Blue Revolution[青の公転]~楽園2~

志賀雅基

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第49話

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「ただいまーっ」
「ったって、誰もいねぇぞ。まあ、気持ちは分かるけどさ」
「ふうーっ、重かった」

 荷物を自分の部屋でなく、シドの部屋の床に放り出したハイファは、指定席である二人掛けソファに身を投げ出した。片手で結ったしっぽの革紐を解く。

「『重かった』か、まさにそうだろうな」
「結局、僕って社長の器じゃなかったってことだよね」
「センリーはそうは言ってなかったぜ」

 業務引き継ぎのとき、センリーはシドに言ったのだ。

『軍務だの犯人との追いかけっこだのに飽きた時には是非ご連絡下さい。いつでも専務から昇格ができるよう、準備万端でお待ち致しておりますので。わたくしが本気になれば……もうお解りですね?』
 などと。見込みのない者を口先だけで持ち上げるようなセンリーではない。

「でも暫くは、ずっとずっと暫くは、勘弁だよ~っ!」
「だろうな。……っと、これは大丈夫だな」

 手を洗ったシドは珍しく冷蔵庫からコーヒー豆以外のモノを取り出し、何やら手作業をしてからリビングに運んできた。ロウテーブルにコトンと置かれた音でハイファが顔を上げると白ワインとワイングラス、皿に載ったチーズがあった。
 チーズには赤いピックが二本刺さっている。

「任務完了祝いだ」
「わあ、ありがと。それにしても長かったよね、今回の任務は」
「だよな。課長の野郎、何が『研修、半分旅行』だっつー。いったい何日……」
「えーと、二十日間だよ、二十日間」
「そんなにか。でも、ずっと二人だったな」
「そうだね。センリーもいたし、人のいいマクリスタル支社長もいたし。ああ、そういえばあの部長さんはどうなったのかな?」

 センリーが『助かった』と言っていたのをシドは報告する。ギリギリで危なかったが、セフェロVの病院で蘇生し、今はこの本星のセントラル・リドリー病院に入院しているという話だ。

「なら良かった」
「ゲテモノ好きのマルチェロ=サド氏も、お前の親父さんと祖父さんにも会ったな」
「あ、お祖父さんって言えばこのペンダント外さなきゃ。シドの口に入ったら大変」
「ちょっと待て、髪、引っ掛かってる」
 後ろを向いたハイファの銀鎖をシドは丁寧に外してやる。
「ねえ、これ、本当に毒が入ってるのかな?」
「だとしたら躰に悪そうだよな」

 注視されながらハイファはその緑色の石の蓋を開ける。ニッカリ笑ってピースサインしているセフェロ王のポラが貼り付けてあった。
 黙って蓋を閉める。

「心おきなく着けていられていいじゃねぇか」
「って、着けてろと?」

 チーズに手を伸ばしながらハイファはずっと満面の笑みだ。

「色んな人たちに会えたけど、何よりシドがずっと我慢してくれたのが嬉しかった」
「いつ何もかも蹴り飛ばしてやろうかって思ってはいたけどな」
「あ、ときどきそんな気配感じてたよ。でも、シドがいてくれたからこそ、僕は最後までああしていられた。僕自身が何もかもを蹴り飛ばさなくて済んだ」

 ワインをふたつのグラスに注いで、お互いに少し持ち上げてから口をつける。

「美味しい。結構したでしょ、これ」
「帰ったら飲もうと思ってクーラーに入れておいたんだ。パウチのチーズは長期保存だしな。……しかしさ、お前が社長を受けたときは本当に辞表出さなきゃならねぇのかと思ったぜ。ヴィンティス課長を喜ばせるのかと思ったらかなり悔しかったな」

 今でも悔しそうに言うシドにハイファは可笑しくなる。

「署に出勤したらヴィンティス課長の方が悔しい顔するんだろうね」
「悔しいっつーより哀しげな顔するんだ。で、こっちが悪いような気にさせる」
「ああ、そうかも。それに最近、僕までイヴェントストライカみたいな目つきで見るのは止めて欲しいなあ、失礼だよ」
「殺されてぇのか、お前は」
「ジョークだってば。ヴィンティス課長の存在だってジョークみたいなもんでしょ」
「まあな。何処まで別室と繋がりがあるのか分からねぇし、結構な狸オヤジだぜ」

 グラスを置くとシドは煙草を取り出し一本咥えてオイルライターで火を点けた。

「環境税も暫くはご免だな」

 呟いたシドをハイファはじっと見ている。口元には堪えきれない笑みを浮かべて。

「何、ニヤニヤしてんだ? 晩飯どうする……ったって疲れてるだろお前。俺が地下のショッピングモールでテイクアウトしてくるか、それともルームサーヴィスか」
「いいよ、大丈夫。一緒に地下行こ。約束したでしょ、オムライス作るって」
「別に今日じゃなくてもいいんだぞ」
「大丈夫だってば。僕が作りたいだけ」

