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第90話
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翌日は休日、社長業も休みで助かった。ハイファが立ち歩くことも困難だったからだ。シドも何となく腰が据わらない状態でタマにエサのカリカリだけ盛りつけておいて、二人は昼近くまで惰眠を貪った。
だがさすがに十一時頃になってシドの腹の虫が限界を訴え、ハイファはシドに腰を支えられながらキッチンに立って、愛し人の好物であるオムライスとわかめスープにサラダを作った。
「悪いな、調子もアレなのに主夫業させちまってさ」
「悪くないよ、僕だってお腹が空いてたんだし。いただきます」
「いただきます。ん、卵がとろとろでメチャメチャ旨いな、これ」
「ふふん。サラダもドレッシングは酸っぱいのを抑えてあるからね」
「分かってるって、食うってばよ」
と、食している間にハイファに発振が入る。パターンはセンリーからだ。素早く操作して一瞥するとシドにも小さな画面を見せる。
【チェンバーズ会長は培養移植手術後の経過も順調、秘密裏に本星セントラル基地内の軍病院に転院。残るは明日の肝臓の培養移植のみ。五日後に退院の予定 ――FC秘書課】
「へえ、良かったな」
「センリーに訊いたんだけど、脳には損傷がなくてメカを埋める必要もなかったんだってサ」
「じゃあ親父さんがFC会長に戻れば、お前も社長を辞められるのか?」
「うーん、それはどうかなあ。本来収まるべき所に収まった訳だし、まだちょっと」
「そうか……」
珍しく目に見えて消沈したシドをハイファは申し訳ない思いで見る。だがすぐに愛し人は顔を上げた。
「じゃあさ、一度くらいは親父さんの見舞いに行こうぜ」
「そうだね。でもそうすると手術して再生槽に入る前、今日しかないよ?」
「担いで行ってやるから心配するな」
「たぶん、もう歩けるから平気。なら食べたら準備して行こっか」
食してコーヒーを一杯ずつ飲むと二人は着替えた。シドは綿のシャツにコットンパンツと対衝撃ジャケット、ハイファはドレスシャツにタイを締めないソフトスーツのいつもの刑事ルックだ。勿論執銃している。ソフトキスを交わして玄関を出た。
一階に降りてエントランスを出ると、シドが無人コイルタクシーを点検してから二人は前席に並んで乗り込む。ハイファが座標を八分署管内のセントラル基地に設定すると、タクシーは身を浮かせて軽快に走り出した。ここからなら基地までは十五分ほどである。
難なくセントラル基地の正門に辿り着く。本日上番の警衛隊を別室カスタムメイドリモータでクリアし、そこからも専用コイルだ。基地は広い。
コイルは二人を七、八分掛けて軍病院まで運んだ。無論ここも別室リモータでエントランスをクリアして、二人はエレベーターに乗り込む。
「軍病院ってのは考えたよな」
「まあね。一般病院ならすぐにメディアにバレちゃうし」
「その代わりに、これもFCと別室が繋がってる証拠になりえるんだよな」
「でも僕を社長に押し上げて囮にする作戦の一環だったし、上手くやったと思うよ」
「ふん。テメェの部下をどれだけ酷い目に遭わせれば気が済むんだ、あの別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎は!」
シドがいつもの如く別室長を罵倒しているうちに特別室階に着いた。まだブツブツ文句を垂れる愛し人に、看護師の行き交う廊下を歩きながらハイファは微笑んだ。
「室長はあんなにシドのこと買ってるのに、報われないなあ」
「それとこれとは別だろ。暢気に言ってると本当にすり潰されるぞ」
「ふふん、貴方がいるから大丈夫だよ。……一五〇七号室、ここだね」
リモータチェッカに二人は交互にリモータを翳す。認識されると共にハイファが音声素子の埋め込まれた辺りに声を掛けた。
「ハイファスとシドですが、宜しいでしょうか?」
グリーンランプが灯り医療スタッフと患者本人にしか開けられないオートドアが開く。同時に思いも寄らないほど快活な声がした。
「やあ、シドにハイファス。仲良くやっているようだね」
病室に入るなりチェンバーズ=ファサルートが二人に微笑みかける。特別室とはいえ所詮は軍病院だ。飾り気のひとつもない広いだけの病室で、窓際のベッドに角度をつけてチェンバーズは凭れている。
