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第41話
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囁き合いながら二人は再びエレベーターで最上階の五十八階に上がった。
迷わず京哉は廊下を辿り、河合社長から詳しく聞いたドン・ガーウィンの部屋へと近づいてゆく。途中には既にガスで眠りこけたダークスーツの男やワゴンに凭れたメイド服の女性、いかにもなチンピラの座り込んだ姿などが散見された。
コージは時折レンズを向けながら京哉についてくる。
誰もが時間を凍らせたように眠っていた。
そうしてドン・ガーウィンの部屋の前に立ったが京哉の用はそこにない。目的は隣の部屋でガードの待機所である。そっとドアノブを回すと簡単に開いた。
「ドン・ガーウィンに訊いた方が早いんじゃないか?」
「ドンなんて面倒なだけ、相手にしてるヒマはないですから」
もし復讐するなら、あとでゆっくりすればいいのだ。今は何より霧島優先である。
ドアから室内に踏み入ったが一瞥して霧島がいないのは分かった。ガードらしい五人がソファで眠っているばかりだ。
だが彼らが囲んだロウテーブル上にはゲームのカードと、ショルダーホルスタに入ったシグ・ザウエルP226にスペアマガジン入りパウチ、それに霧島の警察手帳と携帯が置かれていた。
弾かれたように京哉が駆け寄りそれらを手にする。ショルダーバッグに収めるのをコージはじっと見ていた。京哉の動きは素早かったが丁寧で愛しげな手つきだった。
「それで、ここからはどうするんだ?」
「分からないから訊く。気の毒だけど一人だけ目を覚まして貰います」
まずはソファで眠る男のうち一人のダークスーツの懐から銃を抜いて安全装置をかけ、ロウテーブルの端に置く。次に京哉はガスの解毒剤を取り出した。男の袖を引っ張り上げて肘関節より上を押さえ、静脈を浮かせて解毒剤を注射する。
一分と経たず目を覚ました男は状況が呑み込めないまま懐に手をやったが、銃がないだけでなく京哉のシグ・ザウエルP226の銃口を目前にして動きを止めた。
「二度は訊かない。東洋人で目が灰色の男の人が拉致されてここに来ましたよね?」
コージの通訳を聞いて男は必死に頷く。声を弾ませることもなく京哉は続けた。
「じゃあ何階のどの部屋にいるのか教えて下さい」
「ご、五十七階、七〇二号室」
「有難うございます」
単純な英語を通訳なしで理解した京哉はそう言い、にっこりと微笑む。そしてそのまま発砲していた。怯えて声を震わせていた男は頭に九ミリパラを食らい、ソファの背にぐったりと身を凭れさせた。脳幹を撃ち抜かれて即死である。
あまりの呆気なさにコージは驚くと共に、鳴海京哉という人物の精神構造が突然にして分からなくなっていた。
ずっと京哉は無表情を通していたので、口では『全員許さない』などと洩らしても実感を伴った言葉として捉えられなかったのだ。
バディでパートナーの霧島を拉致された京哉が、他人には計り知れないほど怒りを溜めている。そんな当然のことすらコージには明確に伝わっていなかった。
京哉の心の壊れた部分がストレートな表現をさせず分かりづらくしていたのもあるが、何より京哉は上手くコージを騙していたのだ。
本気で敵を片端から殺す気でいると知られないように。
もしも復讐戦になった時、メディアの人間に知られていては邪魔だからである。それにコージも復讐の対象から外してはいない。
だが可能性を得た京哉はコージを置いていく勢いで室外に駆け出して行ってしまった。コージは慌ててあとを追う。
ここまで簡単に人を殺せる人間と知っても、やはりマフィアよりは心情的に近い。それに今に限って一人にしておける精神状態でないことだけは分かっていたからだ。これで霧島が死んでいたら京哉は後追いしかねない。
