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第19話
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テラ標準時で二十時にネレウス練習艦隊は、この航行での最後のワープをした。
これであとは二十分の通常航行のみだと大スクリーンに四隻の僚艦たちを皆が眺めていたときだった、いきなり艦が沈み込むような急機動をしたのは。
3Dタクティカルボードのシートに腰掛けていたシドとハイファ、それにランダウ艦長は肘掛けを掴む。G制御装置が間に合わないほどの機動に艦長が報告を求めた。
「どうした?」
「ユキカゼ戦闘中枢コンのオート機動です、何かを避けて――」
「何かとは、いったいなんだ?」
「今、走査していますっ!」
艦長と情報担当オフィサがやり取りする傍から耳障りな音がブリッジ内に響き始めた。空気を読めるクセにそれすら面倒臭くなっていたシドがハイファに言う。
「この音は知ってるぜ、ゲームでロックオンされたときの警告音だ」
囁いたつもりで低い声を響かせたシドにハイファは嫌な顔をした。
「演習じゃない現実なんだから、不用意にそんなことは口にしないでよね」
その間にブリッジには警告音に負けじと声が飛び交っていた。
「レーザー攻撃です、一撃は回避。ですが現在も敵はこちらを捕捉照準中!」
「レーザーだと? 全艦、全速で照準回避! 回避しつつアレスに最大出力でジャミングバラージを掛けさせろ! 護衛艦は最優先で索敵! 総員戦闘配置に就け! デフコン1、実際! デフコン1、実際!」
腹の底から響くような怒号で命令を下しながらも、ムスタファ=ランダウ一等宙佐はシートに腰掛けたままだ。大した胆力である。
胆力に関係なく座っているしかない二人は、電子戦闘艦が最大能力を使って敵に目眩ましを掛けなればならないような場面に居合わせたことを後悔し始めていた。
「何処の馬鹿が我がネレウス練習艦隊に喧嘩を売ってきたというのか……」
実戦戦闘配置を告げるサイレンが二度鳴り響く間に、ランダウ艦長は葉巻の吸い口をカットして火を点けた。倣ってシドも煙草に火を点け、紫煙を吐く。
更に電子戦闘艦アレスがECM――仕掛けられた電子戦へのカウンター手段――を開始するブザーまでが鳴り響き、ブリッジ内の緊張が高まる。
しかしやはりこれはゲームではない。煙草の灰さえ落ちないでいるのもG制御装置のお蔭、実際には旗艦ユキカゼは敵に照準させまいと目まぐるしく機動を繰り返しているのだ。
それはまるで熱い鉄板の上に裸足で立たされた者の如き様相を呈していた。
「アレスが敵影捕捉に成功!」
「よくやった。して、敵は?」
「攻撃は二時方向、俯角十度、距離、三百五十キロの宙域!」
「三百五十だと? そこまで近づくとは敵ながら天晴れだ」
「それだけではありません。攻撃は……その――」
「何だ、早く言わんか」
情報担当オフィサは困ったような顔をして傍にいた情報担当幕僚幹部を見上げた。幕僚幹部はモニタに出力された情報を信じがたいといった面持ちで見つめる。
結局、幕僚幹部は気の抜けたような声で告げた。
「攻撃はフォボス第一艦隊によるものと、アレスからの報告です」
「IFFは?」
「味方と認識しております」
「ふうむ――」
宙艦や航空機、果ては白兵戦の真っ最中の兵士であっても全てIFFという敵味方識別装置を搭載し、または身に着けている。
これでフレンドリースクォークという電波を送受信し合うことで、相対している機や艦が味方なのかそうでないのかが分かるという訳だ。味方であれば艦の種類や艦名まで判明する。
お陰で敵味方がオート判別されることで惑星の影での艦隊戦も、闇夜の威力偵察でも、フレンドリーファイアなる味方の同士討ちを防ぐことが可能となっているのだ。
だが現時点ではIFFで味方だと認識し合ったネレウス練習艦隊と、フォボス第一艦隊が砲火を交えている。本来ありえない筈の事象が起こっているのだ。
「当艦の戦闘中枢コンでも既にIFFコードを三桁回数以上確認しました。撃ってきたのは間違いなくフォボス第一艦隊の護衛艦キルケーです」
「フォボス第一艦隊にムスタファ=ランダウ名で『砲撃やめ』を発令」
「それも先程から百三十七回発信していますが応答なし。アレスからの報告も同様でして、あ、二百十回目……」
「演習の掉尾を飾る祝砲にしては、ちと派手だな。ふうむ……」
そこに情けない声が響いた。丁度当番に当たっていた火器担当オフィサの席でイリアス三尉が泣きそうな声を張り上げたのだ。
「艦長、た、大変です! 砲が、勝手に照準を!」