様々な部位を培養移植したばかりで、まだ肝臓の移植も控えているというのに顔色は良く、病人臭さは感じさせない。
「お元気そうで何よりです、会長」
「きみたちも……ハイファス、色々と聞いたがよく無事に戻ってきてくれた」
「いえ、会長こそ――」
他人行儀ながら親子が会話するのをシドは邪魔せず、傍で聞いているのみだ。
「培養移植後は五日で復帰されるとか」
「随分とのんびりさせて貰ったからね、千里が書類を抱えて待っているよ」
「そうですか。ご無理はされませんよう……では」
と、あっさり去ろうとしたとき、オートドアが開く。入ってきたのは何とマルチェロ医師だった。二人を見て白衣の肩を竦めた医師はボサボサ頭を掻き回す。
「別室絡みの件だからな、一応俺が担当医って訳だ」
「ふうん、なるほどな。サドっ気出して患者で遊ぶんじゃねぇぞ」
「言ってくれるじゃねぇかい。何ならこのメスの露にしてやってもいいんだぞ」
白衣の袖口からメスを出した医師にシドがレールガンを引き抜いて突き付ける。
「はーい、そういうことは患者のいない場所でやりましょうね~」
間にハイファが入ってシドとマルチェロ医師は互いの得物を仕舞った。顔を引き攣らせたチェンバーズに再び辞去を告げてシドとハイファは一五〇七号室を出る。
「ったくもう、手術前に患者を脅してどうするんですか?」
「悪かったって。でも先生が先に仕掛けたんだぜ」
「だからって時と場所を考えて――」
小学生のように怒られながらシドはハイファと共にエレベーターに乗って一階へ。エントランスを出た所で再びコイルに乗り込み、正門でタクシーを点検してから乗り換えた。
「お前が大丈夫なら、そろそろ署に出たいんだがな」
「長距離を歩き回らなければ大丈夫だよ」
「そうか。じゃあ今日は大人しく待機するからさ」
「それにしても長い出張だったよね。ヴィンティス課長もすっかり太ってるかも」
「可愛い部下を何処にでも売り渡す鬼畜だ、命の洗濯板を叩き割りに行こうぜ」
ということでシドが座標を七分署にセット。多少は歩きたいところだったがハイファの体調がアレなのでやはり我慢だ。お蔭でノーストライクで七分署に着く。
機捜課に入るとまずは二人してヴィンティス課長の多機能デスク前に立った。
だがさすがに十一時頃になってシドの腹の虫が限界を訴え、ハイファはシドに腰を支えられながらキッチンに立って、愛し人の好物であるオムライスとわかめスープにサラダを作った。
「悪いな、調子もアレなのに主夫業させちまってさ」
「悪くないよ、僕だってお腹が空いてたんだし。いただきます」
「いただきます。ん、卵がとろとろでメチャメチャ旨いな、これ」
「ふふん。サラダもドレッシングは酸っぱいのを抑えてあるからね」
「分かってるって、食うってばよ」
と、食している間にハイファに発振が入る。パターンはセンリーからだ。素早く操作して一瞥するとシドにも小さな画面を見せる。
【チェンバーズ会長は培養移植手術後の経過も順調、秘密裏に本星セントラル基地内の軍病院に転院。残るは明日の肝臓の培養移植のみ。五日後に退院の予定 ――FC秘書課】
「へえ、良かったな」
「センリーに訊いたんだけど、脳には損傷がなくてメカを埋める必要もなかったんだってサ」
「じゃあ親父さんがFC会長に戻れば、お前も社長を辞められるのか?」
「うーん、それはどうかなあ。本来収まるべき所に収まった訳だし、まだちょっと」
「そうか……」
珍しく目に見えて消沈したシドをハイファは申し訳ない思いで見る。だがすぐに愛し人は顔を上げた。
「じゃあさ、一度くらいは親父さんの見舞いに行こうぜ」
「そうだね。でもそうすると手術して再生槽に入る前、今日しかないよ?」
「担いで行ってやるから心配するな」
「たぶん、もう歩けるから平気。なら食べたら準備して行こっか」
食してコーヒーを一杯ずつ飲むと二人は着替えた。シドは綿のシャツにコットンパンツと対衝撃ジャケット、ハイファはドレスシャツにタイを締めないソフトスーツのいつもの刑事ルックだ。勿論執銃している。ソフトキスを交わして玄関を出た。
一階に降りてエントランスを出ると、シドが無人コイルタクシーを点検してから二人は前席に並んで乗り込む。ハイファが座標を八分署管内のセントラル基地に設定すると、タクシーは身を浮かせて軽快に走り出した。ここからなら基地までは十五分ほどである。
