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第2話
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エアロックから出ると、目の底が痛いような日差しが待っていた。
多種多様な宝石の産地として有名な地は恒星パライバの光が燦々と降り注ぎ、宙港面の白いファイバブロックの照り返しも手伝って、立っているだけでスーツの背にじわりと汗が滲む。
承知していたことだが、テラ本星セントラルエリアは早春だったのだ。着ているスーツはここの季候に即したものではない。
仕方なくコウは締めていたレジメンタルタイを緩める。
「どうした、行くぞ」
結城に声をかけられコウは宙港施設まで運んでくれるリムジンコイルのステップを上った。大型コイルバスは反重力装置を起動、僅かに地から浮いて軽快に走り出す。
さすがに宙港メインビルの中は文明の風に満たされていた。
通関を済ませて自由を得るとコウと結城はつかず離れずで移動しビル同士を串刺しして繋ぐスカイチューブのスライドロードに乗って宙港ホテル側へとビルを移る。
スカイチューブを出るとそこは宙港ホテルの二十階で目前がフロントだった。
「独りは淋しくないか?」
「……えっ?」
何のことだか分からないうちに、結城がフロントに口を利いている。
「ツイン、喫煙で一室、頼む」
「お待ち下さい……四十五階、四五〇七号室になりますが、宜しいでしょうか?」
「ああ、それで構わない」
「ではキィロックコードをお流ししますのでリモータをこちらへ」
キィロックコードが結城だけでなくコウのリモータにも流され、それこそ流されるようにしてコウは結城と同宿することになってしまった。
所詮は宙港ホテルで華美さはないが四五〇七号室は機能的で清潔だった。
「勝手に決めて申し訳なかったな」
「いえ、構いませんよ。実際一人飯も淋しいですし」
ショルダーバッグをソファに置いたコウは結城がスーツの上着を脱ぐのを何気なく眺めて溜息をつく。ホワイトのドレスシャツ一枚になった結城は堂々たる体躯をしていたからだ。
それに引き替えコウは時々、女性と見紛う者がいるほど細い。顔立ちが女性的なのも一因だが、幾ら食べようが鍛えようが細い体型が変わることがないのである。だからといって上着とタイくらいは外さなければ落ち着かない。
しぶしぶドレスシャツにスラックス姿になると、結城が黒い目を眇めてコウを見た。
だが今度は間抜けな説明はせず、肩を竦めて見せただけで済ませる。
「お腹、空いてないですか?」
「ん、あ、いや、まだ大丈夫だ。そう気を使わないでくれ」
「別に気は使ってないですよ」
言いつつコウは行きずりの赤の他人、それもドラール星系人と、なし崩し的に同宿することに全く抵抗を感じていない自分に気づいた。宙艦の中で感じていた緊張も警戒心も解け、最初からこうなるのが必然だったかの如く結城の存在を許容している。
尤も星系レヴェルの揉め事で一介の刑事同士が寝首を掻き合う理由もない。広域惑星警察の身分証があれば銃を携帯して他星系に渡れる。非常時には他星でも警察権を行使できるからだが、結城と同様に自分もベルトの腰に執銃しているとはいえ、まず使わずにいられそうだ。
コウも結城もベルトに着けたヒップホルスタで保持しているのは広域惑星警察の制式拳銃であるシリルM220である。弾頭こそ硬化プラスチックで威力はさほどでもないがそれなりに殺傷能力のある銃だ。リモータには麻痺レーザーも搭載している。
しかしそんなものは意識せず、意識しなかったため却って外すこともせずに、同様の格好をした結城の存在で、まるで署のデカ部屋にいるかのようにリラックスして、備え付けの飲料ディスペンサーから紙コップにアイスコーヒーを淹れた。半分ほどを一気に飲む。
結城は遮光ブラインドを上げた窓際で外を眺め、灰皿片手に煙草を燻らせている。
行きは夜で仮眠しただけ、風景も拝んでいない。紙コップ片手にコウも窓辺に寄ってみた。
「うわあ、すっごい! 綺麗!」
そこはオーシャンビュー、宙港の向こうに碧い海が広がっていた。水資源の利権争いで星系関係が劣悪になるくらいなのだ。コウの暮らすリマライ星系も結城のドラール星系も海という海はなく、真水に加工する価値がある湖沼も僅かである。
どんなに高価な宝石にも勝る白い波頭の輝きにコウは暫し見入った。
現地時間は十七時過ぎだが一日の長いここではまだ恒星パライバは傾きを知らず、碧い海の所々に点々と浮かんだ船も眺められる。何処までも碧い水は続き、丸く水平線が空との境をくっきりと描き出していた。海の手前にある林からは海遊びに飽いたらしい人が歩いてくる。
美しくも翳りのない、ひたすら明るい光景だった。
そうしてコウは自分の紙コップを、煙草を吸い終えた結城が口にしているのに気づく。いつの間に手渡したのかすら覚えがないが、結城は空っぽにしたそれを捻って振り向くと、数メートルも離れたダストボックスに投げ、ナイス・インさせた。
それまでと違う目だけの笑みでなく、少し自慢げに破顔した結城はくつろげたドレスシャツの襟元から鎖骨の辺りまで見え隠れさせていて、男の色気を感じさせた。