「鳴海、待ってくれ!」
情けない声を上げながら追い縋り、階段を駆け下りて廊下を走り抜ける。薄い背を追って辿り着いたのは高級ホテルのような雰囲気のドアが並ぶ一角だった。
七〇二号室のドアは意外にもロックが掛かっていなかった。もどかしげに京哉がドアを大きく引き開ける。お蔭でどんなことが室内でなされていたのか、コージにもはっきりと見て取れた。そこには目を背けたくなるような光景があった。
ベッドには半裸で血塗れの死体がふたつ。首筋を切り裂かれ頭を割られて血みどろだ。そこからさほど離れていない絨毯敷きのフリースペースに三人が折り重なるようにして倒れている。
一番下になったのが衣服も身に着けず頭から血を被った霧島だった。明らかに本人も大量出血していると分かる状態の霧島が生きているのかどうかは分からない。
血と脳漿が生臭く立ち込める中、霧島の傍にはグリップまで血塗れの銀色の銃が転がっている。その銃がどんな使われ方をしたのか誰にでも理解できるほど霧島は無惨な姿をしていた。
「忍さん、そんな……嫌だーっ!」
押し隠していた感情を引き千切るような悲痛な京哉の叫びで我に返り、コージは立ち尽くした京哉を押し退けて霧島に駆け寄った。冷静にバイタルサインを看ると何もかもが速かったが生の証しが触れる。
振り返って京哉に頷いた。
「鳴海、ガスの解毒剤だ!」
「生きてる? 本当に忍さん、生きてるんですか!?」
答えを待たずに京哉は駆け出してきて血が付くのも構わず霧島に縋りつく。
二人からそっと離れたコージは洗面所でカップ一杯の水を調達してきた。霧島に解毒剤を注射した京哉にカップを渡すと、京哉は自分で口に含み霧島に口移しで飲ませる。
もうひとくちの水を飲ませながら京哉が涙を零すのを眺め、コージは非常な自制心でファインダーに捉えるのを止した。後悔の一枚になると確信したくらい京哉は綺麗だった。
やがて目を開けた霧島は、黙ったまま京哉を抱き締めた。
迷わず京哉は廊下を辿り、河合社長から詳しく聞いたドン・ガーウィンの部屋へと近づいてゆく。途中には既にガスで眠りこけたダークスーツの男やワゴンに凭れたメイド服の女性、いかにもなチンピラの座り込んだ姿などが散見された。
コージは時折レンズを向けながら京哉についてくる。
誰もが時間を凍らせたように眠っていた。
そうしてドン・ガーウィンの部屋の前に立ったが京哉の用はそこにない。目的は隣の部屋でガードの待機所である。そっとドアノブを回すと簡単に開いた。
「ドン・ガーウィンに訊いた方が早いんじゃないか?」
「ドンなんて面倒なだけ、相手にしてるヒマはないですから」
もし復讐するなら、あとでゆっくりすればいいのだ。今は何より霧島優先である。
ドアから室内に踏み入ったが一瞥して霧島がいないのは分かった。ガードらしい五人がソファで眠っているばかりだ。
だが彼らが囲んだロウテーブル上にはゲームのカードと、ショルダーホルスタに入ったシグ・ザウエルP226にスペアマガジン入りパウチ、それに霧島の警察手帳と携帯が置かれていた。
弾かれたように京哉が駆け寄りそれらを手にする。ショルダーバッグに収めるのをコージはじっと見ていた。京哉の動きは素早かったが丁寧で愛しげな手つきだった。
「それで、ここからはどうするんだ?」
「分からないから訊く。気の毒だけど一人だけ目を覚まして貰います」
まずはソファで眠る男のうち一人のダークスーツの懐から銃を抜いて安全装置をかけ、ロウテーブルの端に置く。次に京哉はガスの解毒剤を取り出した。男の袖を引っ張り上げて肘関節より上を押さえ、静脈を浮かせて解毒剤を注射する。
一分と経たず目を覚ました男は状況が呑み込めないまま懐に手をやったが、銃がないだけでなく京哉のシグ・ザウエルP226の銃口を目前にして動きを止めた。