難なくセントラル基地の正門に辿り着く。本日上番の警衛隊を別室カスタムメイドリモータでクリアし、そこからも専用コイルだ。基地は広い。
コイルは二人を七、八分掛けて軍病院まで運んだ。無論ここも別室リモータでエントランスをクリアして、二人はエレベーターに乗り込む。
「軍病院ってのは考えたよな」
「まあね。一般病院ならすぐにメディアにバレちゃうし」
「その代わりに、これもFCと別室が繋がってる証拠になりえるんだよな」
「でも僕を社長に押し上げて囮にする作戦の一環だったし、上手くやったと思うよ」
「ふん。テメェの部下をどれだけ酷い目に遭わせれば気が済むんだ、あの別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎は!」
シドがいつもの如く別室長を罵倒しているうちに特別室階に着いた。まだブツブツ文句を垂れる愛し人に、看護師の行き交う廊下を歩きながらハイファは微笑んだ。
「室長はあんなにシドのこと買ってるのに、報われないなあ」
「それとこれとは別だろ。暢気に言ってると本当にすり潰されるぞ」
「ふふん、貴方がいるから大丈夫だよ。……一五〇七号室、ここだね」
リモータチェッカに二人は交互にリモータを翳す。認識されると共にハイファが音声素子の埋め込まれた辺りに声を掛けた。
「ハイファスとシドですが、宜しいでしょうか?」
グリーンランプが灯り医療スタッフと患者本人にしか開けられないオートドアが開く。同時に思いも寄らないほど快活な声がした。
「やあ、シドにハイファス。仲良くやっているようだね」
病室に入るなりチェンバーズ=ファサルートが二人に微笑みかける。特別室とはいえ所詮は軍病院だ。飾り気のひとつもない広いだけの病室で、窓際のベッドに角度をつけてチェンバーズは凭れている。
様々な部位を培養移植したばかりで、まだ肝臓の移植も控えているというのに顔色は良く、病人臭さは感じさせない。
「お元気そうで何よりです、会長」
「きみたちも……ハイファス、色々と聞いたがよく無事に戻ってきてくれた」
「いえ、会長こそ――」
他人行儀ながら親子が会話するのをシドは邪魔せず、傍で聞いているのみだ。
「培養移植後は五日で復帰されるとか」
「随分とのんびりさせて貰ったからね、千里が書類を抱えて待っているよ」
「そうですか。ご無理はされませんよう……では」
と、あっさり去ろうとしたとき、オートドアが開く。入ってきたのは何とマルチェロ医師だった。二人を見て白衣の肩を竦めた医師はボサボサ頭を掻き回す。
「別室絡みの件だからな、一応俺が担当医って訳だ」
「ふうん、なるほどな。サドっ気出して患者で遊ぶんじゃねぇぞ」
「言ってくれるじゃねぇかい。何ならこのメスの露にしてやってもいいんだぞ」
白衣の袖口からメスを出した医師にシドがレールガンを引き抜いて突き付ける。
「はーい、そういうことは患者のいない場所でやりましょうね~」
間にハイファが入ってシドとマルチェロ医師は互いの得物を仕舞った。顔を引き攣らせたチェンバーズに再び辞去を告げてシドとハイファは一五〇七号室を出る。
「ったくもう、手術前に患者を脅してどうするんですか?」
「悪かったって。でも先生が先に仕掛けたんだぜ」
「だからって時と場所を考えて――」
小学生のように怒られながらシドはハイファと共にエレベーターに乗って一階へ。エントランスを出た所で再びコイルに乗り込み、正門でタクシーを点検してから乗り換えた。
「お前が大丈夫なら、そろそろ署に出たいんだがな」
「長距離を歩き回らなければ大丈夫だよ」
「そうか。じゃあ今日は大人しく待機するからさ」
「それにしても長い出張だったよね。ヴィンティス課長もすっかり太ってるかも」
「可愛い部下を何処にでも売り渡す鬼畜だ、命の洗濯板を叩き割りに行こうぜ」
ということでシドが座標を七分署にセット。多少は歩きたいところだったがハイファの体調がアレなのでやはり我慢だ。お蔭でノーストライクで七分署に着く。
機捜課に入るとまずは二人してヴィンティス課長の多機能デスク前に立った。
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