そんなことを思っているうちに結城の整った顔が近づいてきて、避ける間もなくコウは唇を奪われている。
多種多様な宝石の産地として有名な地は恒星パライバの光が燦々と降り注ぎ、宙港面の白いファイバブロックの照り返しも手伝って、立っているだけでスーツの背にじわりと汗が滲む。
承知していたことだが、テラ本星セントラルエリアは早春だったのだ。着ているスーツはここの季候に即したものではない。
仕方なくコウは締めていたレジメンタルタイを緩める。
「どうした、行くぞ」
結城に声をかけられコウは宙港施設まで運んでくれるリムジンコイルのステップを上った。大型コイルバスは反重力装置を起動、僅かに地から浮いて軽快に走り出す。
さすがに宙港メインビルの中は文明の風に満たされていた。
通関を済ませて自由を得るとコウと結城はつかず離れずで移動しビル同士を串刺しして繋ぐスカイチューブのスライドロードに乗って宙港ホテル側へとビルを移る。
スカイチューブを出るとそこは宙港ホテルの二十階で目前がフロントだった。
「独りは淋しくないか?」
「……えっ?」
何のことだか分からないうちに、結城がフロントに口を利いている。
「ツイン、喫煙で一室、頼む」
「お待ち下さい……四十五階、四五〇七号室になりますが、宜しいでしょうか?」
「ああ、それで構わない」
「ではキィロックコードをお流ししますのでリモータをこちらへ」
キィロックコードが結城だけでなくコウのリモータにも流され、それこそ流されるようにしてコウは結城と同宿することになってしまった。
所詮は宙港ホテルで華美さはないが四五〇七号室は機能的で清潔だった。
「勝手に決めて申し訳なかったな」
「いえ、構いませんよ。実際一人飯も淋しいですし」
ショルダーバッグをソファに置いたコウは結城がスーツの上着を脱ぐのを何気なく眺めて溜息をつく。ホワイトのドレスシャツ一枚になった結城は堂々たる体躯をしていたからだ。
それに引き替えコウは時々、女性と見紛う者がいるほど細い。顔立ちが女性的なのも一因だが、幾ら食べようが鍛えようが細い体型が変わることがないのである。だからといって上着とタイくらいは外さなければ落ち着かない。
しぶしぶドレスシャツにスラックス姿になると、結城が黒い目を眇めてコウを見た。
だが今度は間抜けな説明はせず、肩を竦めて見せただけで済ませる。
「お腹、空いてないですか?」
「ん、あ、いや、まだ大丈夫だ。そう気を使わないでくれ」
「別に気は使ってないですよ」
言いつつコウは行きずりの赤の他人、それもドラール星系人と、なし崩し的に同宿することに全く抵抗を感じていない自分に気づいた。宙艦の中で感じていた緊張も警戒心も解け、最初からこうなるのが必然だったかの如く結城の存在を許容している。
尤も星系レヴェルの揉め事で一介の刑事同士が寝首を掻き合う理由もない。広域惑星警察の身分証があれば銃を携帯して他星系に渡れる。非常時には他星でも警察権を行使できるからだが、結城と同様に自分もベルトの腰に執銃しているとはいえ、まず使わずにいられそうだ。
コウも結城もベルトに着けたヒップホルスタで保持しているのは広域惑星警察の制式拳銃であるシリルM220である。弾頭こそ硬化プラスチックで威力はさほどでもないがそれなりに殺傷能力のある銃だ。リモータには麻痺レーザーも搭載している。
しかしそんなものは意識せず、意識しなかったため却って外すこともせずに、同様の格好をした結城の存在で、まるで署のデカ部屋にいるかのようにリラックスして、備え付けの飲料ディスペンサーから紙コップにアイスコーヒーを淹れた。半分ほどを一気に飲む。
結城は遮光ブラインドを上げた窓際で外を眺め、灰皿片手に煙草を燻らせている。
行きは夜で仮眠しただけ、風景も拝んでいない。紙コップ片手にコウも窓辺に寄ってみた。
「うわあ、すっごい! 綺麗!」
そこはオーシャンビュー、宙港の向こうに碧い海が広がっていた。水資源の利権争いで星系関係が劣悪になるくらいなのだ。コウの暮らすリマライ星系も結城のドラール星系も海という海はなく、真水に加工する価値がある湖沼も僅かである。
どんなに高価な宝石にも勝る白い波頭の輝きにコウは暫し見入った。
現地時間は十七時過ぎだが一日の長いここではまだ恒星パライバは傾きを知らず、碧い海の所々に点々と浮かんだ船も眺められる。何処までも碧い水は続き、丸く水平線が空との境をくっきりと描き出していた。海の手前にある林からは海遊びに飽いたらしい人が歩いてくる。
美しくも翳りのない、ひたすら明るい光景だった。
そうしてコウは自分の紙コップを、煙草を吸い終えた結城が口にしているのに気づく。いつの間に手渡したのかすら覚えがないが、結城は空っぽにしたそれを捻って振り向くと、数メートルも離れたダストボックスに投げ、ナイス・インさせた。
それまでと違う目だけの笑みでなく、少し自慢げに破顔した結城はくつろげたドレスシャツの襟元から鎖骨の辺りまで見え隠れさせていて、男の色気を感じさせた。
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