コラテラルダメージ~楽園11~

志賀雅基

文字の大きさ
19 / 36

第19話

しおりを挟む
 テラ標準時で二十時にネレウス練習艦隊は、この航行での最後のワープをした。
 これであとは二十分の通常航行のみだと大スクリーンに四隻の僚艦たちを皆が眺めていたときだった、いきなり艦が沈み込むような急機動をしたのは。

 3Dタクティカルボードのシートに腰掛けていたシドとハイファ、それにランダウ艦長は肘掛けを掴む。G制御装置が間に合わないほどの機動に艦長が報告を求めた。

「どうした?」
「ユキカゼ戦闘中枢コンのオート機動です、何かを避けて――」
「何かとは、いったいなんだ?」
「今、走査していますっ!」

 艦長と情報担当オフィサがやり取りする傍から耳障りな音がブリッジ内に響き始めた。空気を読めるクセにそれすら面倒臭くなっていたシドがハイファに言う。

「この音は知ってるぜ、ゲームでロックオンされたときの警告音だ」

 囁いたつもりで低い声を響かせたシドにハイファは嫌な顔をした。

「演習じゃない現実なんだから、不用意にそんなことは口にしないでよね」

 その間にブリッジには警告音に負けじと声が飛び交っていた。

「レーザー攻撃です、一撃は回避。ですが現在も敵はこちらを捕捉照準中!」
「レーザーだと? 全艦、全速で照準回避! 回避しつつアレスに最大出力でジャミングバラージを掛けさせろ! 護衛艦は最優先で索敵! 総員戦闘配置に就け! デフコン1、実際! デフコン1、実際!」

 腹の底から響くような怒号で命令を下しながらも、ムスタファ=ランダウ一等宙佐はシートに腰掛けたままだ。大した胆力である。

 胆力に関係なく座っているしかない二人は、電子戦闘艦が最大能力を使って敵に目眩ましを掛けなればならないような場面に居合わせたことを後悔し始めていた。

「何処の馬鹿が我がネレウス練習艦隊に喧嘩を売ってきたというのか……」

 実戦戦闘配置を告げるサイレンが二度鳴り響く間に、ランダウ艦長は葉巻の吸い口をカットして火を点けた。倣ってシドも煙草に火を点け、紫煙を吐く。
 更に電子戦闘艦アレスがECM――仕掛けられた電子戦へのカウンター手段――を開始するブザーまでが鳴り響き、ブリッジ内の緊張が高まる。

 しかしやはりこれはゲームではない。煙草の灰さえ落ちないでいるのもG制御装置のお蔭、実際には旗艦ユキカゼは敵に照準させまいと目まぐるしく機動を繰り返しているのだ。
 それはまるで熱い鉄板の上に裸足で立たされた者の如き様相を呈していた。

「アレスが敵影捕捉に成功!」
「よくやった。して、敵は?」
「攻撃は二時方向、俯角十度、距離、三百五十キロの宙域!」
「三百五十だと? そこまで近づくとは敵ながら天晴れだ」
「それだけではありません。攻撃は……その――」
「何だ、早く言わんか」

 情報担当オフィサは困ったような顔をして傍にいた情報担当幕僚幹部を見上げた。幕僚幹部はモニタに出力された情報を信じがたいといった面持ちで見つめる。
 結局、幕僚幹部は気の抜けたような声で告げた。

「攻撃はフォボス第一艦隊によるものと、アレスからの報告です」
「IFFは?」
「味方と認識しております」
「ふうむ――」

 宙艦や航空機、果ては白兵戦の真っ最中の兵士であっても全てIFFという敵味方識別装置を搭載し、または身に着けている。
 これでフレンドリースクォークという電波を送受信し合うことで、相対している機や艦が味方なのかそうでないのかが分かるという訳だ。味方であれば艦の種類や艦名まで判明する。

