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第10話

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「申告します。中央情報局所属ユーリー=ニコノフ曹長以下二名は、部内幹部候補生課程を修了するため、幹部学校に入校を命ぜられました。敬礼!」

 ハイファ、いや、ここではユーリーに合わせてシドも挙手敬礼をした。
 ここは幹部学校の学校長室だった。多機能デスクを挟んだ目の前で答礼しているのは学校長のサンドル=ベイル一等陸佐である。日に灼けた壮年の、金髪の偉丈夫だ。二人を見つめる眼光鋭い緑の瞳を、ふと和らげた。

「直ってくれ、休め。……忙しい職務に励みながらの課程修了は厳しいだろうが、ここは若さと情熱で乗り切って欲しい。君たちはテラ連邦軍の将来を担う身だ。新風を吹き込む気概を持って学びたまえ。――気を付け! 相互に敬礼! 直れ! では、行って宜しい」

 オートドアから廊下に出ると置いていたバッグを担ぎ上げてシドは溜息をついた。横目で見ながらハイファは笑う。

「『情熱』だの『新風』だの、今更だとか思ってる?」
「俺はそこまでスレてるように見えるのか? 真っ当すぎて言葉もねぇって」
「まあ、学校長だからねえ。最初からへし折るようなこと、言う訳ないから」

 リモータに流された配置図も見ずにハイファは廊下を歩き出す。

「今日はこのあと何だって?」
「十六時二十分から本日最後の授業の一コマ、防衛基礎学に出る。それまでに自室で装備品の点検を実施。バス・トイレ・ダートレス付きの二人部屋だよ」
「おっ、ラッキィ。ポリアカ初期生のときは四人部屋だったからな」

「大変だっただろうね」
「まあな。バス・トイレの奪い合いで――」
「大変だったのはイヴェントストライカの周りの人のことだよ」
「ふん。BELが窓から突っ込んできても誰も驚かなかったぞ」

「慣れって怖いなあ。第一艦隊からミサイル突っ込ませたりしないでよね」
「サイキ持ちじゃねぇんだから」
「ある意味、サイキ並みだとは思うけど。……あ、そのエレベーターで上がるよ」

 この幹部学校はグラウンド以外の全ての施設がひとつのビルに集約されている。三十五階建ての十八階以上が学生たちの生活区画となっていて、非常の際にも対応したフェイルセーフ付き高速エレベーターが各所合わせて十五基も設置されていた。勿論階段もある。

 エレベーターに乗り、二十七階で降りた。

「二七〇二号室、こっちだよ」

 明るく清潔な廊下には同じようなオートドアが並び、ビジネスホテルのような印象だ。
 学生たちのいない時間を狙っているのか、モップを持ちオートクリーナーを従えた掃除のオバチャンとすれ違った。学生に掃除をさせることで精神修養が出来るという理論を人類が捨てて久しい。

 完全資本主義社会のテラ連邦は雇用創出にも励んでいる。

「ここだよ。貴方のリモータにもキィロックコードは流れてるからね」

 学校長室に向かう前に寄った業務隊で施設内配置図やキィロックコード、自分の区隊のスケジュールや共同施設の使用規則その他、膨大なファイルをリモータに受け取っていた。
 ハイファがリモータを壁のパネルに翳すとロックが解け、センサ感知してオートドアが開いた。二人は足を踏み入れる。

「懐かしいでしょ、この配置」

 左右の壁際にベッドがひとつずつとクローゼットのようなロッカー。奥の窓際にキャビネットと端末付きデスクと椅子のセットがふたつ。小さな食器棚のようなものとポットもあり、コーヒーくらいは淹れられそうだ。左側奥に洗面所とダートレス、その両側の扉はバスとトイレだろう。

 本当にビジネスホテルの一室のようだった。
 だがあくまで白い壁とベッドの上に角を揃えてキッチリ畳まれたオリーブドラブの毛布が、ここは軍であると強く主張している。

「懐かしいったって、俺は――」
「同じ仕様の部屋に入ったじゃない、あのとき」

 八年前の戦競の夜のことを言っているのだとは分かったが、それこそ室内を観察する余裕など十六歳のシドにはなかったのだ。
 照れをポーカーフェイスに隠して右側のベッドに制帽と軍のバッグを放り投げる。

