Blue Revolution[青の公転]~楽園2~

志賀雅基

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第47話

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 チェンバーズがバルナに戻ったのは丁度昼だったので、シドとハイファは二十五階にいた。

 様子を伺ったところエレア=カシスは一緒に帰ってきたが、ミランダは本星の屋敷に残ったらしく姿が見えなかった。余程ハイファを嫌っているのだろう。
 本人の与り知らぬところで起こったことが原因だけに、そこまで憎まれるのも切ないものがあるなとシドは思った。

 その日ハイファは社長業を二十時まで延長して奮闘、チェンバーズに渡すセフェロⅥにおける住民の生活大改造計画案を練り上げた。勿論セフェロⅤの王宮及び政府首脳部に対し提出する議案書と自らのサインも入力済みである。
 王宮に関してはセフェロを離れる前に通信で打診、ほぼ了解は取り付けたも同然だった。

 全体像から細部に至る殆どの部分にセンリーの協力があったものの、ファサルートコーポレーション社長として、終始一貫して物事をやり遂げたのは初めてで、ハイファは出来上がると同時に疲れ果ててはいたもののセンリーとシドの拍手を受けてにっこり笑った。

 だがそれだけで今日を終わる訳には行かなかった。

 そう、社長交代劇を二ヶ月も前に察知しセフェロに通信したエレアである。

 二十五階へ上がりハイファとシドは既に自室と化したゲストルームに戻ると、互いに軍と惑星警察の制服に着替えた。今から行うことにはこれが一番しっくりくる。
 チェンバーズ氏の部屋にいるようにエレア=カシスには伝えてあった。その扉をノックする。リモータチェッカをクリアし返事を待たず入室した。

 チェンバーズは独り掛けソファにゆったりと、エレアは二人掛けソファにそわそわと落ち着かない様子で座っていた。二人の前にはウィスキーのグラスが置かれている。

 灰皿の縁に葉巻が置かれ、紫煙を立ち上らせていた。

「やあ、ハイファス。まだ社長業なんてやっているのかい?」
「どうも逃げ出すタイミングが掴めなくて」

 チェンバーズはシドとハイファにエレアの向かいを勧める。エレアは黙ってグラスをふたつ出し、ウィスキーを注いだ。

「どうやって逃げ出したんですか、チェンバーズさんは」

 シドが訊ねた。最初はセフェロⅥの鉱区へ足を踏み入れるほど熱心だったのだ。

「前も言ったが声が出なくなってからだね。精神的なもの、そう診断されて全てから退いた。声が戻ってからは、もう何もやる気はなくなっていたよ」
「つらいことをお訊きしました。申し訳ありません」
「いや、わたしの弱さだ。気にしないでくれ」
「有難いです。ところで俺たちがこのなりでお伺いした意味がお分かりですか?」
「ああ、分かっているつもりだよ。全てはこのわたしが――」
「――旦那様は何もご存じありません!」

 チェンバーズの言葉を封殺するようにエレアが鋭く叫んだ。

「旦那様はわたくしめの願いを、故郷へのダイレクトワープ通信を一度、ただ一度お許し下さっただけです。それ以外の何にも関係されてはおりません」
「それではテラ連邦エネルギー財団幹部会の会員七名が不審死を遂げたのもチェンバーズさんは無関係、何もご存じなかったと。それで宜しいのですね?」
「いいや、シド、その計画は――」

 言いかけたチェンバーズをエレアの大声が遮る。

「ええ、そうです。わたくしがメッテルニヒ会長のリモータに細工しました。三ヶ月ほど前のことです。大旦那様が午睡されている間に。本当です、本当に旦那様は何も知らずに……」

 両手でエプロンを握り締め、シドたちにではなくチェンバーズに向かって涙を流しながらその目は懇願していた。頼むから言わないで欲しいと、まるで祈りのように。

 ごく静かな声、穏やかな口調でシドは祈り願う者と吐き出したがる者に告げる。

「人が死にました。喩えそれがどんな人物であろうと殺されたんです。哀しんだ家族もいたかも知れません。いかなる理由があろうとも七人もの人命、未だ在ったかも知れぬ生を奪ってなお陽の下を堂々と歩ける奴はいない。俺は許しません。……チェンバーズさん、エレアを信じてもいいのですね?」
「いや、シド。わたしは分かって……うっ!」

 立ち上がったエレアがチェンバーズの腕を掴んでいた。素早い動きでその左手首のリモータを右手で鷲掴みにしていた。まさかチェンバーズのリモータまでが電撃アプリに感染していたとは想定外で、シドもハイファも動くことができない。

