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第27話
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煙草を吸っているのか溜息をついているのか分からないまま一本を灰にして、チェーンスモーク欲求を堪えて立ち上がる。見上げる黒い瞳から視線を逸らして告げた。
「シャワー浴びてくる。硝煙だらけだ」
「まだだったんでしたね。両腕痛めてるし、洗ってあげましょうか?」
大きく鼓動が跳ねるのと同時に、ギョッとして霧島は京哉を見返す。
「私はあんたに『抱かせてくれ』と言った筈だぞ、忘れたのか? この手を払ったのはあんただ。私の忍耐を試しているなら止めてくれ。腕くらい痛めていても、あんたを捩じ伏せて押し倒すのは簡単だ」
言い置いてバスルームに向かう霧島を見送った京哉は、少々待ってから下着とパジャマを洗濯乾燥機の上に置きに行った。そのあと少し迷ってから紅茶をもう一杯淹れる。
寝る前に霧島の治療をしなければならない。勿論病院でも治療済みだが、処方されたスプレー式の消炎剤はシャワーで洗い流されてしまうからだ。
ぼんやりと考えながら紅茶を飲み干し、カップとプレートを片づけている間にバスルームの方で気配がした。着替え終わった頃を見計らって寝室に行く。病院で貰った消炎剤の小さなスプレー缶を出し、霧島をベッドに腰掛けさせた。
まずは救急箱を持ち出してきて左こめかみの消毒と防水ガーゼの貼り替えをする。それからパジャマの右袖を捲ると手首が熱を持ってかなり腫れていた。診察してくれた当番医は骨折していないと言っていたが、それにしても酷い捻挫だ。
「ったく。これで銃をぶちかますなんて無茶ですよ」
割れたギプスを外したままの左腕にも消炎スプレーを吹きつける。パジャマの前を開けさせてヒビの入っている胸にも吹いた。思いつく限りの処置をしてから訊く。
「他に何処か痛い処はないですか?」
黙って霧島はパジャマの上衣を脱いだ。立ち上がって背を向ける。
「うわあ、酷いですよ、これ! どうしたんですか?」
四階から落ちた際の一面の青あざの上に紫色のあざが追加されていた。銃撃戦のさなか何処かにぶつけたのだろうと思われた。そこにも消炎スプレーを吹きつける。
乾き具合を確かめるのに指を這わせると、霧島の躰が緊張してこわばったのが分かったが気付かないふりをしてスプレー缶をライティングチェストに置いた。
再びベッドに腰掛けた霧島の背にパジャマを着せかけ、ボタンを留めてやる。
「さて。もう五時近いですよ、夜が明ける前に眠って下さい」
眠るのを確認するまで京哉はここから出て行かないつもりだった。まさかとは思うが、またふらふらと夜歩きに出掛けられては敵わない。
それに連れて帰って初日から『眠れない』という本人申告があった。様子を見て本格的な不眠なら傷病休暇中に専門科に通院も予定しておかなくてはならない。
「じゃあ、はい、横になって。毛布を被って、ほら」
様々な心配は全く表情に出さず、まるで眠りたがらない子供を扱う保母のように、優しく、システマチックかつ強引に毛布を被せる。
その一連の流れは霧島にとって、柏仁会に依頼された男の大腿部に無表情で九パラを何射も撃ち込む京哉と何ら変わらなく見えた。
けれどそれが鳴海京哉という男の本質ではない、逆だと霧島は直感する。
その場に必要なら顔色ひとつ変えずに何でもやってのけるが、たぶんそれは己の全てを押さえつける強靭な心があってのことだ。残虐なことであってもシステマチックにやってのけるのは、おそらく後天的な出来事が関与しているのだろうと推理する。
機械の如く1か0かで動いているのならば、記憶を失くしたバディと煮詰まったりしていない筈だった。何気なく究極の愛の告白などあり得ない。
どんな後天的要素がこの男を非情にするスイッチを与えたのか、それも謎でしかなかったが、何も知らされないまま過ごすのも霧島は飽きていた。
ポンと毛布を叩いた京哉の手首を霧島は掴む。
「……眠れないんだ」
「えっ、何ですか?」
「眠れないと言ったんだ。昨日も、あれからずっと」
「仕方ないなあ、明日にでも通院して。そうだ。痛み止めの薬、飲んでみますか?」
「そんなものは必要ない。分かっているんだろう?」
見つめてくる切れ長の目が情欲を孕んでいることくらい、京哉もとっくに気付いている。目を逸らし掴まれた手首をやんわり解こうとした。霧島の力は緩まない。
「忍さん、手を離して下さい」
「本当に抱かせる気があったのか?」
「確かに疑っちゃいますよね。でも全身打撲とか骨にヒビでやることでしょうか?」
「常識的にはどうだか分からん。だが私をその気にさせたのはあんただ。途端に私はどうしてもあんたが欲しくなった。尋常でなく欲しい。何もせずこうして傍にいるのがつらい。抱かせる気が欠片もないのなら先行きを考えねばならんから、正直に言ってくれ」
半ば強引に寝かせられたまま霧島は京哉から納得いく答えを聞くまで、握った細い手首を離さないつもりだった。きつく掴まれた手首を揺らしつつ京哉は薄く笑う。
