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第15話

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「で、それから数世紀後に起こったのがテラ連邦に対する主権闘争か」
「各星系で同時多発的に起こった、いわゆる第二次主権闘争だよね」

 新たにテラフォーミングされた惑星の人々は、いつまでもテラ連邦議会に隷属するのではなく、星系政府を打ち立てて自治権を獲得せんという運動を起こしたのだ。その約三十世紀前の蜂起を第一次主権闘争、約二十五世紀前に起こったものを第二次主権闘争と呼ぶ。

 そうしてあまたの星系がテラ連邦に名を連ねながらも対等な立場を手に入れていったのだ。

「そこで不幸だったのがヴィクトル星系だよ」
「主権闘争に巻き込まれて自分たちも自治権を手にしたのはいいが、結局は困ったんだよな。産業なし、資源もなし。おまけに作物が育つ豊かな土壌もなしっつーんだから」

 困った事態だと認識した頃には入植者の子孫も増えていて、自分たちの糊口をしのぐことすら難しい状態だったという。

「事実としてテラ連邦は主権闘争を利用して、お荷物でしかなくなったヴィクトル星系を見限って斬り捨てたんだよ」

 まさかテラ連邦も公にそんな酷い話を認めはしないが、誰もが知る事実だった。
 それでもテラ連邦はヴィクトル星系に対し援助を行っていると謳っている。だが微々たる物資は反政府軍だけでなく正規の惑星内駐留テラ連邦軍までが奪い合う状態で、食糧自給率も僅かに4パーセントという厳しさだ。

 おまけに昔々にテラに斬り捨てられたのを人々は忘れていない。それがテロリストや反骨精神に溢れた人材を輩出することにも繋がっていた。

「殆ど外貨も稼げず、微々たる援助に頼ってる有様、本当ならこういう惑星は再テラフォーミングして、最低限でも穀物倉庫化するべきなんだけど……」
「それにはテロリスト一掃っつー問題と、更に莫大なクレジットが掛かるもんな。故にシブいテラ連邦はヴィクトル星系を最重要問題視しつつも放ったらかし、と」

 二人は同時にマグカップのコーヒーを啜る。

「で、さっきのニュースだよ」
「テラ連邦がヴィクトル星系の轍をアッサリ踏むとは考えにくいってことか?」
「そういうこと。テラ連邦レヴェルでなされるテラフォーミングは莫大なクレジットが動く、美味しい公共事業でもあるんだよ。それも惑星三つを同時にテラフォーミング、入植までさせておいて『失敗でした』ってのは、流行らない話だと思うよ」

「ふうん、さすがはFC専務サマ、目の付け所が違うな」
「まあ、僕らが損する訳じゃなし、どうでもいいんだけどね」

 と、自ら薄愛主義者を標榜する別室員は、つまらなそうに言った。
 綺麗に拭き上げた部品を眺めながらシドが訊く。

「でもヴィクトル星系の轍を踏ませねぇように、困窮してる入植者はテラ連邦が救済するんだろ。そいつは税金で、結局俺たちが損するんじゃねぇか?」
「そうそうテラはおカネを出さないよ、知ってるでしょ」
「そいつは官品として身に染みてるが、なら誰が損をするんだ?」
「入植者だって昔と違って保険くらいは掛けてる筈だよ」

「へえ、保険会社が損するのか」
「ほら、ニュースでもやってるし」

 メディアでは有識者からなる第三者委員会なるものが結成され、既に資源の枯渇状況などを調べるために現地入りしているとの報道がなされていた。

「この第三者委員会が頷いた日には、保険会社がカネを支払うんだな?」
「そうなるね。で、保険を請け負ったのは話題のナイト損保だよ」
「なるほどな。しかしこれ、一社だけで背負いきれるモノなのか?」

 幾らその方面に明るくなくても、惑星三つ分の『豊富な資源』を肩代わりするのは途方もない額面になるであろうことくらい、シドにも予想がついた。

「まあ、ナイト損保のブローカーは、支払いできるネームを慎重に選んで保険を買い取らせてるし、危険分散だってしてる筈だしね。何れにせよ僕らの目玉が転がり落ちていくようなケタのおカネの話だし、関係ないよ」
「ふうん、博打に負けたネームも大変だな」

 ハイファが愛銃を手入れし終えたのを見計らい、並べたパーツを前にシドは腕捲りをした。

「測ってくれるか?」

 目を瞑り、手探りだけでシドはテミスコピーを十五秒で組み上げた。にっこり笑ってハイファは十秒を切る鮮やかな手つきを披露する。
 そんな遊びに飽きると欠伸も出た。片付けて手を洗うと二人は寝室のベッドに横になる。天井のライトパネルを常夜灯モードにした。

 毛布を被ったハイファはシドの左腕の腕枕で、シドは長いさらさらの後ろ髪を指で梳きながら、タマはそんな二人の足元で丸くなって男たちは眠りに就いた。
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