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第48話
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「本当に代弁者なら、ワクチン法案成立を邪魔したりしないんじゃない?」
「FCの売名行為に手を貸したりはしませんよ。そもそも本当に子供たちを助ける気があるのなら、ユーライ製薬からワクチンを直接買って子供たちに与えればいいじゃないですか。このリマライ王宮に財力があれば私ならそうします。何故FCはそうしないんですか!」
ふいに王が出した大声に周囲の皆が振り向いた。それでジャイルズ王は元の鷹揚な微笑みに戻り、何でもないという風に手を振った。皆は安堵して談笑に戻る。
「ジャイルズ、なら何で貴方はこんな所でワインを飲んでいるのかな?」
「FCに倣ってみたまでのことです。上流階級者に名を売れば分離主義者たちがくれるという議席にも座りやすくなる。まずは選挙戦で当選するのが第一歩ですからね」
そこでハイファもジャイルズ王に負けずシニカルな笑いを若草色の瞳に浮かべた。
「へえ。この王宮を叩き売ってでもワクチンを買って配布すればいいのに」
「それだけで済むような問題なら勿論そうしますよ。でもそれだけで終わってしまえば、FCがパン屑を投げ与えるのとさほど変わりはありません。困窮している鉱区民たちにずっと援助し続けるために、王宮は存続させなければならないんです」
「そうして送る援助物資はFCが投げ与えるパン屑と何処が違うのかな?」
「星系政府から与えられる僅かな予算から困窮する鉱区民に援助物資を送る王宮と、莫大なクレジットを唸らせているFCを一緒にしないで下さい」
本気で気分を害したらしくジャイルズ王は冷笑すら消してムッとしている。そんなジャイルズ王にハイファはまたもシニカルな口調で訊いた。
「ふうん。じゃあ、『はい、どうぞ』って与えられる議席に座るのは、投げられたパン屑に食いつくことと同じじゃないの?」
「同じじゃないでしょう、天下のテラ連邦議会で物申せるんですよ?」
「分離主義者たちから投げ与えられた議席に座ったままでリマライ星系を、テラ連邦を左右できるなんて本気で思ってるなら、相当な脳天気だよね。議席だの社長の椅子だのはね、座るモノじゃない、背負うモノなんだよ」
「背負ってみせますよ、このリマライで酷い暮らしをしている鉱山労働者のために」
ふっと声に出してハイファは笑い、そして呆れ声を出す。
「バカじゃないの、貴方は二人殺して三十七人を傷つけたんだよ。おまけに誘拐と強制性交教唆の共同正犯。それでテラ連邦議会の議席を背負えると思ってるの? それでワクチンを無料配布できる? 鉱区民の生活を変えてあげられる? 王が犯罪者になって、民衆が愛してきたリマライ王宮だってもう終わりじゃないのサ!」
その勢いにジャイルズ王はもう、衆目構わずハイファを睨みつけて言った。
「……終わり? 終わりになんかさせませんよ」
「FCと別室との癒着の証人である僕ら二人を捕らえたつもり? それでまた分離主義者たちの撒くパン屑に食いついて、自分はそのパン屑の更なる屑を鉱区民に撒くつもりな訳?」
ハイファにリモータ入力でジャイルズ王の言葉を伝え続けていたシドが口を挟む。
「鉱区民は降ってくるパンを待つだけでは幸せになれない」
「どうしてそんなことが言えるんです? パンは必要です」
「確かにな。だが幸せは与えられるパンだけでは決まらない。幸せを掴み取る気概が必要だ」
「それは皆が同じだけパンを腹一杯食べられることが前提でしょう」
「そいつも確かだ。けれどロキニの町では貧しくても皆が笑っていた。だがナレスでは宿屋の主が分離主義者に雇われたライマンファミリーに脅されて、俺たちを売ったんだ」
「貧しかろうが、お金持ちだろうが、胸を張って笑って生きていける方が幸せだよ。僕は色んな星系を巡って色んな人たちを見てきた。何処の人たちも自分たちの孫を飢えさせないように試行錯誤して生きてた。コソ泥して他人のパンを盗んで生きなくてもいいようにね!」
「……」
完全に論破されたジャイルズ王は言葉を失う。更にハイファが追い打ちを掛けた。
「そもそも分離主義者が集票マシンになってくれる保障なんて何処にあるのサ?」
「私も今回の件で分離主義者たちの弱みを握っていますよ」
「へえ、別室まで手を焼く分離主義者に貴方が敵うとでも思ってるの?」
「それは……」
再び黙ったジャイルズ王は、ここにきて分離主義者たちの甘言に乗せられてしまったことを初めて意識したようだった。頬に張り付かせた微笑みをこわばらせ、顔色が変わっている。それでも震える唇から言葉を押し出した。
