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第13話
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「で、こいつは何なんだ?」
「ほう、ご存じない、と。ここ半月ほど、この通りにも一日置きに立ってたんですがね」
「俺がパクったのは売人にシキテンで間違いないんだな?」
「ええ、ジーンズの若い売人と中年スーツのシキテンのコンビですよ」
「それが何だってあんな所に立ってやがったんだ?」
「さて、そこまでは。販路拡大の努力じゃないんですかね」
「ふうん。で、そのクスリはどう効く?」
「飲んでよし、カプセルを割って鼻から嗅ぐ、いわゆるスニフしてもよし。『飛び方』が珍しくて、慣れないうちは泣く奴が多いってんで、通称バンシーなんて不吉な名前でして」
「バンシー、何だそりゃ?」
聞いていたハイファが口を開いた。
「人が死ぬのを予言するっていう女の妖精だよ。その目はこれから死ぬ人のために泣くから真っ赤、泣き声は誰でも飛び起きるくらいに凄まじいんだって」
「よく御存知ですね、美人さん」
「お前、変なことばっかり知ってんな」
賛辞と呆れ顔を向けられ、ハイファはまたショーケースに目を落とした。
「量は出回ってるのか?」
「あのコンビだけが供給元でしたから、今のところは。あのコンビも元いたネオニューヨークから弾かれてこっちに流れてきただけですからね」
「へえ、ネオニューヨークか。それで大元は?」
「旦那の想像通り、ロニアですよ」
「くそう、またあそこか――」
テラ連邦に名を連ねながらテラ連邦議会の意向に添わない星系があるのも確かだ。子供でも知っているその代表格が、太陽系からたったワープ一回という近さでありながら林立するマフィアファミリーが全星を牛耳って違法な娯楽を提供し、人口よりも銃の数が多いとされているロニア星系第四惑星ロニアⅣだった。
ロニアマフィアにはシドたちも惑星警察の仕事上で常々手を焼いている。偽造IDでの不法入星者や武器弾薬、認可されない麻薬などのブツが流入したら、まずはロニアを疑うのが常套といった具合になっていた。
「バシリーファミリーと並んで今や飛ぶ鳥を落とす勢いのロニア二大武闘派マフィア、その片割れのビューラーファミリーの新たなシノギってとこですね」
「ふうん。セントラルを避けて、敢えてネオニューヨークとはな。外堀から埋めようってか」
「そういうことですかねえ――」
と、シドは涼しい顔を装うオヤジに斬り込んだ。
「で、例のブツ、入ってるんだろ。全部出してみろ」
「ああ、ああ、はいはい、旦那相手に言い逃れはムダ、と」
深々と溜息をつきつつ、オヤジは傍の小さなチェストからクスリのシートを掴み出してショーケースに載せる。十シートばかりのそれは厚生局の印がない、つまりは違法薬物だった。
「誤魔化しナシ、これで全部です」
「ふん、そこそこ入ってやがるな。じゃあそれ、半分貰っておこうか」
「全く、ネタ取っておいてこれですからね。旦那にゃ敵いませんよ」
ぶつぶつ文句を垂れながらも、半分だけでも手元に残って幸いとばかりに、オヤジはそそくさとシートを小さな紙袋に詰め込んでシドに手渡した。シドは左手首を突き出しリモータリンクで暗黙の了解となっているクレジットを支払う。
「いつも通りにポストに入れてるのか?」
「そうですね。チョウセンニンジン一本分がパーだ。それでも要らないってのに律儀にお代まで払うんですから、旦那には本当にぐうの音も出やしませんよ」
表の青銅のポストに稀少な漢方薬を入れ、誰とも知れない相手がその漢方薬と交換に入れていく違法薬物を売り捌いて、このオヤジは小金を稼いでいるのだ。その事実を見逃してやる代わりにシドは情報を手に入れている。
