56 / 63
第56話
しおりを挟む
「小田切さんはどうしますか?」
「俺はバスで機捜に戻るさ。それより霧島さんの心配をしてやれよ」
「分かりました。有難うございます、副隊長。じゃあ」
包帯で巻き固めた右手首をアームホルダーで首から吊った霧島を助手席に座らせ、京哉の運転で帰途に就く。真城市内に入ると第一目的地はスーパーカガミヤだ。
大量の買い物をしてから月極駐車場に白いセダンを押し込み、車内に幾つもストックしてあった大きなエコバッグを総動員した二人はやっと自宅マンションに帰り着いた。
「久しぶりの我が家だな」
嬉しそうな霧島に京哉も微笑まされる。食品を冷蔵庫に収めながら訊いた。
「一週間ぶりですね。お腹は空いてないですか?」
「腹か。少し減ったような気はする」
「じゃあ何か作りますから貴方は……無理はしないで好きにしてて下さい」
やはり霧島はじっとしていられず室内をうろうろと徘徊し続ける。その間に京哉は手早くパンケーキを焼き、ベーコンとほうれん草のソテーにコーンスープとサラダを作り上げた。普段の京哉が作る朝食的なものは和食だが、こちらの方が食べやすいと思ってのメニューだ。
テーブルにインスタントコーヒーとカトラリーまで準備して霧島を呼ぶ。
「食べられるなら座って下さい」
「ん、ああ、すまん」
着席した霧島は腹が減ったという割に食欲がないのか、パンケーキにぐさぐさフォークを刺してはドレスシャツの袖で額の汗を拭っている。コーヒーだけは空になったので脱水症状まで併発しないよう京哉はグラスにスポーツ飲料を注いでやった。
そうして振り向くと霧島の左手の甲にフォークが突き刺さっていてギョッとする。
「何やってるんですかっ! 忍さん、ちょ、それ、動かさないで!」
「これか。手が痺れて感覚がないんだ」
「真顔でそんな……あああ、もう!」
手を出すまでもなく霧島は自分でフォークを引き抜いた。途端に血が溢れ出し京哉は寝室に走って清潔なタオルと救急箱を抱えて戻る。
タオルを巻いてやると、霧島は何事もなかったようにグラスに口をつけて一気に半分を飲み干した。するともう涼しい顔に戻っている。
取り敢えず京哉はフォークの痕を治療したが涼しい顔は痛みすら表さない。
だがその表情は誰よりも高いプライドの成せる技であり、強靭な意志力を振り絞るようにして作り上げているのを京哉は察していた。そんな状態をずっと維持することなどできる訳もなく、抑えがたい衝動と霧島は全力で戦っているのだ。
まだ何をやらかすか知れない超不安定な愛し人の処置を終えて京哉は食事に戻る。食欲は失せていたが自分まで体調を崩すと目も当てられない。少々無理をしてプレート上のものを綺麗にさらえた。食べ終わるとグラスにスポーツ飲料を足してやる。
後片付けしてからナイフやフォークに包丁などの刃物をひとまとめにして鍵の掛かる食器棚の引き出しに放り込んだ。銃も危ないので自分のものは身に着けたままだ。
霧島の銃を取り上げるのは何よりプライドを傷つける。もし銃で何事か引き起こす事態になったら自分の銃で止めるしかない。これなら勝てなくても負けないだろう。
そんなことまで考えながら食器棚の引き出しの鍵を掛けてポケットに入れた。振り向くと背後に霧島が立っていて、まるで気配がゼロだったため飛び上がるほど驚く。
「うわ! どうしたんです、何かありましたか?」
「いや、ただ……ここに帰ったのは失敗だったかも知れん。すまん」
「何言って。僕も貴方に自宅療養して欲しかったんですから、謝る必要なし!」
少し頬を緩めた霧島だったが心は落ち着きを知らず焦燥の只中にあった。スポーツ飲料を一気飲みし、アームホルダーを早々に外して立ち上がると室内徘徊しだす。
自覚しながら霧島は自身を止められない。だが非常に拙い事態だというのはもっと自覚していて、しかしどうすればいいのか皆目見当もつかなかった。
普段から迷い悩むことを知らない性格である。見当がつかない、出口が見えないという状態そのものもストレスになり、身を炙るような焦燥感に加速が掛かって暴発を繰り返す結果となっていた。
結局その日は昼夜関係なく、京哉の監視下で霧島は室内を歩き回って過ごした。
