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第59話
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「旨い紅茶が飲みたくなったらいらして下さい。宿代サーヴィスしますから」
「いや、今度はわしのウィスキーに付き合うんじゃ、悪ガキの息子どもよ」
口々に言うバー・バッカスのマスターとシェリフ・パイク=ノーマンだけでなく、見送りには街の人々の他、事態を知り戻ってきたキーファとフィオナ夫婦まで揃っていた。
あの銃撃戦の翌々日の朝だった。病院での応急処置と一晩の入院を終えた二人はバー・バッカスに戻り、一泊したのち帰国するというので皆が集まったのだ。
遠く芥子畑だった場所から立ち上る幾条もの煙が見える。もう丘は赤くない。
何れはあの丘にも茶の木が植えられ、金の雫がこの地を潤すのだろうと思われた。
手術も成功したケネスが喜んでいたのを思い返しつつ、二人は別れの挨拶をする。
「お世話になりました」
「あまり飲み過ぎるなよ、シェリフ」
「では、参りましょう。フヒヒヒ」
ベルジュラックの出してくれたヘリに霧島と京哉は乗り込むと、窓の外に手を振った。黒塗りのヘリがテイクオフする。ヘリはナフル第一基地付属空港まで飛んだ。
葬儀屋に礼を言って双発機に乗り換え、首都ラヴンの国際空港に到着する。
チケットカウンターで直接チケットを買った二人が成田国際空港に辿り着いたのは十九時半だった。空港を出て電車とバスを乗り継ぎ県警本部庁舎に向かう。
最上階の県警本部長室に着いてみると、こんな時間にも関わらず一ノ瀬本部長が待ってくれていた。本部長だけではない、厚生局の麻取部長も一緒である。
だがその姿を認めた途端、霧島は危うく麻取部長を絞め殺しそうになった。
「ガセネタ掴ませた上に、そのあとも放置とはやってくれたな!」
「霧島警視、だめ、だめですよ!」
「霧島くん、落ち着いてくれたまえ!」
京哉と一ノ瀬本部長に羽交い締めにされ麻取部長から引き剥がされた霧島は本部長の許可もなく、憤然とソファに腰掛けた。秘書官にコーヒーを淹れられ、本部長に缶入りのクッキーを勧められて、まだぶん殴りたいのを堪えて釈明を聞く。
「本部長室殺人案件に発展しなくて良かったよ。今回の件に関しては、まあ、きみたちの読み通り、キシラン政府及び軍上層部の汚職が摘発されたことにより命令系統が混乱し、動くべき軍上層部の総入れ替えもあってこのような事態になったのだ」
「ですが本部長、待機命令のあとメールすら頂けなかったのは何故でしょうか?」
「まさかの事態に対応が遅れたのは非常に申し訳ないと思っている」
そこで麻取部長がヨレたタイを締め直しながら言った。
「だが結果として紅茶に紛れて密輸されていたヘロインの供給源は絶たれた。薬物犯罪はイタチごっこだが、だからといって我々が投げ出す訳にはいかん。それは法の番人としてきみたちも理解している筈だ。心より感謝している。今回はきみたちに任せて正解だった」
「今更長広舌は不要だ。それより事態をそこまで読んで放置したとでもいうのか?」
「は? どういう意味かね?」
「馬鹿のふりをするな。我々二人に丸投げしておけば何とかするだろう、そんな頭もカネも人材も使わず太い密輸パイプを潰すプランだったのだろう、おそらく最初からな。違うのか?」
低い声で迫った霧島だったが、さすがに日本の官僚は腹の探り合いに慣れていた。その辺のマフィアやチンピラヤクザとは違い、麻取部長は薄く笑いを浮かべて肯定も否定もせず、本部長は耳を何処かに落としてきたような顔つきをしている。
