Blue Revolution[青の公転]~楽園2~

志賀雅基

文字の大きさ
1 / 51

第1話

しおりを挟む
「ねえ、晩ご飯何にする? リクエストは?」

 慣れぬ力仕事を終え、脱いでいたソフトスーツの上着とスプリングコートに袖を通しながらハイファは相棒バディのシドに訊いた。
 シドはジャケットの袖で汗を拭っている。

 公園に暴走コイルが突っ込んで下敷きとなった母親と幼い娘を救出するために居合わせた民間人たちと協力してコイルを持ち上げたのだ。皆の善意は報われて幸い母娘は軽傷だった。先程、要請した救急機に乗せて送り出したところである。

 引っ繰り返って腹を見せたままのコイルをシドとハイファは眺めた。

 コイルは現代では最もポピュラーな移動手段で、AD世紀における自動車のようなものだ。形も似ている。
 だがタイヤはなく小型反重力装置を備えていて、僅かに地から浮いて走る。座標指定してオートで走らせるのが一般的だ。
 目的地に着いて接地する際に車底から大型サスペンションスプリングが出るので、コイルと呼ばれるようになったらしい。

 滅多に見ることもないそのドテっ腹からハイファはシドに目を移した。

 シド、フルネームを若宮わかみや志度しどという。

 前髪が長めの艶やかな髪も切れ長の目も黒い。その名が示す通り三千年前の大陸大改造計画以前に存在した、旧東洋の島国出身者の末裔である。
 身に着けているのは綿のシャツとコットンパンツで職務中とは思えないラフさだが、動きやすいという点はシドにとって最重要であり、ときに命に関わるのだから仕方ない。

 羽織ったチャコールグレイのジャケットも似たような理由で手放せないのだ。
 このジャケットは自腹を切って購入した特注品で、挟まれたゲルにより余程の至近距離でなければ四十五口径弾をぶち込まれても打撲程度で済ませ、生地はレーザーの射線をもある程度弾くシールドファイバ製という代物である。

 価格が六十万クレジットだったと聞いたハイファは仰天したが、シド本人は何度もこれのお蔭で命を拾っていて、外出時には欠かせないシドの制服と化していた。

 けれど身を護るためのデザインはともかく、もっとセンスのある色にできなかったのかとハイファは常々惜しく思っていた。
 何故ならそんなものを四六時中着て歩かなければならないほどクリティカルな日々を送るシドではあるが、決していかつい強面という訳ではなく、それどころか造作は極めて整い端正なのである。

 鏡くらい見るだろうにシド自身はまるで自覚がないようで、ミテクレには全く構わない男なのが少々、いや、随分と勿体ないなあ、などと考えるハイファだ。

 しかしそんなシドを自分がコーディネートした衣装で着飾らせる愉しみも残されている。言うなりに盛装してくれることなど本当に稀だが、そういう愉しみは滅多にないから愉しみな訳で――。

 想像を超えて既に妄想の域まで達し、更にそいつを膨らませながらハイファがじっと隣のシドの横顔を眺めていると、シドはいきなり大欠伸をかました。
 騒ぎの直後で人目にあるのにバディの自意識のなさに呆れつつ、質問を無視されたようで僅かに気分を害したハイファは軽く肘鉄で突きながら尖った声を出す。

「ねえ、晩ご飯は?」
「んあ? 晩飯なあ。お前の得意なヤツでいい」

 カラフルにペイントされた低いベンチに腰掛けてシドは思い切り適当に答え、ポケットから煙草を出して咥える。さすがにこれは人目を憚ってか火は点けない。

 マイペースのポーカーフェイスをハイファは睨みつけた。

「またそれ? じゃあ最低半日は煮込むすね肉のシチューでいいんですか?」
「あー、できれば今日の晩飯は今日のうちに食いてぇな」
「ならちゃんと考えてよね。作るのより考える方が難しいんだから」
「難しいなら官舎の上のレストランでもいいんじゃね?」
「却下。不経済です」
「不経済って、俺はずっと外食かテイクアウトだったけど結構やっていけたぜ?」

 当たり前だとハイファは更にムッとした。

「そりゃあ朝は食べずにお昼は安いランチ、夜はアルコール生活ならその六十万クレジットの対衝撃ジャケットも幻のプラモ・零式艦上戦闘機のキットも買えるんだろうけどね。僕としては貴方に栄養バランスのいい食事をちゃんと摂って欲しいんです」
「なんか最近、本当に嫁さんじみてきたな、お前」
「嫌なら役回り、交代してあげてもいいけど、どう?」
「あ、いや、それはだな……」
「それじゃメニューを考えましょうねー、帰りに買い物するからサ」
「了解、了解」

