Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

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第20話

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 入った所は広いロビー、三階まで吹き抜けの高い天井からは巨大で精緻な細工のシャンデリアが下がって虹色の光を投げている。左側には宿泊客以外も利用可能らしいカフェテリア、右のホールにフロントがあった。

 どこもかしこも広くピカピカに磨き上げられた石材は本物の大理石っぽい。
 あちこちにこれもマーブルの円柱が立っている。足元も磨き込まれたマーブルは色違いのブロックを組み合わせた幾何学模様だ。幾つか置かれたソファでは人々が新聞を読んだり語らったりと思い思いに過ごしている。主に男性が多いのはこの国の宗教観のせいだろうか。水に憧憬でもあるのか至る所に熱帯魚の水槽が配置されているのが目新しい。

 それらが混然一体となって決して派手ではないが豪奢な空間が出来上がっている。
 迷いなくフロントカウンターに向かい、声を掛けるのは無論霧島の役目だ。

「ツインで喫煙、空いているだろうか?」

 英語だったが国外任務の積み重ねで京哉のお粗末な語学力も多少はマシになっている。お蔭で意味を解し、その科白に京哉は不思議な思いを抱いて霧島を見上げた。灰色の目を見て、ああ、なるほどと察する。いつもはダブルを取るので妙に感じたが、この国の主流宗教観を考慮して今回霧島は我慢したのだ。同性愛が罪の国は多い。

 だがツインでも何ら構わない。ベッドの片方を使うか否かは勝手である。

「お待ち下さい……九階九〇七号室になりますが宜しいでしょうか」
「空いていたぞ、京哉。良かったな」

 キィを貰いポーターには案内だけ頼んでロビーを縦断しエレベーターに乗り込む。エレベーター内の表示でこのマートルホテルが十一階建てだと京哉は知った。九階で降りて廊下を辿る。部屋までの間に霧島がポーターに対してパソコンの貸し出しがあるか確認した。首尾よくノートパソコンを二台要求する。

 九〇七号室の前でポーターが立ち止まって一礼した。

「こちらがお部屋です。ごゆっくりおくつろぎ下さい。パソコンはのちほど」

 礼を言ってチップをドル紙幣で渡し、開けられたドアから入ってみる。

「わあ、窓が大きいし、広ーい!」
「この面積が豪華な気がするな」
「遠慮せず忍さんの言う通り、ここにして良かった!」

 一見してフリースペースが広い。ソファセットは片側が三人掛けだ。デスクにチェア、クローゼットにキャビネットなどの調度は木目の綺麗な赤茶色で統一され、壁紙はクリーム色の地にペールブルーの小花のエンボスである。絨毯はブルー系で複雑な織り模様が美しい。日本だったらジュニアスイート並みの設えだった。

 ベッドはセミダブルが二台、奥のドアの中に洗面所とバス・トイレがあり、ソファの横には冷蔵庫も備え付けられ中にはサーヴィスのミネラルウォーターがあった。

 窓には重厚なビロードと繊細なレースのカーテンが掛かり、タッセルで留められたそれは大きく取られた窓を額縁のように見せている。窓外に見える向かいのビルにも何やら分からない巨大魚が描かれ、赤い金魚を呑み込もうとしていて結構面白い。

 全てを検分して満足した京哉が戻ってくるとドアチャイムが鳴った。霧島が開けるとポーターがノートパソコンを二台抱えていた。受け取ってまたチップを払う。
 二人は向かい合わせでソファセットのロウテーブルにノートパソコンをセットし、起動させた。早速京哉はキィボードを叩いてやる気のあるところを見せる。

「さあて、ナルコム社を調べるぞーっと」
「頑張ってくれ、期待しているぞ」
「期待って、忍さんは何をするんですか?」

 霧島は京哉が下ろしたショルダーバッグの中を探り、専用コントローラを出した。

「私はナルコム社の最大のヒット作について深く考察するんだ」

◇◇◇◇

 二時間ほどもハンターキラーに熱中した霧島は被撃墜王となって少々凹み、部屋を見回して電気ポットを発見すると洗って湯を沸かした。これもサーヴィスのインスタントコーヒーを淹れ、京哉のパソコンの傍に湯気の立つカップを置いてやる。

 パソコンとにらめっこしているバディの邪魔をしないようヒマな霧島はバスルームを使うことにした。タイを緩めショルダーホルスタを解いてバスルーム前で衣服を脱ぐ。熱いシャワーを浴びると航空機での移動疲れも融け流れていくようだった。

 バスルームから出てみると足元のバスケットにバスタオルとホテルのガウンに下着までが揃えられていた。有難く躰を拭いて身に着ける。
 部屋に出て行くと、まだ京哉は奮闘中だった。

 冷蔵庫のミネラルウォーターを出して一気飲みする。溜息をついて煙草を咥えるとTVを点けてみた。音量を抑えて地元局のニュースを眺める。さすがに早口で読み上げられるアラビア語は意味不明だったが、英語で解説文が出るので内容は分かった。

 ニュースでは刑事事件から俳優の電撃結婚まで報道していたが、内戦が取り上げられたのは僅かな時間だけだった。まるで他国の出来事のようだ。

 色々と局を変えて情報収集し分かったのは、このカランドなる国はあまり治安が良くないことと、一般人は内戦にそれほど興味がないらしいことだった。治安の悪さはマフィアが抱えた歓楽街に由来する。他人事のようでも内戦中で国内には銃などが当たり前に流れ込んでいるのだ。銃犯罪は日常茶飯事、だがこのエーサを普通に歩く分には支障なさそうだ。

「うーん、目が疲れたよーっ!」

 目を僅かに赤くした京哉が伸びをして冷め切ったコーヒーを飲む。 

「ご苦労。で、何か出たのか?」
「『ご苦労』じゃないですよ、ったく。幾ら日本語設定にしても訳分かんない怪しい日本語だし、だからって現地語をいちいち翻訳サイトに通しても謎な日本語を解読しなきゃならないのは一緒なんだし。調べる前に言葉の壁にも阻まれる僕の苦労を考えて下さい」

「だからご苦労と言ったんだが、そんなにプリプリと怒るな。美人が台無しだぞ」

 そう言って霧島は身を乗り出し京哉の襟元を掴んで引き寄せると、ロウテーブル越しに唇を奪った。体勢が悪くすぐに離れたが雑に羽織ったガウンの合わせから覗く逞しい胸から男の色気を立ち上らせていて、半ば京哉の不機嫌を蒸発させてしまう。

 それでも京哉は意地で怒ったふりを続けながら伊達眼鏡を中指で押し上げた。
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