この海千山千のお偉いさんたち相手に言質を取ろうと粘っても時間の無駄だと断じて、鼻を鳴らした霧島は麻取部長と一ノ瀬本部長を切れ長の目で睨み据えた。
「ふん。これは大きな貸しだ、忘れんからな」
「とにかく特別任務の完遂ご苦労だった。ゆっくり休んでくれたまえ」
「言われずとも二、三日は休養させて貰う。鳴海巡査部長、帰るぞ」
そのまま振り向きもせず霧島は県警本部長室を出る。京哉は本部長たちに敬礼してから霧島のあとを追った。霧島はすたすたと歩いてエレベーターに乗り一階に降りると裏口から出て約二週間ぶりに愛車の白いセダンの運転席に乗り込む。京哉が助手席に滑り込むなり霧島は発車させた。
夜も二十三時過ぎで道は空いていた。
真城市の月極駐車場にセダンを押し込むと、霧島はマンションの反対方向に歩きだす。京哉の歩調に合わせながら辿り着いたのはスーパーカガミヤの裏手にある、かつて霧島の行きつけだった喫茶店ブラウニーだ。
午前二時まで営業していて、夜はバーになるが霧島が顔を出せばいつでも寡黙なマスターが夕食を作ってくれる有難い店である。
入店すると日曜の真夜中という時間も時間で店内は非常に空いていた。
いつものカウンター席に二人並んで腰掛けると、何も言わずにマスターはフライパンを温め始める。数分で出されたのは卵がトロトロのオムライスとエビフライの盛り合わせにサラダ、カップスープだった。好物に京哉が目を輝かせる。
「わあ、美味しそう。頂きまーす」
「頂きます。ん、やはりここの飯は旨いな。このタルタルソースも絶品だ」
「それにこのオムライスって忍さんの作るオムライスに似てるかも」
「元祖がこれで、再現しようと研究した結果があれなんだ」
「そうだったんですね。どうりで似てるし美味しくて――」
空腹だった二人は喋りつつ、あっという間にプレートを空にする。食後の飲み物はホットコーヒーを頼んだ。湯気からはマスターのサーヴィスでウィスキーの香りがしていた。これも有難く啜りながら京哉は至福の一本を吸う。
もう霧島は煙草を欲しがらない。
「いや、今度はわしのウィスキーに付き合うんじゃ、悪ガキの息子どもよ」
口々に言うバー・バッカスのマスターとシェリフ・パイク=ノーマンだけでなく、見送りには街の人々の他、事態を知り戻ってきたキーファとフィオナ夫婦まで揃っていた。
あの銃撃戦の翌々日の朝だった。病院での応急処置と一晩の入院を終えた二人はバー・バッカスに戻り、一泊したのち帰国するというので皆が集まったのだ。
遠く芥子畑だった場所から立ち上る幾条もの煙が見える。もう丘は赤くない。
何れはあの丘にも茶の木が植えられ、金の雫がこの地を潤すのだろうと思われた。
手術も成功したケネスが喜んでいたのを思い返しつつ、二人は別れの挨拶をする。
「お世話になりました」
「あまり飲み過ぎるなよ、シェリフ」
「では、参りましょう。フヒヒヒ」
ベルジュラックの出してくれたヘリに霧島と京哉は乗り込むと、窓の外に手を振った。黒塗りのヘリがテイクオフする。ヘリはナフル第一基地付属空港まで飛んだ。
葬儀屋に礼を言って双発機に乗り換え、首都ラヴンの国際空港に到着する。
チケットカウンターで直接チケットを買った二人が成田国際空港に辿り着いたのは十九時半だった。空港を出て電車とバスを乗り継ぎ県警本部庁舎に向かう。
最上階の県警本部長室に着いてみると、こんな時間にも関わらず一ノ瀬本部長が待ってくれていた。本部長だけではない、厚生局の麻取部長も一緒である。
だがその姿を認めた途端、霧島は危うく麻取部長を絞め殺しそうになった。
「ガセネタ掴ませた上に、そのあとも放置とはやってくれたな!」
「霧島警視、だめ、だめですよ!」
「霧島くん、落ち着いてくれたまえ!」