叫ぶと同時に高周波の警告音が短く鳴り、旗艦ユキカゼの主砲ともいえるビームファランクスが一斉射した。
「何処へ撃った、フォボス第一艦隊に祝砲返しか?」
「違う模様……十一時方向、仰角三十度!」
巨体に似合わぬ震え声のイリアス三尉と同時に情報担当オフィサが叫ぶ。
「今の斉射方向、距離四百の宙域にタイタン第二艦隊がいます!」
それでもランダウ一佐は席を立たなかった。紫煙を盛大に吐き出すと指令を出す。
「全艦へ発信。我が艦隊五隻は最大速で第一艦隊に接近し、ダイレクトに連絡を試みる。護衛艦二隻でアレスを固めろ。場合によっては盾にしてでもアレスを護れ! 電子戦闘艦が沈められたら艦隊は秒殺されるぞ!」
僚艦から了解のコールが入った。数千人の命の音にしてはいささか軽かった。
ランダウ一佐はシドとハイファに船外服を着用してシートに着くよう促したが、二人は動かなかった。ハイファは宇宙服など着ればシドとの距離が遠ざかってしまうような気がして、シドは宇宙服の中では煙草を吸えないというのが理由だ。
そのとき情報担当オフィサが金切り声を発した。
「第一艦隊から熱源反応。五、六……八、ミサイル、合計十二発! 向かって来ます! 本艦到達まで百五十秒!」
「迎撃ミサイル発射!」
「迎撃ミサイル、照準が定まりません! 照準装置不調!」
イリアスは泣きながら訴えていた。
「デコイを放出しろ! 各艦に通達。各個の判断で適宜回避行動を実施せよ!」
デコイとは本来は鴨猟の囮に使う精巧な鴨の模型のことを指すが、転じてミサイルなどの攻撃を受けた際に本来の標的から狙いを逸らせる欺瞞装置のことをいう。
僚艦からデコイが次々と放出されるのが大スクリーンに映った。熱や電磁波を発しているのだろうが、スクリーンからは眩く光を発しているようにしか見えない。デコイは四散してネレウス練習艦隊から遠ざかってゆく。
「ミサイル、方向をやや転じます。到達予想時間修正。あと九十秒」
情報担当オフィサの報告も途中でイリアスが呻いた。
「チクショウ、まただっ! ビームファランクスが勝手に照準を!」
今度は旗艦ユキカゼだけではなく、電子戦闘艦アレス以外の全ての艦からビームが斉射された。ある砲はミサイルに、ある砲はフォボス第一艦隊に向け、ある砲はタイタン第二艦隊へと断続的にビームを発射し続ける。
その間、砲も照準装置も、何もかもが操作を受け付けなかった。乗員たちはなすすべもなく呆然とモニタやスクリーンを眺めているしかなかった。
これであとは二十分の通常航行のみだと大スクリーンに四隻の僚艦たちを皆が眺めていたときだった、いきなり艦が沈み込むような急機動をしたのは。
3Dタクティカルボードのシートに腰掛けていたシドとハイファ、それにランダウ艦長は肘掛けを掴む。G制御装置が間に合わないほどの機動に艦長が報告を求めた。
「どうした?」
「ユキカゼ戦闘中枢コンのオート機動です、何かを避けて――」
「何かとは、いったいなんだ?」
「今、走査していますっ!」
艦長と情報担当オフィサがやり取りする傍から耳障りな音がブリッジ内に響き始めた。空気を読めるクセにそれすら面倒臭くなっていたシドがハイファに言う。
「この音は知ってるぜ、ゲームでロックオンされたときの警告音だ」
囁いたつもりで低い声を響かせたシドにハイファは嫌な顔をした。
「演習じゃない現実なんだから、不用意にそんなことは口にしないでよね」
その間にブリッジには警告音に負けじと声が飛び交っていた。
「レーザー攻撃です、一撃は回避。ですが現在も敵はこちらを捕捉照準中!」
「レーザーだと? 全艦、全速で照準回避! 回避しつつアレスに最大出力でジャミングバラージを掛けさせろ! 護衛艦は最優先で索敵! 総員戦闘配置に就け! デフコン1、実際! デフコン1、実際!」
腹の底から響くような怒号で命令を下しながらも、ムスタファ=ランダウ一等宙佐はシートに腰掛けたままだ。大した胆力である。
胆力に関係なく座っているしかない二人は、電子戦闘艦が最大能力を使って敵に目眩ましを掛けなればならないような場面に居合わせたことを後悔し始めていた。
「何処の馬鹿が我がネレウス練習艦隊に喧嘩を売ってきたというのか……」
実戦戦闘配置を告げるサイレンが二度鳴り響く間に、ランダウ艦長は葉巻の吸い口をカットして火を点けた。倣ってシドも煙草に火を点け、紫煙を吐く。
更に電子戦闘艦アレスがECM――仕掛けられた電子戦へのカウンター手段――を開始するブザーまでが鳴り響き、ブリッジ内の緊張が高まる。
しかしやはりこれはゲームではない。煙草の灰さえ落ちないでいるのもG制御装置のお蔭、実際には旗艦ユキカゼは敵に照準させまいと目まぐるしく機動を繰り返しているのだ。
