代わりはいない。だから

志賀雅基

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第11話

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 相変わらずの余所の課の下請けとファイル整理でコウの二週間は過ぎていた。

 今は署の七階の食堂で、それこそ一人でピラフを口に運んでいる。

 中空に浮かんだ3DホロTVでは、長きに渡るドラール星系との水資源問題が解決し分割協定が結ばれたことなどを映し出していた。宙港からのドラール直通便も復活するらしい。

 あのときのSPを出した警備部では、かなりの人員の配置換えがあったと聞いていた。襲撃に次ぐ襲撃を未然に防げず、パッケージに怪我まで負わせたのだ。懲罰人事も仕方ない。

 自分にもそれが降ってくるかとコウは暫く身構えていたが何の音沙汰もなかった。尤も今現在の状態が懲罰人事のようなもの、これ以下の立ち位置などないに等しいだろう。

 駄々っ子の如く『バディは要らない』宣言しているのだ。実際まともな職務にならないのは確かで、拘りというより単なる甘えと捉えられても仕方なく、依願退職勧告されないのが不思議だ。

 昼食までずっとファイル整理だったため食欲もなかったが、言われたことを思い出してプレートのものを綺麗にさらえてからトレイを返却し、一階の機捜のデカ部屋に戻った。旨くもないコーヒーを一杯調達すると、またファイル整理だ。

 キャビネットに入った無数のMB、メディアブロックを一掴み持ってきてデスクに着くと捜査戦術コンと繋がった端末を立ち上げる。吹けば飛ぶような五ミリ角のMBをひとつずつ外部メモリセクタに入れてはドラグネット、いわゆる犯罪履歴とも云えるものに追加資料をコピーさせてゆく。同報が入らなければこれを今日は丸一日だ。

 コウ自身が選んでしまった道だと分かっていてもこれは気が滅入る。溜息をつきかけて飲み込んだ。懐かしいような煙草の匂いがしたからだ。

 ハッとして顔を上げる。何処から匂いがするのか慌てて目で探した。

 課長席の前に姿勢良く立っているのは紛れもなく結城だった。しかつめらしい顔を作って、多機能デスクを挟んで険しい表情の課長の前に立っている。煌めく蒼炎色のピアスも健在だ。

 何がどうなっているのかさっぱり分からないまま、コウは課長に手招きされる。
 長身の結城と並んで課長の前に立つと開口一番で課長が訊いてきた。

「コウ=ブランシュ巡査部長、お前のバディ候補の結城和臣かずおみ警部補だ。受ける気があるか?」
「……考えさせて下さい」
「充分、考える時間は与えた筈だ」
「一日でいいです、どうかお願いします」

 最敬礼して耐えること五秒、課長の溜息を聞く。

「明日の朝には答えを出せ。この人事はマイネ統合本部からの通達でもある。はっきり言えばSPの件での懲罰人事だ。断るなら首を洗ってくるんだな。今日はもう帰っていい」

 異分子がとうとう進退を問われた訳だ。追い払うような手振りの課長に再度敬礼し自分のデスクを片付けたコウは結城と共にデカ部屋を出た。廊下を横並びで歩くと誰もが目を向けて来る。慣れた署内で初めは何事かと不審に思ったコウだったが、数秒考えてみて自分と結城の身長差が極端すぎるのだと気付く。

 こればかりは気にしても仕方がないので無視しようと決めたが、じつのところはタイプの違う色男が二人して歩いていたために婦警たちの目を惹いたのだった。それにドラール星系人の結城は元々が母なるテラ系なので見かけは殆ど違わないが、蒼炎色のピアスは結構目立つ。

 人目を引きずりつつ署を出るなり勝手に左へ行こうとする結城を方向転換させて、コウは右へと歩き始める。歩道に併設されたスライドロードも使わず、ぐいぐいと歩いた。長身の結城は難なくついてくる。ごく自然体の大男にコウは訊いてみた。

「僕に嫌味な人事を突きつけるのは分かりますけど、結城さんはどうしてですか?」
「俺も同じく事務次官を撃たれた。だから懲罰人事……と言いたいが、逆だ」
「逆、ですか?」

「ああ。ドラールではたった二人でテロリスト五人斬り、事務次官を救ったヒーローだ。いっぺん俺の古巣に来てみるといい。あんたも全星系ネットで有名人だからな」
「はあ、所変わればってヤツですね。でもそれが何でリマライまで?」
「……本当に分からないのか?」

「うーん。だって家族もいるでしょう? 全て捨てて他星系に島流しされていいんですか? ヒーローなら多少の我が儘も通るでしょう?」
「あのな。本当に分からないのか、我が儘を通した結果だと」

 繰り返し不機嫌そうに言われたが、コウには本当に分からなかった。

 広域惑星警察は普通、星系間での異動などしないものだ。たまたまドラールとリマライが近いために婚姻その他の家庭事情で異動がなされる場合はある。だが自星系の政府高官の命を救ったヒーローが何故、それこそ懲罰人事並みに他星系へとトバされなければならないのか。

 考えつつ、コウは通い慣れた道を往く。
 水資源問題で一時は険悪になったとはいえ、ワープたった一回の隣の星系である。この街でも男性は右耳に、女性は左耳に、細長い菱形のピアスを下げた通行人をたまに見かけた。

 そのくらい文化的にも近く融け込んでいる星系同士だが、出張ではなく異動となると余程の理由と覚悟が要るだろう。そんなことを考えていると、丁度ドラール星系人のカップルとすれ違う。 

 ピアスの色はそれぞれ違ったが、何故だか結城の蒼炎色が一番綺麗で高貴に思えた。

 十五分ほど歩いてコウはビルの谷間の細い路地に入った。そこにあるのはビルの裏口だった。赤いランプが点いていて、やっとこのビルが病院なのだと結城にも判別がつく。リモータチェッカもないオートドアをコウに続いて通り抜けた。

 エレベーターに乗り、階数表示でこのビルが三十二階建てだと結城は知る。

 二十階で降り、病院にしては不気味なまでの静けさに満ちた廊下を辿った。看護師の一人とも行き会わず、見かけたのは一括管理されたモニターの異常を見回り、機器の簡単な保守管理をする医療メカばかりである。ただ部屋は全てドアが閉じられているので中にどんな患者がいるのかまでは分からない。しかし結城には既に予想はついていた。

 最終的にコウが足を踏み入れたのはデカ部屋の三倍はありそうな大部屋だった。

 そこに並んでいたのはベッドではなく再生槽で、数にして百基はあるだろう。カーテン一枚での仕切りすらない薄緑色の再生液には全て人間が沈んでいた。一種異様な光景に結城は酔いそうな気分でコウについて行く。コウは慣れた歩調で再生槽の間を縫い一基の再生槽の傍に立った。

「これが僕のバディです。僕の背中と命を預けたバディなんです」
「なるほど……そうか」

 そこには茶色い髪で結城より少し背の低い男が目を瞑り、患者服を揺らめかせて沈んでいた。
 歳はコウと変わらないくらい若く見える。
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