 ハイファは思った。社長業の時とは違い何でこんなに元気が湧いてくるのだろうかと。ここでこうしているだけで、今が、今日が愉しく、明日がこんなに楽しみだ。

 勿論つらいことばかりではなかった。沢山の人たちと出会えた喜びもあった。だが比べるまでもなく嬉しかったのは『変わらないシド』と出会えたことだった。

「シド」
「何だ?」
「ありがとう。本当にご苦労様でした」
「ん。ハイファ、お前こそご苦労さん。……じゃあ買い物、済ませちまおうぜ」

◇◇◇◇

 地下に降りたときには、既にイヴェントストライカとしての日常が始まっていた。

 大勢の買い物客が行き交うショッピングモールのプロムナード、ところどころにベンチや噴水のある中央通路に絹を裂くような悲鳴が響いたのだ。

「キャーッ、ドロボウ!」

 その高周波の音響を背に走ってきたひったくり男をシドは足を引っかけ転ばせる。同時にハイファが男の額に旧式銃の銃口を押し当てた。ジャキッと撃鉄ハンマーを起こす。

「動かないで。惑星警察だよ」

 シドとの仕事にも慣れたハイファにこれくらいはもう何でもない。そのいとも簡単にトリガを引くだろうと思わせる平静極まりない若草色の瞳を見て固まった男をシドが後ろ手に樹脂の結束バンドで縛り上げて一丁あがり、だ。

「あー、戻ってきたって気がするなあ」
「くそう、もうこれかよ」

 感慨深げなハイファに比して文句を垂れながらシドはヤマサキにリモータ発振だ。今日の今日で署に出るつもりはない。ハイファの疲れも考慮してあと二、三日は『研修』でいるつもりだった。

 遠巻きに人の輪ができている。その中心でじりじりと後輩機捜課員を待つ……と、今度はその輪から飛び出してきた男がいきなり甲高く裏返った声で叫んだ。

「お、俺は……俺は共同革命戦線・紅い虹だっ!」

 シドは蹴倒したひったくり男の背に片足を載せたまま呆れて呟いた。

「おいおい続けざま、それにしてもまたこいつらかよ?」
「汎銀河一斉蜂起キャンペーンなのかもね」
「キャンペーンなあ。いっそティッシュでも配ればいいんじゃねぇか?」
「子供には風船とかね。だけど本当にどれだけいれば気が済むのかなあ。最近、タイタンの入管は甘すぎじゃない?」

 などと暢気に言いつつ、暫し独りで頑張るテロリストの様子を見る。
「……テラ本星の、各星系政府への干渉を――」
「何だ、ここらへんは一緒か。期待して損したぜ」
「何かそれなりにポリシーがあるのかもね」
 ハイファが理解を示すのは他星系文化を渡り歩いてきたからなのかも知れない。

「……搾取により貧困にあえぐ星系への援助を怠り――」

 頷きながら聞きつつハイファは飽きるのも早かった。

「でもこれだけじゃあ、ただの辻説法だよね」
「得物を見せてくれねぇと大声だけじゃ引っ張れねぇしな」

 半分飽きかけたシドが欠伸を噛み殺したとき男がアクションを起こした。

「――この上は、我が身を挺してでも!」

 そう叫んだ男は、着ていた黒いジャケットを脱ぎ捨てる。その腹にはいかにもといった爆弾が三つ、コバンザメのようにガムテープで留められていた。

 手にはそのスイッチらしきものが握られている。

 だが次の瞬間、轟音と共に掲げられたスイッチは男の腕ごと地に落ちていた。銃をショルダーホルスタに収めながらハイファが落ちた腕からスイッチを取り上げる。

 こちらも巨大レールガンを右腰のホルスタに戻しながらシドが爆弾を男の腹から引き剥がした。それから再度、機捜課に連絡し応援を要請だ。最後に男の上腕部を結束バンドで締め上げ止血しておいてから救急機を呼んだ。

 悲鳴が席捲する中、プロムナードの向こうにヤマサキが走ってくるのを認めてシドは実況見分を忘れたフリをし、ハイファを促して本来の目的地であるマーケットの方へと歩き始めた。
 
 今は何よりタマゴを入手するのが最優先オペレーションだった。

◇◇◇◇

 旨いオムライスを食べてから互いの自室でリフレッシャを使った。戻ってきたハイファはいつもと同じ寝間着代わりの柔らかい紺のドレスシャツと黒いズボン姿だ。

 紺色の背に縛っていない長めの明るい金髪が良く映える。

「何日ぶりだっけか?」
「社長就任の総会の夜以来だから、えーと、十六日かな。よく頑張りました」
「頑張っちゃいないけどな。でも……ハイファ、お前が欲しい。こっちにこいよ」

 リフレッシャを浴びドライモードで乾かしただけ、シドはベッド上で既に象牙色の素肌を晒している。そんな男の色気が匂い立つ姿で自分の傍のシーツを叩いて見せた。

 ハイファは微笑むと自分も全てを脱いでからベッドに上がる。だが示された場所に横になるかと思いきや、いきなりシドを押し倒しておいて膝立ちで跨った。
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