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第31話

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「クロード、貴様、よくも『エウテーベの楯』の名を――」
「何だ、ライアン。汚したとでも言いたいのか?」
「ああ、まさにその通りだ。あれはテロなんかじゃない、ただの大量無差別殺人だ」

「それを世はテロという……ライアン、ロクに仕事もしないお前にだけは言われたくないな。スポンサーは俺の仕事ぶりに満足してくれているんだ」
「仕事ならしている、貴様と違って思想と信念を持って、な」

「ふっ、はっはっは――」
「何が可笑しい!?」
「メディアが流しもしないラシッドの工場爆破か。お前の仕事は所詮そこ止まりってことだ。お前は人を殺すことを厭うているんじゃない、腰が引けているんだ」
「……」

 怒りも突き抜けてしまったのか、ライアンは言葉と一緒にショートカクテルを飲み干した。その間にもクロードはハイファの乾きかけた金のしっぽを弄び出す。先日別れたときにはタラシモードだったハイファである。脈があるとでも思い込んでいるのかも知れない。

 そこでハイファはクロードに首を傾げてみせる。

「ねえ、今度は病院だって本当なの?」
「ああ。世間をあっと言わせて、恐れおののかせてこそのテロだからな」
「で、何処の病院を狙うのサ?」
「それはこんな所じゃ言えないな」

 と、薄い肩に手を触れてハイファの耳元に口を寄せた。

「二人きりでどうだ?」
「二人きりって?」
「すぐ近くにホテルがある、そこでなら教えてやる。金庫番の話も聞きたいんだろう?」
「え、でも――」

 迷うフリはしたが、ハイファとてシドの目前でそこまで自分を売るほど胆は太くない。気を持たせて相手の方が情報を小出しにするのを待つ。だがあの手この手で自尊心をくすぐる言葉を並べてみたが、クロードの猜疑心を融かすまではいかないようだった。

 しかしこうなるとハイファも意地だ。オレンジジュースがミモザになり、カシスオレンジを経てスクリュードライバーになる頃には、その病院がセトメ第三救急病院であることを見事に吐かせていた。
 一応の収穫を得て満足し、シドに一声かけた。

「ちょっと僕、お手洗い行ってくるね」

 ほんのり頬が温かくなった程度で酔ってはいないつもりだった。クロードが出した手をさらりと避けて、テーブル席の向こう側の扉へと歩き出す。だが数歩も行かず乾いたばかりの後ろ髪のしっぽを掴まれて体勢を崩した。引っ張られてテーブル上に上体を押し倒される。のしかかり押さえつけてきたのはクロードの連れ二人だ。

 こんな所でいったい何をしようとしたのか、さっぱり分からない。だがのしかかられて懐の銃を抜くことも叶わず、首筋に気味の悪い息が吹きかけられた。

「クロードさんが『色』にしてやろうってのに、つれない態度じゃねぇか」
「二人きりが嫌なら俺たちみんなで遊んでやるぜ、どうだ?」

 暴れて蹴り上げるも却って膝を割られ、間に入られてしまった。腕を振り回すもこぶしは男の何処も捉えず、己の非力さにハイファはうんざりする。

 一方でハイファの態度にずっと腹を立て続けていたシドは、頭の中でテンカウントしてからおもむろにキレた。
 スツールから立ち上がってハイファにのしかかった男に歩み寄ると腕を掴み、背後に捻り上げて床に突き飛ばす。椅子を倒しテーブルにぶつかった男の胸元を掴んで引き起こし、みぞおちに膝蹴りを食らわせた。

 背中に掴みかかってきたもう一人の男に腰の入った回し蹴りを叩き込む。衝撃で男は吹っ飛んだ。しかし男は起き上がるなり気合いの入ったパンチを繰り出してくる。スリッピング、上体を捩って避けるながら一歩踏み込んだ。腕と胸元を掴んで体を返すと腰に体重を乗せて一本背負い、床に叩き付けた。男は呻いて動かなくなる。

「ふん。ハイファ、帰るぞ」
「あ、待って――」

 その異音が店内に響いた刹那、シドとハイファは振り返りざまに銃を引き抜いていた。だが発砲はしない、ここで敵は作りたくなかった。

「シド、貴方血が!」
「ああ、意外といい腕してやがるぜ」

 それなりにタフらしい男たちの銃から発射された弾の一発はカウンター上のジントニックのグラスを割り、一発はシドの右頬を擦過して血を流させていた。
 銃を構え睨み合ったまま十数秒、無口なバーテンがクロードのグラスをさっさと片づけたのをきっかけに、来たときと同じく薄笑いを張り付かせたクロード一行は店を出て行った。

 シドとハイファがスツールに戻り、バーテンが新しいグラスを二人の前に置くと、ようやく店内の空気も元通りに流れ出す。バーテンが出してきたファーストエイドキットでハイファは甲斐甲斐しくシドの処置し、それぞれがグラスを干してからライアン共々腰を上げた。

◇◇◇◇

 シドとハイファにライアンの三人は濡れた衣服を着替えたのち、二人が借り受けた廃ビルマンションの部屋でソファでロウテーブルを囲んだ。
 二十五時、あと数分で日付が変わるという時間である。
 ハイファが淹れたコーヒーを前にしてライアンは口火を切った。

「俺の陣営として仕事を受けて貰いたい」

 テロをしに来た訳でない二人は顔を見合わせる。

「心配せずともあんたたちに無差別な人殺しはさせない。訳ありなんだろう?」
「すまんが、察しの通りだ」
「ターゲットはクロード=サティだ。もうあの殺人狂を野放しにはできない。粛清する」
「そうか。俺も一口乗せてくれ」

 あっさりと了解したバディにハイファは柳眉をひそめた。

「シド、貴方そんな簡単に内ゲバの片棒を担ぐの?」
「簡単じゃねぇよ。奴が宣言した通りなら、四日のうちにはセトメ第三救急病院にケミカル・テロが仕掛けられるんだぞ」
「でもクロードを殺すなんてこと、エドは知らないんでしょ。粛清なんて言ったって、統制されない内輪揉めでの殺し、やっぱり所詮は内ゲバじゃない」

 余計な殺し合いなど真っ平で、おまけにクロードを殺してしまえばスポンサーに辿り着く一番太いラインが断たれてしまうことにもなりかねないのだ。

「なら、ライアンに勝手にやれとでも言うのかよ?」
「そうは言わないけど、せめてリーダーの判断くらい仰いでからじゃないと……」
「発振しているが、こういったときのエドは返事を寄越さないのが常なんだ」
「いい。こいつが何を言おうが俺はあんたと一緒に行く。ガードの二人だけじゃねぇ、クロード本人も懐に呑んでやがったからな」

「気付いていたか」
「まあな。この星系で違法モノの銃を身に着けているとは、大した羽振りの良さだよな」
「じつは俺も一丁、支給されてはいる。幹部の自決用だと割り切っているが」

「そいつは気が利いてるっつーか……それでクロードの件はどうするんだ?」
「今晩中にケリをつけたい。明日は昼の日だ、明るくなってしまう前にここを出る」

 急な話だったが、病院にテロを仕掛けられる前に動かなければならない。

「で、ヤサは?」
「分かっている」
「よし、出ようぜ」
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