魚、あるいは限界性能

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
8 / 8

8.せめて意図を知りたい~実録・納涼素麺編~

しおりを挟む
 タグにもあるように俺は『未来が垣間見られれば』と切実に思っている。だが見られた試しは一度もない。けれどほんの一瞬だが時間軸を越えたとしか思えないことに何度か遭遇してきた。
 SF縛りのためだけに迂遠な書き方をしているが、平たく云えば俺は実際には見える筈のないモノを見、未来に明かされる事実の断片に触れたことがあるのだ。

 前回に続いてこれも中坊の頃だった。夏休みの出来事だ。

 俺はエアコンの利いた座敷で素麺を食っていた。座卓で俺の向かいに壁を背にした義母、右の短辺に二歳上の姉が座って、やはり素麺をズゾゾ……と啜っていた。生臭物どころか薬味すらない、小麦の風味と素麺職人の技を噛み締めるような昼の食卓だった。

 幸いにして素麺のつゆはあったので、冷たい麺があまり好きではない俺も、少量ずつ出汁と一緒に呑み込むことで素麺を何とか胃袋に流し込んでいた。
 珍しく誰もTVも点けない静かなランチだ。

 ズゾゾ、ずるずる……プルプル、ぴちゃ……んぐ。
 
 そうやって三人が素麺を無心に食っていた時だった。
 俺は向かいに座った義母と背後の壁の間をスーツ姿の男が歩いてゆくのを見た。紺色のスーツ男は俺から見て義母の左から右へと確かに歩いて……消えた。
 
 ファッ!? ごっくん。……うーん、真夏の真っ昼間に、それも素麺食ってる時に視るには、そぐわないモノを視ちまったな。そう思いつつ俺の口は勝手に、

「あ、今、スーツの男の人が通った」

 などと事実をありのままに呟いてしまっていた。当然ながら義母と姉は俺のアタマをモロに疑った目で胡散臭そうに注視してきた。だが消えたスーツ男の歩いて行ったタイミングで、その先にあったガラス戸が物凄い音を立てた。

 ――バシャーンッ!!

 幸い割れてはいなかったが、実際割れてもおかしくはないような音だった。だが室内戸なので風の影響もあり得ず、義母と姉は反射的にガラス戸の方を見た。そして「何事!?」といった風に顔を見合わせた。その間に俺は飽きて呑み込みづらくなった素麺を持て余しつつ、

「幽霊ならガラス戸くらい通り抜ければええのに。ぶつかるって不器用すぎやろ」

 そんな感じで昼飯は終わり、一応は自分がどんなモノを視たのか詳細をその場の人間に告げておいた。どうせアタマを疑われるのならイメージを刷り込み巻き込んでやろう、そのくらいの気分だった。紺色のスーツだがビジネススーツの紺って感じじゃない妙に明るい紺。そんなに背は高くない。ネクタイしてたかな、覚えがないな。中年より若いかも知れん――。

 それきり俺が視た幽霊の話は忘れられたようだった。

 三日経って義母の弟である叔父がふらりとウチを訪ねてきた。しょっちゅう来るので遠慮も無いのだが、その日に限って叔父は萎れていた。皆が例の座敷にいる時に叔父が言い出した。

「なあ、○○の奴が死んじゃったよ」

 ○○氏と俺は全く面識が無かったが、話を聞くに他人なれど叔父が弟分だと言って何かと面倒を見ていた人物らしい。やんちゃが過ぎて色々と問題行動を起こしては、そのたびに叔父が駆けずり回って後始末に追われていたという。そんな人物を何故に叔父が面倒見なければならないのかは子供心に謎だったが、まあ、とにかく○○氏は亡くなったのである。
 叔父曰く、

「連絡ないからアパートに訪ねて行ったら、玄関の戸を開けた所で首吊ってたんだよな。一張羅の明るい紺のスーツ着て洒落込んでさあ」

 義母と姉の視線が痛いほど俺に突き刺さっていた。更に死亡推定時刻は三日前、新聞や郵便物の様子から昼頃とされたらしい。そうか、あのときかと俺は思った。

 しかし、だ。何故に見ず知らずの俺に視えたんだ? 大体が素麺だぞ? そりゃあ素麺自体は贈答品の高級揖保乃糸だったけどさあ。ガラスにぶつかってまで何が言いたかったんだよ? 心底、分からん。

 他にも俺は他人が運転する車で高速走っている時に、道路の真ん中を横切っている親子連れを視ちまい、本物だと思い込んで、

「ぎゃああああ~、止まれえええ~っ!!」

 と叫んだことのある大迷惑野郎だ。止まっていたら此方がヤバかった。

 けれど轢き殺すのは拙いと思っただけで、高速の親子連れといい、素麺スーツ男といい、全く怖くはなかったな。いる筈のない所に存在するという点でシュールすぎ、まるでUMAにでも出遭ったような驚きがあるのだが。

 そういや自衛隊の営内で毎晩のように寝てるすぐ横に、白い人影が立つのだけは勘弁してくれと思った。出るのは構わんが起こすなと言いたかったが、残念ながらコミュニケーションは成立しなかった。
 仕方が無いので某島の駐屯人員の如く水のコップを置いても効果なし。そのうち飯だの酒だのA5ランクの牛ステーキだのを要求されたらどうするのかと自問していた矢先に部屋替えがあって助かった。

 寝床を変えたら出なくなったのでオッケー。申し送りはしていない。古い駐屯地はこの手の話を始めたら枚挙にいとまが無いので各個に対応!

                       了
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

2022.08.02 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

志賀雅基
2022.08.02 志賀雅基

この時間に俺が起きているのも地味に怖くないですか?

おはようございます、ハルイチさん。志賀です。

実際に視ても、どれも全く怖くはなかったですし、素麺スーツ男だけは遠回りかつミスった(笑)のかなあ……くらいでオチはつきました。が、あとのはオチが無いので謎というか迷惑なのでヤメレと言いたかったです。自分がハンドル握ってたら事故ってましたよ追突されて。最後の奴は水如きじゃご不満のようでしたし困ったものです。

ほう、スマホが……それはそれは。実録・納涼企画は大成功のようですね♪
お読み下さりご感想まで、有難うございます!!

解除
2022.07.22 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

志賀雅基
2022.07.22 志賀雅基

ハルイチさん、志賀です。

こんな話に事欠かない人生ってアリなんでしょうかねえ。ハア~ッ。昔はねえ、色んなものとぶち当たりましたよ。けれど今の場所に引っ越し(精確には逐電し落ち着き)それからは殆ど出遭わなくなりました。考えてみれば当然で、だって引きこもりのこどおじなんだものー!

毎週欠かさず観ていた『西部警察』キター! と思ったら、もっと凄いのだったー!! という青春の一ページを綴ったことにより歳バレがドンドン進む志賀でした。

お読み下さりご感想まで有難うございます。

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。