「シドにハイファス、貴方がたはここから出て行けるとでも思っているんですか?」
「まだ頑張っちゃう訳? FCを恨んで僕を恨んで……逆恨みする自分に酔って僕を苦しめようとした、僕をさっさと拉致しなかったジャイルズ、貴方の負けだよ。いい加減に諦めて誰かに王位を譲ったらいいのに。それしかリマライ王宮を存続させる手はないよ?」
「そんなことはありません。貴方がた二人はここにいるのですからね」
「ふん、変に腹を括りやがって。取り敢えず煙草でも吸ってから、血路を開かせて貰うさ」
そう言ってシドはハイファの自走車椅子を押し、大ホールの隣にあるスモーキングルームへと足を向ける。二人掛けソファに腰掛け、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。
「ふあーあ。結局、メチャメチャつまらなかったな」
「つまらなくて結構だよ。イヴェントストライカが面白いようなことに……あっ!」
「お前ハイファ、嫌な予感がしてくるからそいつを言うなって、何度言えば――」
唐突にシドはハイファが身を固くしたのを察知し、その視線を辿った。するとスモーキングルームに桁違いの大男が入ってくるのが目に入る。身長はゆうに二メートルを超えているだろう。人々より頭ふたつ分も飛び出していて非常に目立った。
「もしかしてダーレス、お前を襲った奴か?」
「……」
何も聞こえないだけでなく、あの激痛を思い出してしまったハイファは緊張し頷くこともできない。あのときの痛み、屈辱、恐怖と……我が身が壊れてゆく音――。
自走車椅子に座っていながらハイファは本当に気を失いそうになっていた。突き上がる吐き気に口を押さえる。何故ライマンファミリーの誘拐ビジネス部隊であるダーレスがここにいるのか。何人たりとも招待状なくして入れない筈なのに、どうして?
変調を知ってシドは左手でハイファの左手を掴んだ。利き手は塞がない。本当は抱き締めてやりたかったが、それどころではなかった。
ジャイルズ=ライトはマフィアと直接的に手を結んだのだ。
逆恨んでハイファを傷つけ苦しめるために、最初からマフィアと繋がっていたのかも知れない。だがシドとハイファに対抗するための苦肉の策か、王宮にまで招き寄せてしまったのだ。
民衆が愛する王宮は、とうとうそこまで堕ちた――。
「FCの売名行為に手を貸したりはしませんよ。そもそも本当に子供たちを助ける気があるのなら、ユーライ製薬からワクチンを直接買って子供たちに与えればいいじゃないですか。このリマライ王宮に財力があれば私ならそうします。何故FCはそうしないんですか!」
ふいに王が出した大声に周囲の皆が振り向いた。それでジャイルズ王は元の鷹揚な微笑みに戻り、何でもないという風に手を振った。皆は安堵して談笑に戻る。
「ジャイルズ、なら何で貴方はこんな所でワインを飲んでいるのかな?」
「FCに倣ってみたまでのことです。上流階級者に名を売れば分離主義者たちがくれるという議席にも座りやすくなる。まずは選挙戦で当選するのが第一歩ですからね」
そこでハイファもジャイルズ王に負けずシニカルな笑いを若草色の瞳に浮かべた。
「へえ。この王宮を叩き売ってでもワクチンを買って配布すればいいのに」
「それだけで済むような問題なら勿論そうしますよ。でもそれだけで終わってしまえば、FCがパン屑を投げ与えるのとさほど変わりはありません。困窮している鉱区民たちにずっと援助し続けるために、王宮は存続させなければならないんです」
「そうして送る援助物資はFCが投げ与えるパン屑と何処が違うのかな?」
「星系政府から与えられる僅かな予算から困窮する鉱区民に援助物資を送る王宮と、莫大なクレジットを唸らせているFCを一緒にしないで下さい」
本気で気分を害したらしくジャイルズ王は冷笑すら消してムッとしている。そんなジャイルズ王にハイファはまたもシニカルな口調で訊いた。
「ふうん。じゃあ、『はい、どうぞ』って与えられる議席に座るのは、投げられたパン屑に食いつくことと同じじゃないの?」
「同じじゃないでしょう、天下のテラ連邦議会で物申せるんですよ?」
「分離主義者たちから投げ与えられた議席に座ったままでリマライ星系を、テラ連邦を左右できるなんて本気で思ってるなら、相当な脳天気だよね。議席だの社長の椅子だのはね、座るモノじゃない、背負うモノなんだよ」
「背負ってみせますよ、このリマライで酷い暮らしをしている鉱山労働者のために」
ふっと声に出してハイファは笑い、そして呆れ声を出す。
