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第14話

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 消灯の合図である抑え気味のラッパの音が放送されると、シドはさっさと端末を片づけ、灰皿を戻しに行ってから右側のベッドに寝転んだ。毛布を手繰り寄せて被る。同じベッドにハイファまでが上がり込んだ。

「僕も、お邪魔しまーす」
「って、この狭いのに一緒に寝る気かよ?」

 銀の髪留めを外して潜り込んできたハイファをシドは睨む。

「だって特製の枕がないと眠れないんだもん、デリケートだから」
「十年近く軍人やってる奴の何処がデリケートだって?」
「……嫌なの?」
「俺こそデリケートだからな、特製の抱き枕がないと眠れねぇんだ」
「素直じゃないなあ、もう」

 左腕の腕枕を貰ったハイファが嬉しそうにシドに寄り添った。さほど大柄ではないにしろシングルベッドに大人の男が二人だ、非常に狭い。だが狭さが今は心地良かった。シドも温かなハイファを抱き締める。
 起床の六時で発振するようセットしたリモータで、天井のライトパネルも消した。

「おやすみ、シド」
「ああ」

 薄暗い中、二人はソフトキスを交わしてから目を瞑った。

◇◇◇◇

 シドが目を覚ましたとき窓外は暗かった。胸の上に置かれたハイファの左手首を見るとまだ2時、横になってから三時間と経っていない。
 何故こんな時間に目が覚めたのかとシドは自身でも不思議に思ったが、すぐに気付いた。室内の建材に紛れた音声素子がブーンと唸りを発していたのだ。

 何事かと不審に思っているうちに耳を聾せんばかりのサイレンが鳴り響く。

《訓練非常呼集、訓練非常呼集。D区隊員はただちにⅠ型武装でビル前庭に集合せよ。但し、二十八階より下りエレベーターはフェイルセーフも故障とする。目標時間は十分だぞ!》

 そのヒュー=グラマン区隊長の声がする前、サイレンの段階でハイファは飛び起きてベッドから滑り降り、ライトパネルを点けていた。

「シド、上下戦闘服に弾帯。あとはブーツにヘルメット、装備一式入り背嚢。急いで!」

 幸いシドも過去の別室任務で兵士をやらされたことがあった。故に衣服の着用の仕方などで戸惑いはしない。それに訓練ではない非常呼集は本業で幾度も経験している。

 手早く戦闘服の上衣を着込むとブーツに足を突っ込む。既に通してあった紐を締め上げ結んで、弾帯を腰に巻いた。結構な重量のある背嚢を背負い、ハイファとともに部屋を駆け出しながらヘルメットを被った。

 エレベーターを使うなという嫌味な指令、二十七階分の階段を他のD区隊員らと一緒に転がるように駆け下りる。ビルの前庭に辿り着いたときには、まだバディ三組六名しかいなかった。

 勿論ヒュー=グラマン三佐がいて、リモータで時間を計っている。

「着いた者からID寄越せ! 八分三十秒経過! 歩くな、走れ!」

 バディ同士前後二列に並ばされながらシドは愚痴った。

「夜中に何なんだよ、このお祭り騒ぎは?」
「うーん、予想してしかるべきだったかもね。新入り歓迎会ってとこかな」
「こういうのはポリアカ時代の黒歴史として封印して随分経つんだがな」
「へえ、ポリアカでもあったんだ?」

「忘れようにも忘れられねぇよ。機動隊の格好して、クソ重い盾持たされて」
「――あと三十秒! 当直は点呼開始!」

 日替わりで隊員が就く当直要員にも全員がIDを送る。

「当直、報告!」
「D区隊、総員二十四名、事故四名、現在員二十名。事故内訳、特外二名、未到着二名」
「未着は誰だ?」

 全員の目が階段の方を向いた。銀堂とクライヴが走ってくる。クライヴの顔色は夜目にも悪く、銀堂が背嚢を持ってやっていた。周囲で幾つもの溜息が洩れた。「またか」といった、うんざりした空気が漂うのをシドとハイファも感じ取る。

「走れ走れ! ようし、四秒の遅刻だな」

 見回したグラマン三佐が言い放つ。

「我々の小隊は四秒逃げ遅れて爆散、壊滅した。……連帯責任だ、幽霊どもは全員フル装備でグラウンド四周駆け足! 終わった奴から戻って良し」

 溜息多重奏を聞きながら、皆と一緒にシドとハイファもグラウンドに移動した。ダルそうに全員が走り出す。
 今どきこんなシロモノ、いったい何キロあるのだろうかと背嚢を揺すり上げながらシドはハイファを気遣った。

「ユーリー、大丈夫か?」
「僕は平気。実戦だって経験してるし、銃を持ってないだけマシ」
「俺も毎日ホシ追っかけてて良かったぜ。それよりクライヴが死にそうだぞ」

「バディの銀堂が言ってた『おいおい分かる』が、もう分かったみたいだね。ってシド、何処行くのサ?」
「クライヴの荷物、銀堂と交代だ」
「ちょ、貴方そんな親切心だして……知らないからね」

 自称・薄愛主義者のハイファが柳眉をひそめて併走する中、シドは銀堂に手を伸ばした。

「一周交代だ、寄越せ」
「すまん、恩に着る」

 結局ハイファも含めてクライヴに合わせペースを落とし、走り終えたのは区隊中で最後だった。今にも倒れそうなクライヴに銀堂が肩を貸し、ビルに戻ってエレベーターに乗る。
 部屋に帰るとハイファが着替えながら言った。

「PK使いの荷物を持ってやるなんて」
「あ……そういやそうだったな」
「まあ、貴方らしいけどね」

 ふわりと笑ってハイファは端末に向かう。

「タイタン基地から返答が来てるよ」
「で、何だって?」
「予想通りに本人申告そのまんま。銀堂は輸送科で基地司令付きドライバーだってサ」
「あれがドライバーってタマかよ」

「でもそれが現実」
「ふん」

 端末を片付けたハイファは立ち上がって移動しベッドに腰掛けた。

「すぐには眠れないだろうけど、躰、休めておいた方がいいよ」
「そうだな」

 すました顔でベッドに近寄ったシドはハイファの肩を押さえ付けてのしかかった。
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