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第28話

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「ところでそっちは何か掴めたのか?」
「立たされただけのことは、ね」

 かいつまんでハイファが非常呼集クーデターの説明をした。

「サンドル=ベイル一佐と教官たちか……それでクロフォード一尉が今日、病院送りになって焦ったのかも知れないな」
「なるほどね。学校長と教官たちが操られているとして、銀堂が探ればEシンパスの片鱗くらいは掴めそうかな?」
「一応、潜ってはみるつもりだが、たぶんシェリーやオードリーと同じことだろうな。力不足で申し訳ないが」
「仕方ないよね、こればっかりは。こうして考えることすらダダ洩れかも知れないんだし」

 無限ループに陥ってシドとハイファは天を仰ぐ。そこで銀堂が首を傾げた。

「ところで幹候内のサイキ持ちは孤軍奮闘しているのか?」
「って、どういうこと?」

「単独犯でなくギルドの企みである可能性はあんたが指摘したんだろう、ハイファス。他人の思考を操作するだけの強力なサイキ持ちを使い捨てにするのか? バックアップは?」
「あっ、そっか。それらしいのが入星してないか調べてみるよ」

 端末に向かったハイファの後ろでシドは銀堂に訊く。

「いい目の付け所するよな。憲兵隊長はもう長いのか?」
「長いと言えば長いんだが、それも機密事項だ。爺さん扱いはご免だからな」
「別室長、ユアン=ガードナーの野郎から誘われただろ?」

「大したサイキでもないのと、今のところは基地司令が盾になってくれている」
「家族はいるのか?」
「妻はいるが子供はいない。サイキ持ちは子供が出来づらい」

「って、マジで妻帯者かよ。サイキ持ちにしちゃ随分落ち着いてると思ったぜ」
「確かにサイキ持ちは普段から精神的に昂揚した者が多いが」
「俺の知ってるサイキ持ちは、ある意味、全員ピーキーな躁病患者だぜ、別室長の野郎を除いてな」

 くるりとハイファが振り向く。

「それらしいのにヒットしたよ」

 銀堂は椅子を移動させ、シドは咥え煙草で立ち上がってホロディスプレイを見つめた。

「イグナシオ=ゲーリー、本名推定コラード=フォント。十四年前のダンテ星系の王室クーデターと、七年前には某コロニーの、これもクーデター支援で姿が確認されてるよ」
「どれ……イグナシオ=ゲーリーのIDを使ってロニア経由で太陽系入りしたのが三ヶ月前か。時期は合うな」

 資料には金髪で長身の男を街なかで隠し撮ったポラが付属している。

「顔は簡易整形してるみたい。骨格その他から推定八十九パーセントの確率でコラード=フォントってことで、別室は三ヶ月前から捕捉してる」
「サイキ持ち、推測されるサイキはテレポートか。これはまた厄介だな」

 そう呟いて銀堂が顔をしかめた。別室員も浮かない顔で資料を読み進める。

「中央情報局第六課と第九課の手配が掛かってる、対テロ課と対サイキ課が目を付けた注目株ってヤツだね。百戦錬磨のギルド構成員だよ」
「ふうん。手配が掛かってるなら遠慮せずに叩くとするか」

 ハイファと銀堂がシドを振り返る。

「本気で言ってるの、貴方」
「冗談に聞こえたか? 何処に泊まってんだよ」
「転々としてて、今はコンスタンスホテル三十二階の三二〇八号室」

「七分署管内か。今晩三人分の特外、今から申請して通るか?」
「大丈夫だと思うけど、本当に今晩ギルドの構成員相手にカチコミする気?」
「悪いか? もう後手に回るのも待ってるだけも沢山だ。俺は行く。幾らサイキ持ちでも別室流に寝込みを襲えば何とかなるだろ」

 助けを乞うようにハイファは銀堂の碧い目を見上げたが、銀堂は肩を竦めただけだった。

「もうすぐ点呼、終わったら当直室に行かなきゃ」

 リモータを見ればもう二十時半、銀堂は自分のカップを持って隣に帰って行った。

「例の『炙り出し作戦』はどうするんだ?」
「今、稟議書を別室に送ったとこ」

 二人は私服に着替えて執銃した。Eシンパス相手ではないが、シドはヒップホルスタのレールガンの他、サイドアームとしてショルダーホルスタの四十五口径も身に帯びた。対衝撃ジャケットを羽織る。

 ハイファはテミスコピーの収まったショルダーホルスタにプラスして、ベルトに二本のスペアマガジンが入ったパウチを着けた。それで準備は完了だ。
 点呼を終えると廊下に出て居室をロックする。丁度銀堂も姿を見せた。黒のセーターにラフな紺のジャケット、ジーンズという出で立ちだ。勿論、銃は携えている。

「クライヴには?」
「いなかったがボイスメモがあった。トレーニングルームで点呼も済ませたらしい」
「へえ、鍛える努力はしてんだな」

 当直室に向かい、本日上番の当直にめいめいが特別外出許可証をリモータに流して貰った。これで三人は明日の課業開始である八時までに戻ればいい。
 エレベーターで一階に降り、外に出ると星が見えなかった。

「わあ、ウェザコントローラ、二十二時から六時まで小雨の予定だって」
「誰だよ、行いの悪い奴は……MPとスパイが二人して俺を見るな!」

 ポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜めてシドは憤然と歩き始めた。
 正門の警衛所をクリアし、外に何台か停まっていた無人コイルタクシーの一台に三人は乗り込む。シドが座標指定するとタクシーは郊外の道を走り出した。

「ねえ、寝込みを襲うにしては早すぎるんじゃない?」
「取り敢えずリンデンバウムにでも行ってヒマ潰すさ」
「ああ、それもいいね」

 リンデンバウムは二人が気に入って常連となっている二十四時間営業のバーだ。七分署管内のスナックやクラブ、合法ドラッグ店などが軒を連ねる裏通りにあり、昼間は安くて旨いランチを供するので、もっぱらそちらを利用することが多い。
 それにリンデンバウム内では別室命令が降ってくる以外のイヴェントにストライクしたことがないので、暗黙のうちにセーフゾーンとされているのだ。

「ところで銀堂、雨だけどレーザーガンじゃないよね?」

 改良に改良を重ねてきたレーザーだが、AD世紀の昔ほどではないにしろ雨や霧でどうしても減衰するのが宿命だ。思わぬミスを引き起こす可能性があり、それを嫌うプロは多い。

「実包、プラ弾だが装薬を増量してある。薬室チャンバ一発プラス十四発。そっちは?」
「僕は一発プラス十七発、スペアが二本で合計五十二」
「一発プラス九発と、フレシェット弾が二百二十三」

「大した火力だな。そんなに本星セントラルが物騒だとは聞いていなかった」
「それはね、シドの周りだけが物騒で、イヴェント――」
「ハイファ、そいつを言うな」
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