「……選択の余地は貴方の側にあるんですよ」
「いったい、何のことだ?」
「僕を選ばないっていう選択」
口に出してしまった京哉は感情を堰き止められなくなった。
「シャワー浴びてくる。硝煙だらけだ」
「まだだったんでしたね。両腕痛めてるし、洗ってあげましょうか?」
大きく鼓動が跳ねるのと同時に、ギョッとして霧島は京哉を見返す。
「私はあんたに『抱かせてくれ』と言った筈だぞ、忘れたのか? この手を払ったのはあんただ。私の忍耐を試しているなら止めてくれ。腕くらい痛めていても、あんたを捩じ伏せて押し倒すのは簡単だ」
言い置いてバスルームに向かう霧島を見送った京哉は、少々待ってから下着とパジャマを洗濯乾燥機の上に置きに行った。そのあと少し迷ってから紅茶をもう一杯淹れる。
寝る前に霧島の治療をしなければならない。勿論病院でも治療済みだが、処方されたスプレー式の消炎剤はシャワーで洗い流されてしまうからだ。
ぼんやりと考えながら紅茶を飲み干し、カップとプレートを片づけている間にバスルームの方で気配がした。着替え終わった頃を見計らって寝室に行く。病院で貰った消炎剤の小さなスプレー缶を出し、霧島をベッドに腰掛けさせた。
まずは救急箱を持ち出してきて左こめかみの消毒と防水ガーゼの貼り替えをする。それからパジャマの右袖を捲ると手首が熱を持ってかなり腫れていた。診察してくれた当番医は骨折していないと言っていたが、それにしても酷い捻挫だ。
「ったく。これで銃をぶちかますなんて無茶ですよ」
割れたギプスを外したままの左腕にも消炎スプレーを吹きつける。パジャマの前を開けさせてヒビの入っている胸にも吹いた。思いつく限りの処置をしてから訊く。
「他に何処か痛い処はないですか?」
黙って霧島はパジャマの上衣を脱いだ。立ち上がって背を向ける。
「うわあ、酷いですよ、これ! どうしたんですか?」
四階から落ちた際の一面の青あざの上に紫色のあざが追加されていた。銃撃戦のさなか何処かにぶつけたのだろうと思われた。そこにも消炎スプレーを吹きつける。
乾き具合を確かめるのに指を這わせると、霧島の躰が緊張してこわばったのが分かったが気付かないふりをしてスプレー缶をライティングチェストに置いた。
再びベッドに腰掛けた霧島の背にパジャマを着せかけ、ボタンを留めてやる。
「さて。もう五時近いですよ、夜が明ける前に眠って下さい」
眠るのを確認するまで京哉はここから出て行かないつもりだった。まさかとは思うが、またふらふらと夜歩きに出掛けられては敵わない。
それに連れて帰って初日から『眠れない』という本人申告があった。様子を見て本格的な不眠なら傷病休暇中に専門科に通院も予定しておかなくてはならない。
「じゃあ、はい、横になって。毛布を被って、ほら」
様々な心配は全く表情に出さず、まるで眠りたがらない子供を扱う保母のように、優しく、システマチックかつ強引に毛布を被せる。
その一連の流れは霧島にとって、柏仁会に依頼された男の大腿部に無表情で九パラを何射も撃ち込む京哉と何ら変わらなく見えた。
けれどそれが鳴海京哉という男の本質ではない、逆だと霧島は直感する。
その場に必要なら顔色ひとつ変えずに何でもやってのけるが、たぶんそれは己の全てを押さえつける強靭な心があってのことだ。残虐なことであってもシステマチックにやってのけるのは、おそらく後天的な出来事が関与しているのだろうと推理する。
機械の如く1か0かで動いているのならば、記憶を失くしたバディと煮詰まったりしていない筈だった。何気なく究極の愛の告白などあり得ない。
どんな後天的要素がこの男を非情にするスイッチを与えたのか、それも謎でしかなかったが、何も知らされないまま過ごすのも霧島は飽きていた。
ポンと毛布を叩いた京哉の手首を霧島は掴む。
「……眠れないんだ」
「えっ、何ですか?」
「眠れないと言ったんだ。昨日も、あれからずっと」
「仕方ないなあ、明日にでも通院して。そうだ。痛み止めの薬、飲んでみますか?」
「そんなものは必要ない。分かっているんだろう?」
見つめてくる切れ長の目が情欲を孕んでいることくらい、京哉もとっくに気付いている。目を逸らし掴まれた手首をやんわり解こうとした。霧島の力は緩まない。
「忍さん、手を離して下さい」
「本当に抱かせる気があったのか?」
「確かに疑っちゃいますよね。でも全身打撲とか骨にヒビでやることでしょうか?」
「常識的にはどうだか分からん。だが私をその気にさせたのはあんただ。途端に私はどうしてもあんたが欲しくなった。尋常でなく欲しい。何もせずこうして傍にいるのがつらい。抱かせる気が欠片もないのなら先行きを考えねばならんから、正直に言ってくれ」
半ば強引に寝かせられたまま霧島は京哉から納得いく答えを聞くまで、握った細い手首を離さないつもりだった。きつく掴まれた手首を揺らしつつ京哉は薄く笑う。
「……選択の余地は貴方の側にあるんですよ」
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