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第13話

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「適当に市街地を流すから。よさそうなホテルがあったら駐める。それでいい?」
「ああ、構わねぇよ。……ところでさ」
「何、どうかした?」
「何で別室はただのテロリストグループを壊滅させようとしてるんだ?」

「えっ、何でって……何でだろ?」
「幾らでも反体制グループはあるだろうに、何でこの星の――」

 後方から遠雷のような音が響いてきて、シドはリアウィンドウ越しに宙港メインビルを振り返った。発進したタクシーの中から五秒ほど眺めていたが、何の音だか分からない。まあいいかと思った次の瞬間、追突されたような衝撃がタクシーを襲った。
 リアウィンドウの透明樹脂が派手に割れる。咄嗟にシドはハイファを引き倒して覆い被さった。つんのめって停まったコイルは異変を感知し耳障りなブザーを鳴り響かせ始める。

「何、どうしたの!?」
「くそう、何だってんだよ?」

 起き上がったシドはポリカーボネートの破片を払い落としながら、ハイファとともにドアを開けて外に出た。熱気を感じて振り向く。

「おい、あれ――」

 二人の目に映ったのは煙と炎を噴き出す宙港メインビルのエントランスだった。数人がロータリー側に倒れ伏している。炎を衣服にまといつかせて走り出てきた人影が力尽きて頽れるのを目にし、シドは駆け出した。ハイファもあとを追いながら、先進テラ系星系共通のナンバを叩いて救急要請する。

 近づいてはみたものの、シドにできたのは倒れた数人を引きずって熱から遠ざけることだけだった。だがその熱源であるエントランスからの炎も消火活動を待たずに沈静化する。外壁などは難燃性ファイバだ。

「くそう、着いた早々、爆破テロかよ」
「大した歓迎イヴェントだよね……って、シド、貴方怪我してる!」

 叫んだハイファの視線で首の後ろを撫でると生温かいべたつきが手を濡らした。どうやらタクシーのリアウィンドウの破片で切ったらしい。

「何だ、俺も器用だな」
「ちょっと見せて……触っちゃだめ。どうしよう、すごい血だよ」

 ハンカチで傷を押さえたハイファの目にはもうシドしか映っていない。一方のシドは目前の惨状に目を奪われ、傷の痛みなど感じていなかった。
 数歩前に出ると誰のものか分からない、ちぎれた腕を見下ろす。

「チクショウ、ふざけやがって!」

 ドアというドアが吹き飛んで見通しの良くなったメインビル内部に再び足を踏み入れた。
 入り口付近を中心に一階ロビーフロアにも犠牲者が累々と横たわっている。
 まもなく宙港警備部の制服を着た一団が駆け付けてきた。宙港に駐在する警察官らしき者たちや白衣の宙港医務室要員も走ってくる。

「音だけ派手な爆弾で誘っておいて、人間集めて『ドカン!』とは、タチが悪いぜ」
「それでも時間的には真夜中だからね、まだマシだったのかも」

 怪我人の呻き声と女性の啜り泣きに外からの緊急音が重なり始めた。

◇◇◇◇

 救急機に乗せられたシドはハイファとともにセトメ第三救急病院に送られた。

 次々と運ばれてくる怪我人で救急処置室は戦場の如き有様、その片隅でシドは傷痕が残らないよう再生液で傷を洗い流され、滅菌ジェルをかけられ、合成蛋白接着剤で閉じた上から人工皮膚テープを貼られた。痛覚ブロックテープを首に巻いて呆けている訳にもいかず、治療はそれだけで終わりだった。

 だがやってきていた同輩、惑星警察諸兄が占領した待合室での聴取が意外に長引き、無罪放免となったときには、とっくに日付が変わっていた。
 地図を見ると第三救急病院の近くにも幾つかのホテルがあるようだったので、二人はコイルを使わずのんびりと散歩がてら、街の様子を眺めつつ歩き出す。

 恒星グラーダは傾き始め、太陽と同じG2V型スペクトルの球体は赤みを帯びて大きく見えた。これから明日の朝にかけてゆっくりと沈み、夜の日を迎えるのだ。
 ビルの谷間を肩を並べて歩きながらハイファはまだ文句を垂れている。

「ったく。よそ者からホシを出したいのは分かるけど、あの横柄な態度は酷いよね」
「今度はお前がご立腹みたいだな」
「僕らがジャンキーの痴漢を取り調べるときだって、もっと丁重だよ」

 確かに任意の事情聴取というには、やや行き過ぎだという気がシドにもしていた。だが何とか言質を取ろうとする相手の話術は大したもので、半ば感心して見ていたのだ。

「宙港はセトメ一分署の管轄か。同業者だ、許してやれよ」
「べたべた触られた手の汚れと一緒に、水に流せって?」
「何だって! お前、他に何処も触られなかっただろうな?」
「貞操は死守しました。でも貴方だって肩に手を置かれてたじゃない」

「あれは同業者としての労いってヤツだろ」
「分かってないなあ……」

 そういった目に晒されることに慣れているハイファは、地元刑事たちがシドに向ける視線にも粘っこいものが含まれていたのを見逃してはいなかった。

「ところで傷は痛まない?」
「ああ、何ともねぇよ」

「でも、あと数ミリで頸椎をざっくりやられるところだったって、お医者さんが言ってたよ。爆破にも直接巻き込まれずに済んだし運がよかったよね」
「天は行いを見ている。俺に感謝しろよ」

「はいはい、イヴェントストライカ」
「そいつを言うなって、嫌な予感がしてくるから。……ところで現地レポに発振はしたんだろうな?」
「救急機の中でしたんだけど寝てるのかな。返事はまだこないよ」
「暢気なスパイもあったもんだぜ。……で、もうひとつ。気が付いてるか?」
「って、何が?」

 怪訝な顔のハイファの手を掴むなりシドは駆け出した。センサ感知で街灯が灯り始めたファイバの歩道をワンブロック走りきり、オフィスビルの角を右に曲がる。

「シド、そんなに走ったら傷に障るって!」
「いいからこい!」

 オフィスビルの外周を巡るかのように更に右に曲がると、シドはビルの外壁に背を張り付かせた。その動きでハイファも悟り、シドに倣う。
 慌ただしい足音が近づいてきた。次には中年男二人組が目前に飛び出してくる。その顎の下にシドとハイファはそれぞれ銃を突き付けた。

「動くな! そのまま手を上げろ。……お前ら、何者だ?」

 病院を出てからずっと尾行つけられていたことにシドは気付いていた。安物のスーツを着た二人の男らを銃口で促し、壁に手をつかせる。膝裏を蹴って脚を開かせた。素早くボディチェックをして懐の銃を発見する。

「レーザー、ロデスM350か」

 ロデスはテラ連邦軍や各星系の惑星警察が多く制式採用しているハンドガンだ。

「もう一度だけ訊く。何者だ?」

 背に銃口をねじ込まれ、シドの低い声に本気を聞き取った男は、喘ぐように口をぱくぱくさせたのち言葉を押し出した。

「……広域惑星警察……公安部だ」
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