 お陰で敵味方がオート判別されることで惑星の影での艦隊戦も、闇夜の威力偵察でも、フレンドリーファイアなる味方の同士討ちを防ぐことが可能となっているのだ。

 だが現時点ではIFFで味方だと認識し合ったネレウス練習艦隊と、フォボス第一艦隊が砲火を交えている。本来ありえない筈の事象が起こっているのだ。

「当艦の戦闘中枢コンでも既にIFFコードを三桁回数以上確認しました。撃ってきたのは間違いなくフォボス第一艦隊の護衛艦キルケーです」
「フォボス第一艦隊にムスタファ=ランダウ名で『砲撃やめ』を発令」
「それも先程から百三十七回発信していますが応答なし。アレスからの報告も同様でして、あ、二百十回目……」
「演習の掉尾を飾る祝砲にしては、ちと派手だな。ふうむ……」

 そこに情けない声が響いた。丁度当番に当たっていた火器担当オフィサの席でイリアス三尉が泣きそうな声を張り上げたのだ。

「艦長、た、大変です! 砲が、勝手に照準を!」

 叫ぶと同時に高周波の警告音が短く鳴り、旗艦ユキカゼの主砲ともいえるビームファランクスが一斉射した。

「何処へ撃った、フォボス第一艦隊に祝砲返しか?」
「違う模様……十一時方向、仰角三十度!」

 巨体に似合わぬ震え声のイリアス三尉と同時に情報担当オフィサが叫ぶ。

「今の斉射方向、距離四百の宙域にタイタン第二艦隊がいます!」

 それでもランダウ一佐は席を立たなかった。紫煙を盛大に吐き出すと指令を出す。

「全艦へ発信。我が艦隊五隻は最大速で第一艦隊に接近し、ダイレクトに連絡を試みる。護衛艦二隻でアレスを固めろ。場合によっては盾にしてでもアレスを護れ! 電子戦闘艦が沈められたら艦隊は秒殺されるぞ!」

 僚艦から了解のコールが入った。数千人の命の音にしてはいささか軽かった。

 ランダウ一佐はシドとハイファに船外服を着用してシートに着くよう促したが、二人は動かなかった。ハイファは宇宙服など着ればシドとの距離が遠ざかってしまうような気がして、シドは宇宙服の中では煙草を吸えないというのが理由だ。

 そのとき情報担当オフィサが金切り声を発した。

「第一艦隊から熱源反応。五、六……八、ミサイル、合計十二発! 向かって来ます! 本艦到達まで百五十秒!」
「迎撃ミサイル発射!」
「迎撃ミサイル、照準が定まりません! 照準装置不調!」

 イリアスは泣きながら訴えていた。

「デコイを放出しろ! 各艦に通達。各個の判断で適宜回避行動を実施せよ!」

 デコイとは本来は鴨猟の囮に使う精巧な鴨の模型のことを指すが、転じてミサイルなどの攻撃を受けた際に本来の標的から狙いを逸らせる欺瞞装置のことをいう。

 僚艦からデコイが次々と放出されるのが大スクリーンに映った。熱や電磁波を発しているのだろうが、スクリーンからは眩く光を発しているようにしか見えない。デコイは四散してネレウス練習艦隊から遠ざかってゆく。

「ミサイル、方向をやや転じます。到達予想時間修正。あと九十秒」

 情報担当オフィサの報告も途中でイリアスが呻いた。

「チクショウ、まただっ! ビームファランクスが勝手に照準を!」

 今度は旗艦ユキカゼだけではなく、電子戦闘艦アレス以外の全ての艦からビームが斉射された。ある砲はミサイルに、ある砲はフォボス第一艦隊に向け、ある砲はタイタン第二艦隊へと断続的にビームを発射し続ける。

 その間、砲も照準装置も、何もかもが操作を受け付けなかった。乗員たちはなすすべもなく呆然とモニタやスクリーンを眺めているしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...