「俺はバスで機捜に戻るさ。それより霧島さんの心配をしてやれよ」
「分かりました。有難うございます、副隊長。じゃあ」
包帯で巻き固めた右手首をアームホルダーで首から吊った霧島を助手席に座らせ、京哉の運転で帰途に就く。真城市内に入ると第一目的地はスーパーカガミヤだ。
大量の買い物をしてから月極駐車場に白いセダンを押し込み、車内に幾つもストックしてあった大きなエコバッグを総動員した二人はやっと自宅マンションに帰り着いた。
「久しぶりの我が家だな」
嬉しそうな霧島に京哉も微笑まされる。食品を冷蔵庫に収めながら訊いた。
「一週間ぶりですね。お腹は空いてないですか?」
「腹か。少し減ったような気はする」
「じゃあ何か作りますから貴方は……無理はしないで好きにしてて下さい」
やはり霧島はじっとしていられず室内をうろうろと徘徊し続ける。その間に京哉は手早くパンケーキを焼き、ベーコンとほうれん草のソテーにコーンスープとサラダを作り上げた。普段の京哉が作る朝食的なものは和食だが、こちらの方が食べやすいと思ってのメニューだ。
テーブルにインスタントコーヒーとカトラリーまで準備して霧島を呼ぶ。
「食べられるなら座って下さい」
「ん、ああ、すまん」
着席した霧島は腹が減ったという割に食欲がないのか、パンケーキにぐさぐさフォークを刺してはドレスシャツの袖で額の汗を拭っている。コーヒーだけは空になったので脱水症状まで併発しないよう京哉はグラスにスポーツ飲料を注いでやった。
そうして振り向くと霧島の左手の甲にフォークが突き刺さっていてギョッとする。
「何やってるんですかっ! 忍さん、ちょ、それ、動かさないで!」
「これか。手が痺れて感覚がないんだ」
「真顔でそんな……あああ、もう!」
手を出すまでもなく霧島は自分でフォークを引き抜いた。途端に血が溢れ出し京哉は寝室に走って清潔なタオルと救急箱を抱えて戻る。
タオルを巻いてやると、霧島は何事もなかったようにグラスに口をつけて一気に半分を飲み干した。するともう涼しい顔に戻っている。
取り敢えず京哉はフォークの痕を治療したが涼しい顔は痛みすら表さない。
だがその表情は誰よりも高いプライドの成せる技であり、強靭な意志力を振り絞るようにして作り上げているのを京哉は察していた。そんな状態をずっと維持することなどできる訳もなく、抑えがたい衝動と霧島は全力で戦っているのだ。
まだ何をやらかすか知れない超不安定な愛し人の処置を終えて京哉は食事に戻る。食欲は失せていたが自分まで体調を崩すと目も当てられない。少々無理をしてプレート上のものを綺麗にさらえた。食べ終わるとグラスにスポーツ飲料を足してやる。
後片付けしてからナイフやフォークに包丁などの刃物をひとまとめにして鍵の掛かる食器棚の引き出しに放り込んだ。銃も危ないので自分のものは身に着けたままだ。
霧島の銃を取り上げるのは何よりプライドを傷つける。もし銃で何事か引き起こす事態になったら自分の銃で止めるしかない。これなら勝てなくても負けないだろう。
そんなことまで考えながら食器棚の引き出しの鍵を掛けてポケットに入れた。振り向くと背後に霧島が立っていて、まるで気配がゼロだったため飛び上がるほど驚く。
「うわ! どうしたんです、何かありましたか?」
「いや、ただ……ここに帰ったのは失敗だったかも知れん。すまん」
「何言って。僕も貴方に自宅療養して欲しかったんですから、謝る必要なし!」
少し頬を緩めた霧島だったが心は落ち着きを知らず焦燥の只中にあった。スポーツ飲料を一気飲みし、アームホルダーを早々に外して立ち上がると室内徘徊しだす。
自覚しながら霧島は自身を止められない。だが非常に拙い事態だというのはもっと自覚していて、しかしどうすればいいのか皆目見当もつかなかった。
普段から迷い悩むことを知らない性格である。見当がつかない、出口が見えないという状態そのものもストレスになり、身を炙るような焦燥感に加速が掛かって暴発を繰り返す結果となっていた。
結局その日は昼夜関係なく、京哉の監視下で霧島は室内を歩き回って過ごした。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる