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第17話

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 マグカップを空にして洗ってしまうと、水を満たした水筒を腰の弾帯に引っかけ、ホルスタ付きショルダーバンドを装着して二人とも執銃した。ヘルメットを手にして居室から出る。

 丁度隣の二七〇一号室からクライヴと銀堂も顔を出す。銀堂は執銃していなかった。
 それでも二人の銃を一瞥しただけで何も言わないのは、端から知っていた証左かとも思われた。クライヴまで黙っているのを見ると、銀堂の銃を見慣れているせいかも知れない。
 一緒にエレベーターに向かいながらシドが誰にともなく訊く。

「部隊指揮法、何処だって?」

 細い声でクライヴが答える。

「このビルの地下三階です。模擬戦闘用のバトルフィールドになってます」
「ふうん。射撃場も同じく地下か」

 雑談をしながら地下三階に降りた。自殺したジョアン=マーロンのことをクライヴの目の前で銀堂に訊くのは憚られた。
 地下三階に降りると、やはり執銃したシドとハイファは衆目を浴びた。だが、あとで降りてきたヒュー=グラマン区隊長と、補佐らしいラルフ=オドネルという一尉は二人に目を止めはしたが何も言わなかった。ここでも中央情報局特権は生きているらしい。

 当直による点呼が終わるとグラマン二佐が数名の名前を読み上げ始める。

「――ジル=セドラン、パウル=アドラー、シド=ワカミヤ」

 思わぬところで呼ばれ、シドは何事かと顔を上げた。

「以上、六名は戦史概論及び作戦戦術史の補習決定。自習時間にD十五教室に集合だ」

 爆睡した上、小論文には名前しか入力しなかったのだ、仕方ない。
 諦め肝心で周囲を見渡す。地下の割には天井が高かった。そして目前に広がっているのは紛れもなく原野だ。地面は土、波打つように凸凹になっている。至る所に灌木の茂みがあった。

「ここが野戦戦闘用で、地下四階が市街戦闘用になってるんだよ」

 ハイファの囁きに頷きながら、限られた面積をホロ画像を駆使して上手く広く見せていることに感心する。尤も、殆どの地面がファイバで固められたこのセントラルエリアでは、天然の原野などという高級品を維持する方がクレジットの掛かる難事業だろう。

 全員に制式小銃サディM18のダミーが渡される。これは形も重さも本物と同じで、照準・発射すればレーザー判定で有効射かどうかまで知らせてくれるオモチャだ。士官が携えているのは普通レーザーハンドガンのロデスM350だが、この場合は指揮者の訓練、シドたちは兵隊役なのでサディを担ぐことになる。

 それからの一コマは当直の号令で並ばされ、原野を走らされ、匍匐前進をさせられて砂埃だらけになった。ハイファとともに銃を持ち込んだのは失敗だったかと顔をしかめる。これではあとで銃の分解清掃は免れない。

 ようやく休憩時間となり、皆が持参の水筒の水で喉を潤した。シドはいつも通りに煙缶を囲む一員となる。ニコチン・タールが無害物質と置き換えられて久しいが、企業努力として依存物質だけは残された。それに縋る哀れな中毒患者の会員は軍人にも多いらしく、ヒュー=グラマン二佐とラルフ=オドネル一尉も煙草を吸っている。

 グラマン二佐が灰を弾き落としながら笑った。

「ワカミヤ候補生の白紙提出も潔すぎて何だが、補習常連のアドラー候補生の『美味しいクラムチャウダーの作り方』は泣けたぞ」
「自分の住む地方では、あれを作れないと嫁には行けんのです」
「何だ、パウルお前、嫁に行く気だったのか?」

 皆に笑われてパウル=アドラーが赤くなる。
 いそいそと二本目を吸いながらシドが辺りを見回すと、バテたらしく壁に凭れて伸びたクライヴに、銀堂が水を飲ませていた。視線に気付いてグラマン二佐が笑いを収めて言う。

「あいつもよくやっているよ」
「って、銀堂ですか?」
「銀堂もそうだが、クライヴだ。鼻っ柱の強い父親の意向に食い下がろうとしている」

「本人の意思じゃないんですかね?」
「本人の意思だ。だからこそ、あの虚弱体質でまだ脱落していない。大したものだよ。まあ、現代のテラ連邦軍の教育は誰をも一人前の軍人にするためにある。エリミネートするためのものじゃないから務まっているんだろうが」

 見ると煙缶を囲んだ全員が頷いていた。何事かあるたびに連帯責任を取らされて思わず溜息をつくことはあっても、誰もクライヴを非難したりはしない。敢えて近づこうとはしなくとも決して同輩を疎外しているのではないことをシドは知った。

 だからといって本人が溜息を重荷に感じるのも仕方のないことだ。頭を下げてもどうしようもないこと、一期半年を修了したときにこそ仲間と笑い合えるのだろう。

「よぅし、オモチャと煙缶片づけて上、行くぞ」

 グラマン区隊長の号令で射撃場へと皆が移動した。そこは五百メートルクラスの立派な射場で射座は十五もあった。他の階には二キロ級の射場もあるという。

 ともあれ部内幹候ということは皆が射撃の経験者である。無駄な説明は省かれ、射座に上がる者だけにサディM18ライフルの本物と箱に入った弾薬やマガジンが渡された。まずは慣れた得物で小手調べ、本来士官が持つハンドガンはこのあとらしい。

 サディはチャンバに一発、マガジンに十九発の計二十連発だ。弾頭は硬化プラスティックを使用しているが殺傷能力は充分、有効射程は三百メートルである。敵を感知するIFFセンサが付属しているが射撃訓練ではオフにしてあった。

 ライフルと弾薬類を手にしたシドはハイファの隣の射座に上がってマガジンに弾薬を詰め込んだ。ショルダーホルスタを外してファイバの地面に置く。長モノは久しぶりだが、ハイファほどではないにしろ苦手な訳でもない。
 標的が二百メートルの位置にオートで立ち上がる。

 最初に伏射でクリックと呼ばれる照準器の調整をし、次に座射、立射の順にワンマガジンずつ撃った。二十発ごとに自分の撃ったホロ標的が目前に表示され結果が見られる。当然ながら特級射撃手徽章を付けた二人に皆の視線が集中した。

 徹底的にヘッドショットを狙った二人の標的は人型の頭部の中心だけに集弾、赤い点滅が重なるように表示されている。皆がざわめいた。

「ニコノフ候補生とワカミヤ候補生、いっぱいの三百行くか?」

 と、グラマン二佐が声を張り上げる。

「あ、お願いします」

 ハイファが答え、二人は新たに弾薬を二十発受け取った。シドは弾薬を詰め込んだマガジンを入れてボルトを引きチャンバに装填、マガジンをもう一度抜いて減った一発を再装填、フルロードの状態にする。

 まずは三発ずつ撃って再度クリック調整、あとは二人並んで立射で撃った。今度も二人ともに全弾ヘッドショットを決めていた。
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