「二度は訊かない。東洋人で目が灰色の男の人が拉致されてここに来ましたよね?」
コージの通訳を聞いて男は必死に頷く。声を弾ませることもなく京哉は続けた。
「じゃあ何階のどの部屋にいるのか教えて下さい」
「ご、五十七階、七〇二号室」
「有難うございます」
単純な英語を通訳なしで理解した京哉はそう言い、にっこりと微笑む。そしてそのまま発砲していた。怯えて声を震わせていた男は頭に九ミリパラを食らい、ソファの背にぐったりと身を凭れさせた。脳幹を撃ち抜かれて即死である。
あまりの呆気なさにコージは驚くと共に、鳴海京哉という人物の精神構造が突然にして分からなくなっていた。
ずっと京哉は無表情を通していたので、口では『全員許さない』などと洩らしても実感を伴った言葉として捉えられなかったのだ。
バディでパートナーの霧島を拉致された京哉が、他人には計り知れないほど怒りを溜めている。そんな当然のことすらコージには明確に伝わっていなかった。
京哉の心の壊れた部分がストレートな表現をさせず分かりづらくしていたのもあるが、何より京哉は上手くコージを騙していたのだ。
本気で敵を片端から殺す気でいると知られないように。
もしも復讐戦になった時、メディアの人間に知られていては邪魔だからである。それにコージも復讐の対象から外してはいない。
だが可能性を得た京哉はコージを置いていく勢いで室外に駆け出して行ってしまった。コージは慌ててあとを追う。
ここまで簡単に人を殺せる人間と知っても、やはりマフィアよりは心情的に近い。それに今に限って一人にしておける精神状態でないことだけは分かっていたからだ。これで霧島が死んでいたら京哉は後追いしかねない。
「鳴海、待ってくれ!」
情けない声を上げながら追い縋り、階段を駆け下りて廊下を走り抜ける。薄い背を追って辿り着いたのは高級ホテルのような雰囲気のドアが並ぶ一角だった。
七〇二号室のドアは意外にもロックが掛かっていなかった。もどかしげに京哉がドアを大きく引き開ける。お蔭でどんなことが室内でなされていたのか、コージにもはっきりと見て取れた。そこには目を背けたくなるような光景があった。
ベッドには半裸で血塗れの死体がふたつ。首筋を切り裂かれ頭を割られて血みどろだ。そこからさほど離れていない絨毯敷きのフリースペースに三人が折り重なるようにして倒れている。
一番下になったのが衣服も身に着けず頭から血を被った霧島だった。明らかに本人も大量出血していると分かる状態の霧島が生きているのかどうかは分からない。
血と脳漿が生臭く立ち込める中、霧島の傍にはグリップまで血塗れの銀色の銃が転がっている。その銃がどんな使われ方をしたのか誰にでも理解できるほど霧島は無惨な姿をしていた。
「忍さん、そんな……嫌だーっ!」
押し隠していた感情を引き千切るような悲痛な京哉の叫びで我に返り、コージは立ち尽くした京哉を押し退けて霧島に駆け寄った。冷静にバイタルサインを看ると何もかもが速かったが生の証しが触れる。
振り返って京哉に頷いた。
「鳴海、ガスの解毒剤だ!」
「生きてる? 本当に忍さん、生きてるんですか!?」
答えを待たずに京哉は駆け出してきて血が付くのも構わず霧島に縋りつく。
二人からそっと離れたコージは洗面所でカップ一杯の水を調達してきた。霧島に解毒剤を注射した京哉にカップを渡すと、京哉は自分で口に含み霧島に口移しで飲ませる。
もうひとくちの水を飲ませながら京哉が涙を零すのを眺め、コージは非常な自制心でファインダーに捉えるのを止した。後悔の一枚になると確信したくらい京哉は綺麗だった。
やがて目を開けた霧島は、黙ったまま京哉を抱き締めた。
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