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第5話
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主夫ハイファの日課として単身者用官舎ビル地下ショッピングモールでの買い物をしている間にまたストライクし、オークションで部品をバラ買いして自作したヲタでレーザー乱射の犯人をふん縛っておいて深夜番を呼んだ。
引き渡してから急いでスーパーマーケットで買い物を済ませ、二人は住人用エレベーターに駆け込む。エレベーター内でリモータチェッカに交互にリモータを翳すとIDコードを受けたビルの受動警戒システムが二人をX‐RAYサーチ、本人確認をしてやっと階数ボタンが表示された。
銃は勿論登録済み、二人は自室のある五十一階へと上がった。
降りて通路の突き当たりまで歩くと、右のドアがシド、左がハイファの自室だ。まずはここで一旦分かれる。
ハイファはレインコートとソフトスーツの上着を脱ぎ、ホルスタ付きショルダーバンドを外して銃を置くとドレスシャツとスラックス姿でさっさと自室をあとにした。貰っているコードでシドの部屋を開けると玄関で靴を脱いで上がり込む。
主のシドはジャケットを脱いだ綿のシャツとコットンパンツ姿で、キッチンの椅子に前後逆に腰掛け煙草を吸っていた。ホロTVを点けて眺めている。
近寄ったハイファはシドの咥えた煙草を取り上げてソフトキス。
「ただいま」
「ん、おかえり」
二人が今のような仲になって以来、ハイファは着替えやバスルームでリフレッシャを浴びるとき以外の殆どのオフの時間をシドの部屋で過ごすようになっていた。それ故に今はもうハイファにとってもこちらが帰る家といった具合となっている。
いそいそと手を洗い、愛用の黒いエプロンを着けたハイファにシドが訊いた。
「今日の晩メシ、何を食わせてくれるんだ?」
「培養ヒレ肉とキノコのオイスターソース炒め。それにおひたしとイタリアンスープ」
「ああ、それで菌類の大量買いか」
「縮むからね。リフレッシャ浴びてきてもいいよ。すぐ作れるものばっかりだし」
「すぐにできるなら待つぞ」
「時間は調節するからサ。今日ずっと濡れてたでしょ、僕と違って風邪引くよ」
濡れないようにレインコートを着ていただけでなく、宇宙を駆け巡るスパイだったハイファは体に免疫チップを埋めているので風邪は引かないのだ。
「そうだな、じゃあ言葉に甘えるか」
煙草を消したシドは椅子の背に掛けてあったジャケットを手にバスルームへと向かう。濡れてかなりの重量物になったこのチャコールグレイのジャケットもただの上着ではなくクリティカルな日々を生き抜くためのアイテム、対衝撃ジャケットである。
これは挟まれた衝撃吸収ゲルにより余程の至近距離でなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、生地はレーザーの射線をもある程度弾くシールドファイバ製というシロモノで、自腹で六十万クレジットもの高額を投資した二代目だ。
だが先程のレーザー乱射事件でも活躍したばかり、命の代償とすれば安いものである。そのジャケットや署から持ち帰ってきた衣服、脱いだものも全てダートレス、いわゆるオートクリーニングマシンに押し込みボタンを押してから、バスルームでリフレッシャのスイッチを入れた。頭から熱い洗浄液を浴びる。
《そういやサ、僕が作ったものってシドは大概何でも綺麗に食べてくれるけど、好き嫌いってないの? 消極的摂取の生野菜以外で》
「極端に酸っぱいものとかは勘弁。グチャグチャしたのもパス。あとは皿の上を這い回ったりしてなきゃな」
人の声の周波数帯を増幅する素子が建材に紛れているためクリアに会話が可能だ。
《あー、異文化は怖いよねえ》
「断れる状況ならいいが、それこそ文化によっちゃ『失礼』に当たるしな」
かつて他星で供された食事を二人は思い浮かべる。
「お前は他星系で色々と食わされてきたクチじゃねぇのか?」
《否定しないよ。任務で行った先で人魚の肉ってのを食べさせられたことがあった》
「何だそれ、八百比丘尼か?」
《え、何それ?》
「三十世紀前の大陸大改造計画以前に地図から消し飛んでた旧東洋の島国の伝説。人魚の肉を食ったら歳をとらなくなったっつー、女の話だ」
《じゃあ僕も成長止まるかな》
「まだしてるのかよ? って、お前はちょっと横に成長するべき、細すぎだ。不老不死よりも現在の抱き心地改善を図れ」
言いつつ長い付き合いでハイファが太らない体質だと分かっている。
《努力はしてるもん。それと僕は残念ながら不老不死にはならないと思う。僕が食べさせられた人魚肉の場合は陸で生きてる人が海洋人種を差別してっていう、かなりエグい話だったんだよ。伝説もロマンも一切関係なし》