「バカじゃないの、貴方は二人殺して三十七人を傷つけたんだよ。おまけに誘拐と強制性交教唆の共同正犯。それでテラ連邦議会の議席を背負えると思ってるの? それでワクチンを無料配布できる? 鉱区民の生活を変えてあげられる? 王が犯罪者になって、民衆が愛してきたリマライ王宮だってもう終わりじゃないのサ!」
その勢いにジャイルズ王はもう、衆目構わずハイファを睨みつけて言った。
「……終わり? 終わりになんかさせませんよ」
「FCと別室との癒着の証人である僕ら二人を捕らえたつもり? それでまた分離主義者たちの撒くパン屑に食いついて、自分はそのパン屑の更なる屑を鉱区民に撒くつもりな訳?」
ハイファにリモータ入力でジャイルズ王の言葉を伝え続けていたシドが口を挟む。
「鉱区民は降ってくるパンを待つだけでは幸せになれない」
「どうしてそんなことが言えるんです? パンは必要です」
「確かにな。だが幸せは与えられるパンだけでは決まらない。幸せを掴み取る気概が必要だ」
「それは皆が同じだけパンを腹一杯食べられることが前提でしょう」
「そいつも確かだ。けれどロキニの町では貧しくても皆が笑っていた。だがナレスでは宿屋の主が分離主義者に雇われたライマンファミリーに脅されて、俺たちを売ったんだ」
「貧しかろうが、お金持ちだろうが、胸を張って笑って生きていける方が幸せだよ。僕は色んな星系を巡って色んな人たちを見てきた。何処の人たちも自分たちの孫を飢えさせないように試行錯誤して生きてた。コソ泥して他人のパンを盗んで生きなくてもいいようにね!」
「……」
完全に論破されたジャイルズ王は言葉を失う。更にハイファが追い打ちを掛けた。
「そもそも分離主義者が集票マシンになってくれる保障なんて何処にあるのサ?」
「私も今回の件で分離主義者たちの弱みを握っていますよ」
「へえ、別室まで手を焼く分離主義者に貴方が敵うとでも思ってるの?」
「それは……」
再び黙ったジャイルズ王は、ここにきて分離主義者たちの甘言に乗せられてしまったことを初めて意識したようだった。頬に張り付かせた微笑みをこわばらせ、顔色が変わっている。それでも震える唇から言葉を押し出した。
「シドにハイファス、貴方がたはここから出て行けるとでも思っているんですか?」
「まだ頑張っちゃう訳? FCを恨んで僕を恨んで……逆恨みする自分に酔って僕を苦しめようとした、僕をさっさと拉致しなかったジャイルズ、貴方の負けだよ。いい加減に諦めて誰かに王位を譲ったらいいのに。それしかリマライ王宮を存続させる手はないよ?」
「そんなことはありません。貴方がた二人はここにいるのですからね」
「ふん、変に腹を括りやがって。取り敢えず煙草でも吸ってから、血路を開かせて貰うさ」
そう言ってシドはハイファの自走車椅子を押し、大ホールの隣にあるスモーキングルームへと足を向ける。二人掛けソファに腰掛け、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。
「ふあーあ。結局、メチャメチャつまらなかったな」
「つまらなくて結構だよ。イヴェントストライカが面白いようなことに……あっ!」
「お前ハイファ、嫌な予感がしてくるからそいつを言うなって、何度言えば――」
唐突にシドはハイファが身を固くしたのを察知し、その視線を辿った。するとスモーキングルームに桁違いの大男が入ってくるのが目に入る。身長はゆうに二メートルを超えているだろう。人々より頭ふたつ分も飛び出していて非常に目立った。
「もしかしてダーレス、お前を襲った奴か?」
「……」
何も聞こえないだけでなく、あの激痛を思い出してしまったハイファは緊張し頷くこともできない。あのときの痛み、屈辱、恐怖と……我が身が壊れてゆく音――。
自走車椅子に座っていながらハイファは本当に気を失いそうになっていた。突き上がる吐き気に口を押さえる。何故ライマンファミリーの誘拐ビジネス部隊であるダーレスがここにいるのか。何人たりとも招待状なくして入れない筈なのに、どうして?
変調を知ってシドは左手でハイファの左手を掴んだ。利き手は塞がない。本当は抱き締めてやりたかったが、それどころではなかった。
ジャイルズ=ライトはマフィアと直接的に手を結んだのだ。
逆恨んでハイファを傷つけ苦しめるために、最初からマフィアと繋がっていたのかも知れない。だがシドとハイファに対抗するための苦肉の策か、王宮にまで招き寄せてしまったのだ。
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