 返事だけは調子いい。ちゃんと言質を取ろうとしてハイファは上空を仰ぐ。降下してきたのは交通課の緊急機だ。緊急機はBELベル、BELは反重力装置を備えた垂直離着陸機でAD世紀のデルタ翼機の翼を小さくした、オービタにも似た機体である。

「ふあーあ、やっときたか」

 またも欠伸混じりに呟いてシドはのっそりと立ち上がった。ハイファも倣う。
 ランディングした緊急機から飛び降りてきた交通課員に事情説明し、左手首に嵌ったリモータから事故の実況音声を取り込んだ外部メモリのMB――メディアブロック――を引っこ抜いて預けた二人は、署への道を辿り始めた。

◇◇◇◇

 地球テラ連邦軍中央情報局第二部別室員ハイファス=ファサルートが、シドの職場の太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署に出向してから二ヶ月が経とうとしていた。

 十六歳にして出会ったその日にハイファの側が惚れて告白して以来、苦労して親友の座を勝ち取りキープすること七年間。
 だがシドの性癖は完全にストレートだったため実らぬ想いと知りつつも、めげずにハイファは果敢にアタックし続けた。
 その想いがとある事件をきっかけに奇跡的に通じたのである。

 つまり公私に渡ってバディを組んで二ヶ月ということだ。

 七分署での所属は刑事部機動捜査課、機動捜査課はAD世紀での機動捜査隊と職務は殆ど同じで、殺しや強盗タタキなどの凶悪犯罪の初動捜査を担当するセクションである。
 ただ、昔は外回りをしながら事件の報が入るのを待っていたが、現代では秘密裏に警邏するのも署から出動するのも時間的にそう変わらないために、課員は署で待機しているのがが常だった。

 だがAD世紀から三千年も経った今、機捜課が出張るような事件は滅多に起こらない。ここは後から順次テラフォーミングされた他星系惑星に比べて妙なエリート意識が漂うテラ本星セントラルエリアだ。個人のID管理も厳しいが、義務と権利のバランスの取れた社会で、人間の原始的本能に根ざした犯罪は極めて稀となっていた。

「なのにシドの周りだけ、あり得ない確率で事件・事故が起こるんだね」

 完璧にプログラミングされ座標指定だけで目的地までオート走行する筈のコイルが急に目の前で暴走を始めたのだ。事故を思い起こしてハイファは感慨深げに呟いた。

「道を歩けば、ううん、表に立ってるだけで事件・事故を呼ぶ超ナゾ特異体質のイヴェントストライカがここまで跳梁跋扈ちょうりょうばっこしてるとは思ってもみなかったよ」

 署への道のりを辿りながらシドはポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜めて唸る。

「跳梁跋扈とは何だ、俺は妖怪か。それにその仇名を口にするな」
「でも本当のことでしょ、イヴェントストライカっていうのは。他の人たちは他課の下請けまでしてるくらいヒマなのに、シドと僕だけ事件とその書類に追われてるし」
「ふん。下請け仕事に行きたいなら止めねぇぞ」
「そんなことは言ってないじゃない。一緒にいなきゃバディの意味がないでしょ。背中を護り合い、ときに命を託し合うのがバディじゃないのサ」

 などと言っておいてハイファは右隣をすたすた歩くシドを軽く睨んだ。

「けどヴィンティス課長から言われたよ。これまでシドと組んだ人間は誰一人として一週間も保たずに五体満足で還ってこなかったから、くれぐれも気をつけろって」
「課長の愚痴なんかまともに聞いてんじゃねぇよ、大袈裟だっつーの。大体、全員ちゃんと生還したんだからさ。お前だってジンクスの洗礼受けても還ってきただろ?」
「そうですね、心臓を吹き飛ばされても処置が早ければ助かる現代医療のお蔭でね。だからってソレ見て貴方と組みたがる気合いの入ったマゾはいなかった、と」

 突っかかるハイファの言い種にシドも嫌味の応酬だ。

「誰も彼も根性ねぇよな。ドMのお前を見習えってんだ」
「あーた、喧嘩売ってるんですか? それに仮に僕がドMなら貴方はドSなんですか? おまけにせっかく得たバディをないがしろにするのはどうかと思う」
「別にないがしろになんかしてねぇだろ。何をそんなに突っかかるんだよ?」
「また分かんないふりして。何であんなにムキになって僕との仲を隠すのサ?」
「そいつは……俺だからだよっ!」
「意味が分かりません。論理的な説明を求めます」

 あまりの日常のクリティカルさに何年も単独捜査を余儀なくされてきたシドが、ここにきてハイファというバディを得た。その事実は機捜課内で噂の的になったのだ。

 曰く、『シドが男の彼女を連れてきた』。

 それは幾らも経たずに事実となったものの、シドは頑としてプライヴェートにおいてのハイファとの仲を認めようとはせず、強固なまでに否定し続けているのである。

 七年越しの愛が実ったハイファにとってはそれが不満なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...