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第12話

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「情報科のユーリーたちは、中央情報局の何処に所属しているんだ?」

 銀堂の問いにハイファが慎重に答えた。

「第六課だよ」
「対テロリスト課か」
「よく知ってるね。ところで銀堂、貴方は?」

「タイタン基地、輸送科。基地司令付きのドライバーで、やっと交代要員がみつかったんで入校できた」
「ふうん、忙しいんだね」

 土星の衛星タイタンには太陽系のハブ宙港があり、第一から第七までの大規模宙港のどれかを経なければ、太陽系には出入りができないシステムになっていた。あまたのテラ系星系を束ねるテラ連邦議会、そのお膝元であるテラ本星の、いわば最後の砦という訳だ。

 本星から二十分でショートワープ、更に二十分の計四十分で辿り着くそこでは、巨大タイタン基地を母港とするテラの護り女神・タイタン第二艦隊が睨みを利かせている。

 ちなみに攻撃の雄・第一艦隊は火星の衛星フォボスを母港としていた。

「タイタンって、自転周期が約十六日だよね。八日も夜が続いて昼間も薄暗いって、大変そう」

 何度も行ったことがあるので分かり切っているが、ここは中央情報局員でも新人らしさをアピールするため、ハイファはちょっとしたブラフをかける。銀堂は食べつつ器用に答えた。

「もう慣れた。だが、ここで毎朝有難味を感じるのも確かだ」
「そっか。……じゃあ、お先に」

 食べ終えたシドとハイファはトレイを手にして立ち上がった。食器を返却すると食堂の隣のPXと呼ばれる売店に寄って、マグカップやチューブ入りのインスタントコーヒー、ティッシュなどの細々としたものを購入する。
 二十七階の二七〇二号室に戻ると、シドはデスクの椅子に前後逆に腰掛けて早速煙草を咥え火を点けた。紫煙を吐きながらリモータを操作する。

「今日の残りの予定は二十時四十五分に日夕にっせき点呼、二十一時から二十三時まで自習、二十三時に消灯。……自習? 自習を強要したら自習じゃねぇだろ」

 洗ったポットで湯を沸かしながらハイファが笑う。

「内容までは問われないけど、端末を使った時間は記録されて、この幹候課程での成績にあとあと響くことになるんだよ。まあ、僕らは成績なんて関係ないけどね」
「ふうん。それで、何だって銀堂は懐に呑んでたんだ?」

 チラリとハイファがシドを見た。

「あ、やっぱり気が付いてた?」
「まあな」
「僕たちと同じく執銃してたよね。レーザーか旧式実包かは分からないけど」

「分からねぇのは、俺たちに何故訊いてこなかったのか、だ」
「向こうはこっちに気付かなかったとか」

 インスタントコーヒーを淹れたマグカップをシドに手渡す。

「ンな訳、ねぇだろ。あの目だぞ」
「確かにね。タイタン基地、輸送科かあ」
「単なるドライバーには見えねぇし、大体ドライバーが入校に銃、持ち込むか?」

「ドライバーで代打が見つからないっていうのも変だよね。でも銃に関しては、実際には登録済みなら持ち込み不可じゃない、貴方のは目立つから外して貰ってるけどね」
「持ってていいのか?」

「まあね。今回は一応、僕のと貴方に貸したのは別室戦術コン経由で軍に登録したよ。ただ見せびらかすモノでもないし、はっきり言って不必要。使わない以上は単なる私物扱い、そして私物はなるべく持ち込まない規則」
「暗に『持ち込むな』って意味だよな」

「不文律だね。それに戦況下でもないから個人が執銃するような部署は限られてる」
「余程の厄介事を想定でもしていない限りは持ち込まない、か」

「そうだね。射撃訓練だって制式小銃のサディM18ライフルと、レーザーハンドガンのロデスM350をそのときだけ貸与されるから、私物なんか要らないし」
「ガンマニアのヲタには見えなかったよな」

 頷いたハイファはデスク上のホロ端末に目をやった。

「銀堂の諸元、調べてみるよ。どうせ部内幹候生全員をチェックする気でいたし」
「自習課題ができて良かったじゃねぇか」
「貴方もボロを出さないように適当にやってよね」

「じつはもう、本日の自習課題は決めてあるんだ」
「えっ、嘘? 貴方が自発的にそんな……」

 煙草とコーヒーを交互に口に運ぶポーカーフェイスをハイファは見つめる。

「心底、意外そうに言うんじゃねぇよ。『AD世紀の幻のプラモシリーズ』、当時に於いても実機が製作されなかった幻の戦闘機、F‐108レイピアの図面をリモータに入れてきたんだ。こいつを別室戦術コンに3D化させてXB‐70ヴァルキリーと一緒に――」
「はいはい、訊いた僕が馬鹿でした」

 熱く語り出すと長いので、ハイファは軽く流してコーヒーを飲み干す。そのあと交代でリフレッシャを浴び、オリーブドラブのTシャツに戦闘服のズボンというラフな格好に着替えた。

「この余った時間、みんな何やってんだ?」

 ダートレスから出した洗濯物をハイファが畳む一方で、適当に乾かしてクシャクシャの黒髪を撫でつけながら、相変わらずの咥え煙草でシドは至極ヒマそうだ。

「妻帯者は殆ど特外で帰っちゃうし、残留人員は本当なら半強制のクラブ活動なんかがあるんだよ。編入者の僕らに誘いはこないみたいで嬉しい限りだけど。他には自主的に体力練成でグラウンド走ったり、ジム使ったり」
「へえ、軍人さんは勤勉だな」

「試験前には消灯延長して、寝る間も惜しんでみんな勉強するし」
「いい点とって、何か特典でもあるのか?」
「血税で食べてるんです。って言うか、士官に任官してからの出世のスピードに、ここでの成績がダイレクトに影響するんだよ」

「それでガツガツするのか」
「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』なんて歌われて、警察呼ぶより自分が警官になった方が早いって、四年いれば箔と階級がついてくるのに二年で切り上げて任官、自ら出世コース外れたイヴェントストライカには分からないでしょ」

 紫煙混じりの溜息をついたシドはベッドに腰掛けたハイファを睨んだ。

「そいつを歌うな、言うなって。大体、お前はどうなんだよ?」
「十六歳で幹部候補生って記録的なんだよ。士官は最低でも十八歳以上っていう決まりがあるから、お蔭で普通は半年の幹部課程に二年も居させられたけど」

「ふうん。でもその割に六年かけて二尉ってのはパッとしねぇ気がするんだが」
「まあね。僕は射撃ができれば何でも良かったから」

 ハンドガンではシドに勝ちを譲ったハイファだが、ライフルなどの長モノではシドはとてもハイファに敵わない。幹候修了から別室にスカウトされるまでの二年間スナイパーをやっていたほどで、その腕は減衰しない大口径レーザーならば三キロという超長距離射程を誇る。

「さてと。そろそろ日夕にっせき点呼だよ」

 ここでの点呼は何も皆がぞろぞろ並ぶ訳ではない。部屋に備え付けの生体ID認証のボタンを押すだけだ。当直室ではそれで残留人員が把握できる。

「さてと。それじゃあ名簿のハッキングから始めますか」
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