こんなやり方は勿論違法捜査だ。初めて知ったとき、ハイファはまさかと目を疑った。シドがそんなことに手を染めているとは思っても見なかったのだ。
だが今はもう何も言わない。シドはシドなりに己のやり方を確立してきたのであり、誰よりも自身にその意味を問い続けてきたと知ったからだ。
綺麗すぎる川に魚は棲まないという言葉を、ハイファはいつも思い出す。
「オヤジ、危ない奴には――」
「はいはい、売りませんって。ちゃんとIDも誓約書も取ってますから」
「ふん、カネ抱いて地獄に堕ちろ。……またくる。邪魔したな」
「はあーっ、旦那も美人さんもお気を付けて」
チャリンとベルを鳴らして外に出ると、涼しい夜気とともに急に現実感が押し寄せてきた気がして、ハイファは何となく溜息をついた。ついさっきまでの黄色い明かりの店内の出来事が酔夢だったかのような錯覚に陥る。
頭を振って顔を上げると、シドがポーカーフェイスの中にも心配げな色を黒い目に浮かべ、こちらを見ているのに気付いた。
「大丈夫、何でもないよ」
「ならいい。行くぞ」
再び人波の中に身を投じ、数百メートルを歩いて小径を左に入る。抜け出た表通りはよそよそしくも静かで、二人は我に返ったような気がした。
少し歩道を歩いて昼間と同じく大通りを渡り、公園に足を踏み入れる。入り口でシドがオートドリンカにリモータを翳し、省電力モードから息を吹き返させると、ハイファがボタンを押して保冷ボトルのコーヒーを一本手に入れた。
噴水が見えるベンチに辿り着くと二人で腰掛ける。
煙草を咥えたシドはオイルライターで火を点け、ポケットから小さな紙袋を取り出すと、袋を破って軽く丸め、足元の砂場に置く。これにも火を点けてノーマーク品のシートからプチプチと錠剤を押し出しては炎にくべた。残り火でシートも炙る。
その様子をハイファは冷たいコーヒーを飲みながら眺めていた。
「ほう、ご存じない、と。ここ半月ほど、この通りにも一日置きに立ってたんですがね」
「俺がパクったのは売人にシキテンで間違いないんだな?」
「ええ、ジーンズの若い売人と中年スーツのシキテンのコンビですよ」
「それが何だってあんな所に立ってやがったんだ?」
「さて、そこまでは。販路拡大の努力じゃないんですかね」
「ふうん。で、そのクスリはどう効く?」
「飲んでよし、カプセルを割って鼻から嗅ぐ、いわゆるスニフしてもよし。『飛び方』が珍しくて、慣れないうちは泣く奴が多いってんで、通称バンシーなんて不吉な名前でして」
「バンシー、何だそりゃ?」
聞いていたハイファが口を開いた。
「人が死ぬのを予言するっていう女の妖精だよ。その目はこれから死ぬ人のために泣くから真っ赤、泣き声は誰でも飛び起きるくらいに凄まじいんだって」
「よく御存知ですね、美人さん」
「お前、変なことばっかり知ってんな」
賛辞と呆れ顔を向けられ、ハイファはまたショーケースに目を落とした。
「量は出回ってるのか?」
「あのコンビだけが供給元でしたから、今のところは。あのコンビも元いたネオニューヨークから弾かれてこっちに流れてきただけですからね」
「へえ、ネオニューヨークか。それで大元は?」
「旦那の想像通り、ロニアですよ」
「くそう、またあそこか――」
テラ連邦に名を連ねながらテラ連邦議会の意向に添わない星系があるのも確かだ。子供でも知っているその代表格が、太陽系からたったワープ一回という近さでありながら林立するマフィアファミリーが全星を牛耳って違法な娯楽を提供し、人口よりも銃の数が多いとされているロニア星系第四惑星ロニアⅣだった。
