代わりはいない。だから

志賀雅基

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第9話

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 救急機を乗っ取った襲撃者はコウと結城の二人で何とか始末したものの、その間はひたすら伏せていることしかできなかったSP陣の様子がメディアに流れ、更にドラール側の事務次官も左腕をスナイパーに撃ち抜かれるという、惑星警察の警備部にとってもリマライ星系政府にとっても痛い結末を迎えることとなった。

 その代わりにもならないが周辺警戒していた警備課の人員にアマリエットM720を持つスナイパーが発見・逮捕され、警官狙撃事件のホシとしても再逮捕というおまけがついた。

 顛末はともかくSPの任を速やかに解かれたコウは翌日からまたマイネ六分署機捜のデカ部屋で旨くもないコーヒーを啜りながらファイル整理に戻った。

 そうして帰りには必ず管内の病院に寄る。だがこれまでの再生槽ばかりが並んだ病院とは違い、三日前から通っているのは救急患者を受け入れている大学付属病院だ。
 今日もコウは病室ではなく真っ先に喫煙室を覗く。やはり結城はまた煙草を吸っていた。おまけに固定しておかなければならない右腕も既に吊ってはいない。

「貴方、治す気があるんですか? 手術しただけで再生槽にも入らずに」
「毎日同じことをガミガミ言わんでくれ」

「もしかして痛覚ブロックテープも……ほら、やっぱり剥がしてるし! マゾなんですか本当に」
「あれは上半身に貼ると、唇が痺れて煙草を落とすんだ」

 窓際で外を眺めながら言い訳する男をコウは見上げて睨む。結城は薄いガウンのような患者服の合わせから象牙色の肌と鎖骨が覗かせていて、不埒な思いに一瞬囚われたコウは目を逸らした。

 あの夜の結城の熱さまで思い出し、火照る頬を誤魔化すため言葉に怒りを混ぜる。

「他人の傷は消しておいて自分の傷は残すんですね」

 コウの怒りも柳に風と受け流し、黒い目に笑みを溜めた結城がうそぶく。

「あんたと戦った痕を残しておきたくてな。マゾ同士、気が合うと思わないか?」
「僕は別にマゾじゃありませんから。……って、マゾ思考ですよね」

「そこでいきなり凹まれても困るんだがな。けどどっちにしろ再生液は毎日ぶっかけられてるからな、明日には傷も塞がる。向こうで入院するならワープも可能だ」

「えっ、明日ですか?」
「ああ。得物はレーザーだったし、丈夫が身上なんでな」

 自分が完治まで二週間かかったので結城の入院も先が長いと思い込んでいたのだ。

「そう、ですか。……ところで捜一の貴方が何でSPなんてやってたんですか?」
「じつは俺はあんたのIDを持ってる。あんたが意識をトバしている間にリモータから勝手に抜かせて貰った」
「僕の情報を抜いて、それで?」

「コネというコネをフル活用、コウ、あんたのIDが今回のSP名簿に載ったのを掴んだ」
「だからって、どうして貴方までSPなんです?」
「苦労してあんたの前にやってきた俺に、この上クサい科白を言わせるつもりか?」

 黒い目とすみれ色の瞳が見つめ合う。お互いにどんな表情を作ったらいいのか分からないまま。じっと見つめ合い、目が泳ぎそうになるたびに互いが縫い留める。

 生涯でたった一人と決めていた者を失った結城と、プライヴェートはともかく仕事上で背を預け命を託し合う者を実質失ったコウ。

 その心の傷も癒えぬうちに出会ってしまった二人は同時に溜息を洩らした。

「何だか……酷い罪を犯してしまった気がします」
「俺は全力であいつを愛した。だから悔いはない。悔いはないがただ……いや、何でもない。コウはバディに謝る理由があるのか?」
「僕は……僕は、何もかもが悔いばかりです。あいつの未来を破り捨てたのは、僕の油断ですから」

「悔いのない人間はいない。それにな、コウ。独りで二人分、バディの人生まで背負って生きることが実際に可能か? いちいち『あいつならああした、こうした』と考えて、それを実行する代理人生を歩んでやる気なら、あんた自身という一人分の人生を殺すも同然だぞ」

「他人から見たら馬鹿馬鹿しいでしょうね、僕のやっていることは。でもスカスカするんですよ、自分のミスで穴を開けてしまって。この穴、何処に開いているんでしょうか? それすらも分からない穴は時間が経てば埋まるんでしょうか? 分からないうちは進めません」

「そうか。確かにまあ、俺だってスカスカするが、穴の場所なんか分からん。あんたみたいに代理人生こそ歩まんが、あいつの『あったかも知れない人生』を考えずにいられないからな」

「何だか矛盾してますよ? 説得するのか愚痴るのか、どちらかにして下さい」
「『連邦標準語で喋れ!』ってぶん殴って蹴り飛ばさないのか?」
「……矛盾を持たない人間もいませんから、きっと」

 そこに結城捜索隊の看護師が現れ病室に強制送還となった。病室は二人部屋、だが使われているのは窓側の結城のベッドだけだ。

 食事が丁度リフトに届いていてコウはベッドに付属のテーブルへトレイを運んでやると、自分の食事を手に入れるために同階にある売店に走る。サンドウィッチやコーヒーなどを買うと、また結城の病室に戻って一緒に食事を摂った。これもここ数日の日課だ。

「こういうのも今日までなんですね」
「一人飯でもちゃんと飯は食うんだぞ、ただでさえ細いんだからな」
「分かっていて人のコンプレックスを突かないで下さい」

 唇を尖らせたコウは左手でスプーンを操る結城を見上げる。その口の端に付いたご飯粒に手を伸ばし、ごく自然に自分の口に入れた。二人で苦笑し合う。

 昨日までは食事を終わらせると官舎に帰っていたコウだが、今日は消灯の二十三時を過ぎても帰らなかった。消灯前に見回りにきた馴染みの看護師には詭弁を弄して留まらせて貰う。

「夜中の見回りは三時だ」

 オートドアはリモータチェッカにリモータを翳し、キィロックコードを照射しないと開かない。コードを持つのは患者自身と医師に看護師だけ、だがワンクッションあれば心の準備が出来る。
 などと考えながらもコウは胸の鼓動の高鳴りを抑えきれなかった。

 抑えきれないままにジャケットを脱いでタイを抜き、スラックスのベルトを緩めて脱いだ。ドレスシャツと下着も取り去って白い肌を余さず晒す。
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