京哉と一ノ瀬本部長に羽交い締めにされ麻取部長から引き剥がされた霧島は本部長の許可もなく、憤然とソファに腰掛けた。秘書官にコーヒーを淹れられ、本部長に缶入りのクッキーを勧められて、まだぶん殴りたいのを堪えて釈明を聞く。
「本部長室殺人案件に発展しなくて良かったよ。今回の件に関しては、まあ、きみたちの読み通り、キシラン政府及び軍上層部の汚職が摘発されたことにより命令系統が混乱し、動くべき軍上層部の総入れ替えもあってこのような事態になったのだ」
「ですが本部長、待機命令のあとメールすら頂けなかったのは何故でしょうか?」
「まさかの事態に対応が遅れたのは非常に申し訳ないと思っている」
そこで麻取部長がヨレたタイを締め直しながら言った。
「だが結果として紅茶に紛れて密輸されていたヘロインの供給源は絶たれた。薬物犯罪はイタチごっこだが、だからといって我々が投げ出す訳にはいかん。それは法の番人としてきみたちも理解している筈だ。心より感謝している。今回はきみたちに任せて正解だった」
「今更長広舌は不要だ。それより事態をそこまで読んで放置したとでもいうのか?」
「は? どういう意味かね?」
「馬鹿のふりをするな。我々二人に丸投げしておけば何とかするだろう、そんな頭もカネも人材も使わず太い密輸パイプを潰すプランだったのだろう、おそらく最初からな。違うのか?」
低い声で迫った霧島だったが、さすがに日本の官僚は腹の探り合いに慣れていた。その辺のマフィアやチンピラヤクザとは違い、麻取部長は薄く笑いを浮かべて肯定も否定もせず、本部長は耳を何処かに落としてきたような顔つきをしている。
この海千山千のお偉いさんたち相手に言質を取ろうと粘っても時間の無駄だと断じて、鼻を鳴らした霧島は麻取部長と一ノ瀬本部長を切れ長の目で睨み据えた。
「ふん。これは大きな貸しだ、忘れんからな」
「とにかく特別任務の完遂ご苦労だった。ゆっくり休んでくれたまえ」
「言われずとも二、三日は休養させて貰う。鳴海巡査部長、帰るぞ」
そのまま振り向きもせず霧島は県警本部長室を出る。京哉は本部長たちに敬礼してから霧島のあとを追った。霧島はすたすたと歩いてエレベーターに乗り一階に降りると裏口から出て約二週間ぶりに愛車の白いセダンの運転席に乗り込む。京哉が助手席に滑り込むなり霧島は発車させた。
夜も二十三時過ぎで道は空いていた。
真城市の月極駐車場にセダンを押し込むと、霧島はマンションの反対方向に歩きだす。京哉の歩調に合わせながら辿り着いたのはスーパーカガミヤの裏手にある、かつて霧島の行きつけだった喫茶店ブラウニーだ。
午前二時まで営業していて、夜はバーになるが霧島が顔を出せばいつでも寡黙なマスターが夕食を作ってくれる有難い店である。
入店すると日曜の真夜中という時間も時間で店内は非常に空いていた。
いつものカウンター席に二人並んで腰掛けると、何も言わずにマスターはフライパンを温め始める。数分で出されたのは卵がトロトロのオムライスとエビフライの盛り合わせにサラダ、カップスープだった。好物に京哉が目を輝かせる。
「わあ、美味しそう。頂きまーす」
「頂きます。ん、やはりここの飯は旨いな。このタルタルソースも絶品だ」
「それにこのオムライスって忍さんの作るオムライスに似てるかも」
「元祖がこれで、再現しようと研究した結果があれなんだ」
「そうだったんですね。どうりで似てるし美味しくて――」
空腹だった二人は喋りつつ、あっという間にプレートを空にする。食後の飲み物はホットコーヒーを頼んだ。湯気からはマスターのサーヴィスでウィスキーの香りがしていた。これも有難く啜りながら京哉は至福の一本を吸う。
もう霧島は煙草を欲しがらない。
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