「げーっ、殆ど人が人喰う話じゃねぇか。銀河を駆け巡るスパイも大変だよな」
《いっぱい面白い体験もしたけど、確かに大変なことも多かったなあ。任務の内容なんて話しちゃいけないのに、よくシドには愚痴を聞いて貰ったっけ》
「そうだぜ、親友としての俺に感謝しろよな」
誰にも吐けない極秘の任務内容を親友のシドだけには話していた。シドも『誰にも吐けないのだから聞くだけ聞いて、忘れてやる』くらいに思っていたのだ。
《感謝してるし、プラスアルファで今でも信じがたいくらい幸せだよ。こんな生活知っちゃうと、もう戻れないなあ。ずっとこのままでいられるかなあ?》
「心配すんな。別室長ユアン=ガードナーの野郎がガタガタ抜かしたら、俺が直談判に行ってやる。どれだけこの俺が別室に貸し作ってると思ってるんだ?」
《そうだよねえ。でもその別室任務も今はシドと一緒で今までの何倍も愉しいし》
七年越しの愛を実らせてこうしているハイファには、未だに厳しい別室任務もたびたび降ってくる。だがそれだってシドと一緒の昨今だ。初めて二人で組んだ事件でハイファは生死の境を彷徨ったが、お蔭でシドの一世一代の告白を聞くことができた。
『この俺をやる』と。
そして『一生、どんなものでも一緒に見ていく』とも誓い合った。その言葉そのままに二十四時間バディシステムを組んでいてくれる。一緒に別室任務にも挑んでくれる。これ以上の幸せなどハイファには有り得ないのだった。
一方で、ここ暫くは別室に使い回され振り回されて食傷気味のシドには、何をどう考えても面白さや愉しさを見い出すことなどできなかった。
「ああいう任務が愉しいか?」
初回の任務でハイファは死にかけ、二回目は他星でテロリストとの銃撃戦、三回目は他星系で何故か自分の貞操の危機で、四回目は他星系のマフィアに追い回された挙げ句のカチコミだ。いったい何処が愉しいんだと思う。
改めて並べてみると酷すぎた。じわじわと怒りが再燃する。
ドライモードにしたバスルーム内で髪と躰を乾かし、水分と一緒に怒りも努めて温風で蒸発させて出た。部屋着のスウェットを身に着けてキッチンに戻る。
煙草を咥えて火を点けると、料理に使ったらしい白ワインがいつも通りテーブルに置いてあった。シドが手を出すのを分かっていて置きっ放しにしてあるのだ。
グラスを出して注ぐと酔わない体質のシドは水の如く一気飲みする。その様子を目にしてハイファは愛し人を睨むが、口づけられて物理的に文句を封じられ、更にワインを流し込まれて飲み込むと、もう浮かぶのは微笑みだけだった。
引き渡してから急いでスーパーマーケットで買い物を済ませ、二人は住人用エレベーターに駆け込む。エレベーター内でリモータチェッカに交互にリモータを翳すとIDコードを受けたビルの受動警戒システムが二人をX‐RAYサーチ、本人確認をしてやっと階数ボタンが表示された。
銃は勿論登録済み、二人は自室のある五十一階へと上がった。
降りて通路の突き当たりまで歩くと、右のドアがシド、左がハイファの自室だ。まずはここで一旦分かれる。
ハイファはレインコートとソフトスーツの上着を脱ぎ、ホルスタ付きショルダーバンドを外して銃を置くとドレスシャツとスラックス姿でさっさと自室をあとにした。貰っているコードでシドの部屋を開けると玄関で靴を脱いで上がり込む。
主のシドはジャケットを脱いだ綿のシャツとコットンパンツ姿で、キッチンの椅子に前後逆に腰掛け煙草を吸っていた。ホロTVを点けて眺めている。
近寄ったハイファはシドの咥えた煙草を取り上げてソフトキス。
「ただいま」
「ん、おかえり」
二人が今のような仲になって以来、ハイファは着替えやバスルームでリフレッシャを浴びるとき以外の殆どのオフの時間をシドの部屋で過ごすようになっていた。それ故に今はもうハイファにとってもこちらが帰る家といった具合となっている。
いそいそと手を洗い、愛用の黒いエプロンを着けたハイファにシドが訊いた。
「今日の晩メシ、何を食わせてくれるんだ?」
「培養ヒレ肉とキノコのオイスターソース炒め。それにおひたしとイタリアンスープ」
「ああ、それで菌類の大量買いか」
「縮むからね。リフレッシャ浴びてきてもいいよ。すぐ作れるものばっかりだし」
「すぐにできるなら待つぞ」
「時間は調節するからサ。今日ずっと濡れてたでしょ、僕と違って風邪引くよ」
濡れないようにレインコートを着ていただけでなく、宇宙を駆け巡るスパイだったハイファは体に免疫チップを埋めているので風邪は引かないのだ。
「そうだな、じゃあ言葉に甘えるか」
煙草を消したシドは椅子の背に掛けてあったジャケットを手にバスルームへと向かう。濡れてかなりの重量物になったこのチャコールグレイのジャケットもただの上着ではなくクリティカルな日々を生き抜くためのアイテム、対衝撃ジャケットである。