それはまるで熱い鉄板の上に裸足で立たされた者の如き様相を呈していた。
「アレスが敵影捕捉に成功!」
「よくやった。して、敵は?」
「攻撃は二時方向、俯角十度、距離、三百五十キロの宙域!」
「三百五十だと? そこまで近づくとは敵ながら天晴れだ」
「それだけではありません。攻撃は……その――」
「何だ、早く言わんか」
情報担当オフィサは困ったような顔をして傍にいた情報担当幕僚幹部を見上げた。幕僚幹部はモニタに出力された情報を信じがたいといった面持ちで見つめる。
結局、幕僚幹部は気の抜けたような声で告げた。
「攻撃はフォボス第一艦隊によるものと、アレスからの報告です」
「IFFは?」
「味方と認識しております」
「ふうむ――」
宙艦や航空機、果ては白兵戦の真っ最中の兵士であっても全てIFFという敵味方識別装置を搭載し、または身に着けている。
これでフレンドリースクォークという電波を送受信し合うことで、相対している機や艦が味方なのかそうでないのかが分かるという訳だ。味方であれば艦の種類や艦名まで判明する。
お陰で敵味方がオート判別されることで惑星の影での艦隊戦も、闇夜の威力偵察でも、フレンドリーファイアなる味方の同士討ちを防ぐことが可能となっているのだ。
だが現時点ではIFFで味方だと認識し合ったネレウス練習艦隊と、フォボス第一艦隊が砲火を交えている。本来ありえない筈の事象が起こっているのだ。
「当艦の戦闘中枢コンでも既にIFFコードを三桁回数以上確認しました。撃ってきたのは間違いなくフォボス第一艦隊の護衛艦キルケーです」
「フォボス第一艦隊にムスタファ=ランダウ名で『砲撃やめ』を発令」
「それも先程から百三十七回発信していますが応答なし。アレスからの報告も同様でして、あ、二百十回目……」
「演習の掉尾を飾る祝砲にしては、ちと派手だな。ふうむ……」
そこに情けない声が響いた。丁度当番に当たっていた火器担当オフィサの席でイリアス三尉が泣きそうな声を張り上げたのだ。
「艦長、た、大変です! 砲が、勝手に照準を!」
叫ぶと同時に高周波の警告音が短く鳴り、旗艦ユキカゼの主砲ともいえるビームファランクスが一斉射した。
「何処へ撃った、フォボス第一艦隊に祝砲返しか?」
「違う模様……十一時方向、仰角三十度!」
巨体に似合わぬ震え声のイリアス三尉と同時に情報担当オフィサが叫ぶ。
「今の斉射方向、距離四百の宙域にタイタン第二艦隊がいます!」
それでもランダウ一佐は席を立たなかった。紫煙を盛大に吐き出すと指令を出す。
「全艦へ発信。我が艦隊五隻は最大速で第一艦隊に接近し、ダイレクトに連絡を試みる。護衛艦二隻でアレスを固めろ。場合によっては盾にしてでもアレスを護れ! 電子戦闘艦が沈められたら艦隊は秒殺されるぞ!」
僚艦から了解のコールが入った。数千人の命の音にしてはいささか軽かった。
ランダウ一佐はシドとハイファに船外服を着用してシートに着くよう促したが、二人は動かなかった。ハイファは宇宙服など着ればシドとの距離が遠ざかってしまうような気がして、シドは宇宙服の中では煙草を吸えないというのが理由だ。
そのとき情報担当オフィサが金切り声を発した。
「第一艦隊から熱源反応。五、六……八、ミサイル、合計十二発! 向かって来ます! 本艦到達まで百五十秒!」
「迎撃ミサイル発射!」
「迎撃ミサイル、照準が定まりません! 照準装置不調!」
イリアスは泣きながら訴えていた。
「デコイを放出しろ! 各艦に通達。各個の判断で適宜回避行動を実施せよ!」
デコイとは本来は鴨猟の囮に使う精巧な鴨の模型のことを指すが、転じてミサイルなどの攻撃を受けた際に本来の標的から狙いを逸らせる欺瞞装置のことをいう。
僚艦からデコイが次々と放出されるのが大スクリーンに映った。熱や電磁波を発しているのだろうが、スクリーンからは眩く光を発しているようにしか見えない。デコイは四散してネレウス練習艦隊から遠ざかってゆく。
「ミサイル、方向をやや転じます。到達予想時間修正。あと九十秒」
情報担当オフィサの報告も途中でイリアスが呻いた。
「チクショウ、まただっ! ビームファランクスが勝手に照準を!」
今度は旗艦ユキカゼだけではなく、電子戦闘艦アレス以外の全ての艦からビームが斉射された。ある砲はミサイルに、ある砲はフォボス第一艦隊に向け、ある砲はタイタン第二艦隊へと断続的にビームを発射し続ける。
その間、砲も照準装置も、何もかもが操作を受け付けなかった。乗員たちはなすすべもなく呆然とモニタやスクリーンを眺めているしかなかった。
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