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第45話

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「――んあ、何だ?」

 ふと気がついてシドが目を開けるとハイファが隣のデスクから見つめていた。

「シド、よだれ出てる」

 言われて袖で拭き、リモータを見れば驚いたことに二十時過ぎだった。デカ部屋は当然閑散とし、深夜番だけが古いソファでホロTVを眺めている。

「寝ちまったのか。起こせばいいだろ」
「同報が入っても起きない人を起こせません」
「同報、何だったんだ?」

「喧嘩。主任たちが出て、青少年課送りだってサ」
「ふうん。お前、メシは?」
「お昼は食べたよ。あ、それとコンスタンスホテル、宿泊客にも従業員にも被害者はいなかったってゴーダ主任が言ってたから」

「そうか」
「で、貴方は明日から傷病休暇だからね」
「そうか……」

 寝癖の気配を撫でつけつつハイファが飲みかけていた泥水を一気飲みして立ち上がった。

「そんなに慌てなくてもいいのに」
「俺が腹減ったんだ。帰ろうぜ、タマが暴れてるぞ」

 深夜番に頭を下げてから署をあとにする。歩き始めてから、しまった、スカイチューブにするべきだったとシドは後悔したものの、表情には出さずに先を急いだ。
 だが努めてゆっくり歩こうとするハイファに腰の不調はバレていると思われる。

「セントラル・リドリー病院も予約したから、もう逃げられないよ」
「……ハイ」

 何事もなく官舎に辿り着き、買い物もしないというので五十一階にそのままエレベーターで上がった。ハイファもシドの部屋に直帰だ。
 機嫌の悪いタマに缶詰をやったのち、ハイファは愛用の黒いエプロンを着けてキッチンに立つ。シドはホロTVを点けてニュースを視ながらハイファの銃二丁の手入れに取り掛かった。

「んで、何食わせてくれるんだ?」
「手抜きっぽいけど、オムライスとスープにサラダでいい?」
「いい、いい、それ食いたい」

 好物を心得ていて、病院送りになる前に食わせてくれるのはツボだよなあ、などと思いながらふとTVを視る。映っていたのはエリアス=ワーナーのポラだった。

 テラフォーミング事業に関わった企業との癒着により、テラ連邦植民地委員会の副委員長エリアス=ワーナーが汚職で当局に拘束され、今後も捜査のメスが入るという話題と、関連づけてアルケー星系に大規模視察団が投入されるという話題をトピックスでやっている。

「珍しく闇でうやむやにしねぇんだな」
「何処まで波及するか分からないのに、テラ連邦議会も思い切ったよね」
「税金の無駄遣いも桁違い、相当叩かれるだろうな」
「貴方の本気が室長にも伝わったんじゃない?」
「ユアン=ガードナーの人でなし野郎が? 冗談だろ」

 炒め物の香ばしい匂いをさせながら、ハイファは真面目な顔で振り向いた。

「貴方が医務室で点滴してる間に別室で班長から聞いたんだけど、妻帯者用官舎ビルでの爆破って、室長の部屋の並びだったんだって。現場も見たらしいよ」
「へえ、正当な捜査に横槍入れといて、だからどうだって?」
「そう言われると返す言葉もないけどね」

「どうせ調別に対しての貸しになるんだろ」
「それも否定しないよ。ただ、事実は事実ってだけ……ねえ、食べられそう?」
「こっちももう終わる」

 またあとでハイファ自身が点検するのだ、取り敢えず納得したところで組み上げる。用具を袋に収め、銃二丁を並べて置いて立ち上がると、いつの間にか膝に乗っていたタマが迷惑そうな顔をしてポトリと床に降り立った。

 洗面所で手を洗い、キッチンでグラスにジントニックを作ってから着席する。
 じっとグラスを眺めたハイファがコメントする前に口走った。

「昼間飲まされたのが安物のウィスキーでさ、自殺こく前だっつーのに、あの程度の酒しか選ばねぇ男に俺が見えたんなら失礼な話だよな」
「全然言い訳になってないよ。もっと痛くなっても自己責任だからね」
「大丈夫だ、いよいよとなったらお前に乗っかって貰うからさ」

 僅かに頬を染めたハイファと向かい合って食事に取り掛かる。

「やっぱり旨いな、このトロトロの卵とかさ」
「もう少しゆっくり食べてよ、誰も盗らないから」
「大丈夫だ、ちゃんと味わってるって」

「早食いは刑事の得意技だもんね。そういえば貴方の傷病休暇申請出したら『ダンナは張り切りすぎか?』って、みんなに笑われちゃった」
「ぶっ! お前、ぎっくり腰なんて書いたのかよ?」
「ちゃんと腰椎椎間板ヘルニアって記入したよ」

「ふうん」
「あーたもツンデレしてないで、そろそろ年貢の納め時じゃない?」
「やなこった」

 食事を終えると後片付けをし、コーヒー&煙草タイムののちにハイファはバスルームを使いに一時帰宅していった。シドもリフレッシャを浴びる。

 全身をドライモードで乾かし寝室でパジャマを身に着けると、キッチンでまた煙草を咥えた。明日から再生槽に投げ込まれるのだ、今のウチにフルチャージしておこうという、依存症患者の浅ましい思いである。

 二本を灰にして寝室に引っ込み、毛布の上に丸くなっていたタマの遊び相手をしていると、ハイファもパジャマ姿で戻ってきた。野生のケダモノと戯れたシドの手を見て溜息、ファーストエイドキットから滅菌ジェルを出して消毒する。

「シド、唇も消毒するから上向いて」
「そっちはいい。お前の口に入るだろ」

 唇に触れたハイファの手首を掴み、シドはその優しい指を口に含んでいた。
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