ロニアマフィアにはシドたちも惑星警察の仕事上で常々手を焼いている。偽造IDでの不法入星者や武器弾薬、認可されない麻薬などのブツが流入したら、まずはロニアを疑うのが常套といった具合になっていた。
「バシリーファミリーと並んで今や飛ぶ鳥を落とす勢いのロニア二大武闘派マフィア、その片割れのビューラーファミリーの新たなシノギってとこですね」
「ふうん。セントラルを避けて、敢えてネオニューヨークとはな。外堀から埋めようってか」
「そういうことですかねえ――」
と、シドは涼しい顔を装うオヤジに斬り込んだ。
「で、例のブツ、入ってるんだろ。全部出してみろ」
「ああ、ああ、はいはい、旦那相手に言い逃れはムダ、と」
深々と溜息をつきつつ、オヤジは傍の小さなチェストからクスリのシートを掴み出してショーケースに載せる。十シートばかりのそれは厚生局の印がない、つまりは違法薬物だった。
「誤魔化しナシ、これで全部です」
「ふん、そこそこ入ってやがるな。じゃあそれ、半分貰っておこうか」
「全く、ネタ取っておいてこれですからね。旦那にゃ敵いませんよ」
ぶつぶつ文句を垂れながらも、半分だけでも手元に残って幸いとばかりに、オヤジはそそくさとシートを小さな紙袋に詰め込んでシドに手渡した。シドは左手首を突き出しリモータリンクで暗黙の了解となっているクレジットを支払う。
「いつも通りにポストに入れてるのか?」
「そうですね。チョウセンニンジン一本分がパーだ。それでも要らないってのに律儀にお代まで払うんですから、旦那には本当にぐうの音も出やしませんよ」
表の青銅のポストに稀少な漢方薬を入れ、誰とも知れない相手がその漢方薬と交換に入れていく違法薬物を売り捌いて、このオヤジは小金を稼いでいるのだ。その事実を見逃してやる代わりにシドは情報を手に入れている。
こんなやり方は勿論違法捜査だ。初めて知ったとき、ハイファはまさかと目を疑った。シドがそんなことに手を染めているとは思っても見なかったのだ。
だが今はもう何も言わない。シドはシドなりに己のやり方を確立してきたのであり、誰よりも自身にその意味を問い続けてきたと知ったからだ。
綺麗すぎる川に魚は棲まないという言葉を、ハイファはいつも思い出す。
「オヤジ、危ない奴には――」
「はいはい、売りませんって。ちゃんとIDも誓約書も取ってますから」
「ふん、カネ抱いて地獄に堕ちろ。……またくる。邪魔したな」
「はあーっ、旦那も美人さんもお気を付けて」
チャリンとベルを鳴らして外に出ると、涼しい夜気とともに急に現実感が押し寄せてきた気がして、ハイファは何となく溜息をついた。ついさっきまでの黄色い明かりの店内の出来事が酔夢だったかのような錯覚に陥る。
頭を振って顔を上げると、シドがポーカーフェイスの中にも心配げな色を黒い目に浮かべ、こちらを見ているのに気付いた。
「大丈夫、何でもないよ」
「ならいい。行くぞ」
再び人波の中に身を投じ、数百メートルを歩いて小径を左に入る。抜け出た表通りはよそよそしくも静かで、二人は我に返ったような気がした。
少し歩道を歩いて昼間と同じく大通りを渡り、公園に足を踏み入れる。入り口でシドがオートドリンカにリモータを翳し、省電力モードから息を吹き返させると、ハイファがボタンを押して保冷ボトルのコーヒーを一本手に入れた。
噴水が見えるベンチに辿り着くと二人で腰掛ける。
煙草を咥えたシドはオイルライターで火を点け、ポケットから小さな紙袋を取り出すと、袋を破って軽く丸め、足元の砂場に置く。これにも火を点けてノーマーク品のシートからプチプチと錠剤を押し出しては炎にくべた。残り火でシートも炙る。
その様子をハイファは冷たいコーヒーを飲みながら眺めていた。
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