げられていた。並んでいる客は殆どがビジネスマン然としたスーツの男女だ。

「へえ、結構な先進星系らしいな、グラーダ星系とやらは」
「あとで命令書と一緒に流れた資料、読み込まなくちゃ」

 チェックパネルをクリアしてエアロックをくぐり、シートに収まるとまた白い錠剤を飲み下す。ミスールには四十分ごとに三回のワープ、二時間四十分の航行で着く。
 出航して幾らも経たないうちに辺りの客が振り返るような音でシドの腹が鳴った。

「あーた、まるで僕が何にも食べさせてないみたいじゃない」
「メシどきに腹が減るのは当然だろ」
「はいはい。じゃあ、食堂に行こっか」
「早めに食って資料読んで、ワープラグ対策に少し寝ておこうぜ」

 ワープラグとは他星に行った際の時差ぼけのことである。

 立ち上がった二人は客室を出て食堂に向かった。食堂はこういった宙艦にありがちな簡素なフードコートだった。クレジットと引き替えにハンバーガーやホットドッグ、フライドポテトやサラダに飲み物を手に入れて二人はテーブル席に着き、食事に取り掛かった。

 食事中に仕事の話をしないのが二人の暗黙のルール、一回目のワープをこなしつつ雑談をしながらあっという間に軽食を平らげてしまう。
 艦のクルーたちが煙草を吸うのを目にしてシドも灰皿を借りて一服だ。

 アイスコーヒーのおかわりを買ってきたハイファが着席し、リモータアプリの十四インチホロスクリーンを立ち上げて、別室から流された付属ファイルを映し出す。
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