「って、シド。何処に行くのサ?」
「廊下に灰皿があった。とってくる」

 シドは軽金属の灰皿を手にして戻ってくると早速煙草を咥えて火を点けた。咥え煙草でハイファに倣い、デスク上にあったMB――メディアブロック――をつまみ上げる。五ミリ角のキューブをリモータの外部メモリセクタに入れ、表示通りの物品が揃っているかどうかをチェックし始めた。

 紙媒体のテキストは一切なく、確かめるモノといえば支給された衣類や個人管理の背嚢に天幕と呼ばれるテント、水筒やスコップにヘルメットなどの野外用装備品などだった。衣類は靴下から下着、Tシャツや戦闘服に制服の予備まで揃っている。
 ふと気付くとハイファが微笑んでこちらを見ていた。

「何だよ?」
「僕はもう終わったからね。……お揃いの制服、惑星警察のもいいけど、こっちもいいなって。すごく似合ってる、ストイックでそそられるよ」
「見慣れ度が違うからな、お前の方がよっぽど似合ってるぜ」

 テラ本星に於ける陸軍の制服は上下ともに濃緑色、ワイシャツは濃いベージュで、上着の裾丈が長く、共布のベルトでウェストを絞るタイプだ。ハイファの細い体型がより強調されるデザインである。通常隊員のタイは制服と同じ濃緑色だが、二人は焦げ茶色のタイを締めている。これは中央情報局員の証しだった。

 左胸には二人ともネームプレートの上に適当な略綬が幾つかと、これは本物の特級射撃手徽章が輝いている。
 一通りのことが終わるとシドは放り出してあった私物バッグの中身を解体した。入れてあったのは二人分の私服一揃いと予備弾薬、シドの対衝撃ジャケットにレールガン、ハイファのスペアマガジンに銃の整備用具などだった。

 ハイファは勿論のこと、シドもハイファから借りたショルダーホルスタを制服の懐、左脇に吊っていた。入っているのはパウダーカートリッジ式の旧式銃だ。四十五口径、チャンバ含めてフルロード十連発のセミ・オートマチック・ピストルである。
 それでも慣れた愛銃は手放し難く、巨大レールガンも持ち込むことにしたのだ。これはキィ付きのキャビネットの中に収める。

 私服は外出時に着る。テロの標的とならないよう原則として制服では出歩かない。
 綺麗に片づけてしまい、二本目の煙草を灰にしてしまうと、もう十六時だった。

「七十分一コマの授業だっけか?」
「うん。午前は八時から十二時十分までの三コマ、午後は十三時二十分から十七時半までの三コマ。間に二十分ずつの休憩」
「結構ゆとりがあるのな」

「まあね。部内幹候ってことは軍人としての基礎は出来上がってるから。一般幹候は縦割り社会の指揮命令系統を叩き込むために、もっとタイトで厳しいよ」
「それはポリアカでも同じだな。一人が授業に遅れて連帯責任、延々一日走らされたぜ」
「少年工科学校でもあったよ。『連帯責任』って言葉が世界一嫌いになったサ。一人のミスで部隊が全滅するかも知れないって言われればそこまでなんだけど」

「何処も官品は同じなのな」
「まあね。で、防衛基礎学は十五階D教室だよ。ABCDの四区隊、D区隊の僕らはD教室を使うことが多い」
「ふうん、そういう覚え方か」

 シドは灰皿を持ち、ハイファに続いて部屋を出た。灰皿置き場には煙缶エンカンと呼ばれる大きな吸い殻入れが置いてあり、そこに灰を捨てて灰皿を戻す規則である。
 廊下を歩いていると、また掃除のオバチャンと行き会った。オバチャンは目敏く二人のペアリングを見て「むふふ」と笑った。
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