これは挟まれた衝撃吸収ゲルにより余程の至近距離でなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、生地はレーザーの射線をもある程度弾くシールドファイバ製というシロモノで、自腹で六十万クレジットもの高額を投資した二代目だ。
だが先程のレーザー乱射事件でも活躍したばかり、命の代償とすれば安いものである。そのジャケットや署から持ち帰ってきた衣服、脱いだものも全てダートレス、いわゆるオートクリーニングマシンに押し込みボタンを押してから、バスルームでリフレッシャのスイッチを入れた。頭から熱い洗浄液を浴びる。
《そういやサ、僕が作ったものってシドは大概何でも綺麗に食べてくれるけど、好き嫌いってないの? 消極的摂取の生野菜以外で》
「極端に酸っぱいものとかは勘弁。グチャグチャしたのもパス。あとは皿の上を這い回ったりしてなきゃな」
人の声の周波数帯を増幅する素子が建材に紛れているためクリアに会話が可能だ。
《あー、異文化は怖いよねえ》
「断れる状況ならいいが、それこそ文化によっちゃ『失礼』に当たるしな」
かつて他星で供された食事を二人は思い浮かべる。
「お前は他星系で色々と食わされてきたクチじゃねぇのか?」
《否定しないよ。任務で行った先で人魚の肉ってのを食べさせられたことがあった》
「何だそれ、八百比丘尼か?」
《え、何それ?》
「三十世紀前の大陸大改造計画以前に地図から消し飛んでた旧東洋の島国の伝説。人魚の肉を食ったら歳をとらなくなったっつー、女の話だ」
《じゃあ僕も成長止まるかな》
「まだしてるのかよ? って、お前はちょっと横に成長するべき、細すぎだ。不老不死よりも現在の抱き心地改善を図れ」
言いつつ長い付き合いでハイファが太らない体質だと分かっている。
《努力はしてるもん。それと僕は残念ながら不老不死にはならないと思う。僕が食べさせられた人魚肉の場合は陸で生きてる人が海洋人種を差別してっていう、かなりエグい話だったんだよ。伝説もロマンも一切関係なし》
「げーっ、殆ど人が人喰う話じゃねぇか。銀河を駆け巡るスパイも大変だよな」
《いっぱい面白い体験もしたけど、確かに大変なことも多かったなあ。任務の内容なんて話しちゃいけないのに、よくシドには愚痴を聞いて貰ったっけ》
「そうだぜ、親友としての俺に感謝しろよな」
誰にも吐けない極秘の任務内容を親友のシドだけには話していた。シドも『誰にも吐けないのだから聞くだけ聞いて、忘れてやる』くらいに思っていたのだ。
《感謝してるし、プラスアルファで今でも信じがたいくらい幸せだよ。こんな生活知っちゃうと、もう戻れないなあ。ずっとこのままでいられるかなあ?》
「心配すんな。別室長ユアン=ガードナーの野郎がガタガタ抜かしたら、俺が直談判に行ってやる。どれだけこの俺が別室に貸し作ってると思ってるんだ?」
《そうだよねえ。でもその別室任務も今はシドと一緒で今までの何倍も愉しいし》
七年越しの愛を実らせてこうしているハイファには、未だに厳しい別室任務もたびたび降ってくる。だがそれだってシドと一緒の昨今だ。初めて二人で組んだ事件でハイファは生死の境を彷徨ったが、お蔭でシドの一世一代の告白を聞くことができた。
『この俺をやる』と。
そして『一生、どんなものでも一緒に見ていく』とも誓い合った。その言葉そのままに二十四時間バディシステムを組んでいてくれる。一緒に別室任務にも挑んでくれる。これ以上の幸せなどハイファには有り得ないのだった。
一方で、ここ暫くは別室に使い回され振り回されて食傷気味のシドには、何をどう考えても面白さや愉しさを見い出すことなどできなかった。
「ああいう任務が愉しいか?」
初回の任務でハイファは死にかけ、二回目は他星でテロリストとの銃撃戦、三回目は他星系で何故か自分の貞操の危機で、四回目は他星系のマフィアに追い回された挙げ句のカチコミだ。いったい何処が愉しいんだと思う。
改めて並べてみると酷すぎた。じわじわと怒りが再燃する。
ドライモードにしたバスルーム内で髪と躰を乾かし、水分と一緒に怒りも努めて温風で蒸発させて出た。部屋着のスウェットを身に着けてキッチンに戻る。
煙草を咥えて火を点けると、料理に使ったらしい白ワインがいつも通りテーブルに置いてあった。シドが手を出すのを分かっていて置きっ放しにしてあるのだ。
グラスを出して注ぐと酔わない体質のシドは水の如く一気飲みする。その様子を目にしてハイファは愛し人を睨むが、口づけられて物理的に文句を封じられ、更にワインを流し込まれて飲み込むと、もう浮かぶのは微笑みだけだった。
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