「本当です。信じていただくにはこうするしかありません」

 別室に送付したエネルギー財団員のリモータ解析が終わり、

【電撃は人工的ソフトウェアに因るものだが感染経路は特定不能。但し九十七パーセント以上の確率でサイキが作用し植え付けられたと推定される】

 との返答が昨日ハイファに届いていた。付け加えて、

【同ソフトウェアはサイキにて惹起も可能】

 とあった。つまり電撃アプリに感染したリモータは、電子の流れを操る系統のサイキ持ちならいつでも電撃発動できるということだ。

「Eシンパスというのでしたね、このサイキは。わたくしの力はごく弱いんです。こうして利き手で触らないと仕掛けられない……でもあの強欲な七人の末路をたった今ここでもう一度お見せすることくらいはできますよ」
「エレア、やめてよ!」
「強欲たちのリモータに植えたアプリはランダムに発動するようプログラミングしてありました。ですがこうすれば今すぐにでも発動可能です。……旦那様、お覚悟を」
「だめだっ、エレア!」

 立ち上がったハイファをシドの腕が留める。

 チェンバーズはまるで普段と変わらぬ表情で灰皿から葉巻を取り上げ、ひと吸いすると戻してからグラスのウィスキーを呷る。
 そして言った。

「構わない。やれ、エレア」

 妙に透明な目をした男とそのリモータを掴んで涙を零すエレアをシドは見つめる。

「エレア=カシス、貴女はできない」
「いいえ、旦那様が逮捕されたりすれば坊ちゃまのお立場が……だから旦那様もこうしてお覚悟なされて……」
「何れにせよスキャンダルですよ。ならば足掻くのは止めた方が身のためです」
「それなら、それならわたくしめの言い分を信じていただけますか?」

 シドは自分の横顔に痛いくらいハイファが視線を向けているのに気付いていた。けれどこの場をハイファに預ける気など欠片もなかった。この上、ほんの僅かなりとも重責を負わせたくない、つらい決断をさせたくなかったからだ。

 これが一番、ハイファが怖がっていたことだからだ。

 そしてこの自分、若宮志度はまだ惑星警察の刑事である。

「エレア、本当に貴女が独りでやったことなのですね?」
「そうです」
「セフェロⅥの酷い現状は貴女自身が通信で知った。鉱区民である彼らの奴隷の如き窮状の原因が違法な価格カルテルにあると貴女は独自に探り出した。そして違法な価格カルテルに参加していた社の代表たちを……それでいいのですね?」
「はい。第一鉱区の姪から聞き及び、旦那様から洩れ聞いたお話を元にエネルギー財団員を殺す計画を立てました。わたくし独りで、です。間違いありません」

 傍でハイファが身を固くしているのを感じながらシドは溜息をつく。

「エレア=カシス、テラ連邦エネルギー財団幹部会・会員七名殺害容疑で逮捕する。ゆっくりとその右手をチェンバーズ=ファサルートのリモータから離せ」

 そのときだった。エレアがチェンバーズから素直に右手を離したと思った途端、その手で自分の左手首のリモータに触れようとしたのは。

「エレアーっ!!」

 ハイファの悲痛な声に「ガシュッ」とレールガン独特の発射音が重なる。血が迸って白いソファに散った。ほんの数秒ののちにエレアは糸が切れたように絨毯に膝をつく。
 壊れた金属の輪が床に落ちるカシャーンという音が尾を引いて耳に残った。

「救急機……までは要らねぇか」

 シドはパワーを落としたレールガンでエレアの嵌めたリモータを掠め取るかの如く撃ち壊していた。その手首は無傷とはいかないが見事に掠り傷で済ませている。

「チェンバーズさん」
「何かね、シド」
「貴方は一生かけて払っていかなくてはならないものを背負った。お解りですね?」
「……いいのかい?」
「命を懸けた証言です。俺は信用することにしました。それに七人が七人、家族や会社から何の被害届も出されず告発もされていない……ということで、そもそも自首したって立件に至るかどうかさえ怪しい状況なんですよ、じつは」

 部屋に備え付けのファーストエイドキットで甲斐甲斐しくエレアの治療をするハイファが、そのエレアと顔を見合わせる。チェンバーズもグラスを手に固まっていた。
 当然だ、『警察官としての血が騒ぐのかい?』とからかった時も答えは曖昧ながら、黒い目は本気だったシドである。

 付き合いの長いハイファですら、付き合いが長いからこそ刑事としてのシドにそこまでの柔軟性があったとは正直思ってもみなかったのだ。

 別室命令は【疑惑解明に従事】で、犯人を特定し確保とは書かれていなかった。

 ポーカーフェイスで煙草に火を点け、遠慮なくウィスキーを啜るバディにいつまでも頬が緩むのを止められないハイファだった。
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